第五十五話 突入:東京ダンジョン

 

 重世界空間『桜御殿』を出て、本物の陽光を前に腕を伸ばす。しかし、またSPもどき軍団が現れて俺のことを取り囲み、どこか行きたいところはあるかどうか、この後はどうするつもりかを尋ねてきた。


 プレイヤーたちとのやり取りを見て、俺は意思疎通可能な人間だと理解したようで、とりあえずは監視は解いてくれるっぽい。


 彼らと別れた後、一人歩く道。竜の瞳で大気中の魔力の流れを見て、渦の位置を探る。


 ……ま、後ろで尾行してるやつには最初から気づいてるんだが。このまま戦い方を探られても面倒だな。撒くか。


 曲がり角で左に曲がる。一度彼の視界から、俺が消えたタイミングで。

 重世界に潜り込み、表世界から姿を消した。







 何も無いぼんやりとした空間の中。適当にささかまと銀雪と戯れながら、時間を潰す。

 とりあえずスマホの中からクッションを取り出して、それに寝転んだ。


「ぬぬぬぉー」


「あ……今は里葉がいないから俺がやらなきゃダメなのか」


 笹かまぼこをスマホから取り出して、ささかまに食わせる。こいつ、もう笹かま以外を食う気があまりないようで、笹かまをまとめて定期購入する羽目になった。これで餌をやらなくなって、いざという時に竜喰が拗ねたりしたら笑えない。本体の方とこいつの方で、ちょっと違うようには思うんだけれども。


 もうそろそろ、いなくなっただろうか。扉を開く。


 重世界から表世界に戻り、先ほどの曲がり角にやってきた。さっきの男の姿は見当たらない。今頃、血眼になって見当違いの場所を探しているのだろう。


「渦はこっちか」


 誘われるように、向かっていく。





 東京。高層ビルの狭間。歩道の上で、渦を発見する。渦巻く魔力の流れを見て、ワクワクが強くなってきた。おそらく、大きさからしてC級ダンジョンだろう。


 先ほどの交流会。四番目のプレイヤー、濱本さんが語っていた、東京の『ダンジョンシーカーズ』に関しての暗黙の了解を思い出す。


 今東京には多くの初心者プレイヤーがいて、彼らの成長を助けるために上位プレイヤーが低級のダンジョンを攻略するのを自重する風潮があるらしい。


 関東にはいくつかA級ダンジョンがあって、さらにB級ダンジョンやC級ダンジョンから始まる独立した渦たちがあるようだ。さらに雑草みたいに、低級のダンジョンだけが単発で生えていることが結構あるらしい。


 柏木さんが、報酬部屋おかねのことを思えば低級だけを片っ端から狩りたいのに、と愚痴っていたのを思い出す。持続可能なダンジョン目標、通称SDGsとか言ってた。


 ……これはギャグらしい。


 ただ、低級の方が当てた時の一発が少ないし、を集めるなら断然上級に行くべきと言っていたけれども。それでも、低級を安全にいくつも攻略して、ガチャガチャを回すような快感を忘れられないって言ってた。柏木さん……?



 まあ。そのことを鑑みても、C級なら大丈夫だろう。


 歩道に仁王立ちをして、笑みが抑えきれない。ダンジョンに突入するのはいつぶりなのか。


 今の自分の力量、実戦で試してやる。







 目を開けた先は、風に草木が戦ぐ草原。青々とした空が広がり、清らかなこの風景は、久しぶりにダンジョンへ潜れる俺の心境を表しているようだ。


「……来い。『銀雪』」


 右肩の方から世界の扉を開き、白銀の龍が現れ出る。銀雪が飛び出るのに合わせて右目を開眼させ、竜の瞳とする。その動作をショートカットとし、全身が黒甲冑に覆われ竜喰を手にした。


 口元の面頬を付け直し、黒漆の魔力を展開する。

 展開された障壁は、鱗を持つように何層にも重なっていた。


『クルゥルルル……』


 独眼を忙しなく動かし、周囲の警戒を行う銀雪を見て頼もしく思う。うちのデブ猫は可愛い以外役に立たないタダ飯喰らいだが、こいつは良く働いてくれる。


 口部に白銀の魔力を集めた銀雪が、氷剣を生成し口に咥えた。


「━━━━よし」


 この時を以って、俺の臨戦態勢が整ったことになる。


 真新しい面頬。艶やかな光彩を放つ黒甲冑。


 これらの装備は全て、A級ダンジョンの報酬部屋で獲得したものだ。


 ……いや、龍の宝物殿と言った方が正しいか。足を踏み入れた、あの場所のことを思い出す。


 壁面に床。どこもかしこも白銀に染め上げられた、空間の中。


 死闘を終え、疲労困憊した体で訪れた場所。


 そこには、ありとあらゆる宝物があった。


 煌びやかな宝石。積み上げられた黄金の山に、贅を尽くした食材に御酒などと言った、裏世界産の嗜好品。銅像や絵画などの美術品に加え、多種多様な武具があった。


 その数は、数え切れないほど。どれくらいあったかというと、里葉といちゃいちゃしながら突入したのに二人してそれを止め、目の前に積み上げられたそれに唖然としてしまったぐらいだ。


 スマホを使いそれらを収容し、里葉から貰った大容量の『ボックスデバイス』を使ってありったけを詰めてきた。さらに、竜の権能から自らが生み出した重世界の空間に収容しきれなかったものを移し、ぶっつけ本番だったが保持することに成功した。


 正直、今俺が所有しているアイテム群は、表世界側で流通しているどんな裏世界産のアイテムよりも高級なもので、なおかつ圧倒的に数が多い。里葉と試算してみたら、世界長者番付けに簡単に載れてしまえそうなほどの資産を手にしてしまった。もちろん、雑な計算だから正確ではないけれども。そもそも、全部売ったら値崩れするし。


 知識ある、高位の妖異殺しである里葉はこのことについて、あのA級ダンジョンには色々イレギュラーが起きていたんじゃないかという見解を示していた。


 あのA級ダンジョンは本来裏世界側から用意されていたものではなく、途中であの空想種”独眼龍”に乗っ取られ、棲家にされてしまったものなんじゃないかと。そうでなければ、龍の溜め込んでいた宝物庫が報酬部屋となっているのが説明できないそうだ。


報酬部屋は裏世界側が重世界を通し、表世界へ穴をぶち開けた時に起きる流れに巻き込まれてしまったものとされているが、そもそも重世界を操れる空想種の龍であれば、巻き込まれても抵抗できるそうだし、自ら持ってきた可能性が高いと。


 どこか、棲家としてあの場所を気に入った理由があるのかもしれない。


 悠久の時を生きる空想種。そんな龍の宝物を、全て回収してしまった。その中で自分に合いそうな武具を探し出し、見つけたのがこの面頬と黒甲冑である。




 アイテム『龍の面頬』

 種:防具


 目元より下を覆う龍の口部を模した面頬。面頬をつけた状態で戦闘を行えば行うほど、龍の息遣いを知る。


 機能ファンクション:『詠唱破棄』『拡声』



 アイテム『黒漆の甲冑』

 種:防具


 威儀と実用性を兼ね備え、祝福された黒塗りの武具。重々しい見た目には似合わぬほどに軽く、激しい戦闘に耐えられる作りをしている。


 機能ファンクション:『調節』『復元』




 ちなみに、龍の宝物殿といえど『竜喰』と同じ等級のものは一つもなかった。


 力を込め、籠手付きの手で竜喰を確かめるように握る。ダンジョンだけでなく、表世界側の東京で戦闘になることも考えられる。今から、戦場の感覚を取り戻していかねば。


 また一歩。踏み出した。






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