第五十四話 上位プレイヤー(2)
魚のマークがついたキャップを被り、腰元まで伸びるロングの黒髪は陽光に照らされている。肩を出すようにミリタリージャケットを浅く着て、手を上げたその姿から外交的な人物なのかなと思った。それと、里葉の方が可愛いがかなりの美人さんだなと思う。
「こんにちは。私は
……不思議な、掴み所のない魔力をしている。
一目見て分かる。俺を除いた面々の実力を考えた時に、おそらく、この楠さんがこの中で一番強い。俺よりもダンジョンを多く破壊したと言うのは、伊達ではなさそうだ。
だがそれ以上に……俺たちをニコニコと見つめている、空閑さんの得体が知れない。もしかしたら、彼がこの中で一番強いということも。
空閑さんが、倉瀬さん、と俺の名前を呼ぶ。二番目は俺か。まあ、流石にな。
「……宮城県仙台市から来ました。倉瀬広龍と言います。この中で一番若いとは思いますが、どうかよろしくお願いします」
礼をして、自己紹介を終えた。こちらへの興味を隠そうとしない不躾な八つの視線に、少し苛立つ。特に、金色の右目に興味を抱いているものが多かった。
カラーコンタクトを入れているように見えるこの瞳は、俺が臨戦態勢に入ると縦長の、竜のものに変わる。今時点では、彼らが確証を得ることはできないだろうけど。まさか、別の生物の瞳だとは思うまい。
舐めるようにこちらを測る視線。その視線の質に途中であることに気づいて、すっと苛立ちが消えて無くなった。
……いやしかし、あれと全く同じものを俺も向けていたのか。面白い。ここは、そういう場所か。
俺が自己紹介を終えたと取った空閑さんが仕切り直し、先ほど質問をしていた女性が口を開く。その所作がどこか、里葉と似ていた。
「
キッとした顔つきで、宣言をする彼女。
空気ぶち壊し発言にしか聞こえないそれだが、割とみんなスルーしている。意外と、同じように感じている人もいるのかもしれない。
ふんとそっぽ向いてしまった彼女を見て、楠さんが少し苦笑していた。
続いて、席順がダンジョンの破壊数を表しているのだろうと察した立花の隣に座る男が、空閑に目配せをする。その後、口を開いた。
「皆さん。こんにちは!
ハキハキとした声が、屋敷の中に響く。さっぱりとした短髪。人の良さそうな顔つき。座っているのできちんとは分からないが、身長が180近くありそうなその体はスポーツマンのように鍛え上げられていて、男から見てもかっこいい人だと思う。
さらに彼は、よろしくお願いしますと一人一人にお辞儀をして、笑顔を振りまいていた。
ここに来て急に、ものすごくまともそうな好青年がやってきた。自己紹介を終えた彼は、次の人が誰かを空閑に聞いている。
「……
濱本さんの次に自己紹介をしたのは、楠さんの対面に座る、髭の剃り残しが目立つぶっきらぼうな男だった。若い人が多いように見えるこの中で、比較的年をとっているようにも見える。続く言葉があるのかと全員が伺っていたが、特になかったので少し微妙な空気になる。
その雰囲気をどうにか払拭して、隣に座る和装の女性が口を開いた。
幼い顔立ちに、薄い体つきの女性が肩にかかるほど腰元に届きそうなほど長い後ろ髪を払った後、喋り始める。
「……次は、わたくしですね。わたくし、
ぺこりとお辞儀をしたその姿が、なぜか微笑ましく見える。横を見た澄子さんが、どうぞ、と一言発した。
柏木さんの隣に座り、柔和な笑みを浮かべる黒マスクをした男が、これはどうもと丁寧に答える。髪を派手な金髪に染めて、その姿はインターネットかどこかで見たことがありそうな、動画投稿者のようなルックスをしていた。
「僕は、
八人目。最後の男は、ボサボサ頭の男だった。よれよれのTシャツの上にチェックシャツを着ていて、この中にいるプレイヤー全員が何かしらの芯を感じさせるのに対し、この男からは何も感じることができない。
さっきも、立花さんに雑魚呼ばわりされてビビってたし。実際に交戦していない俺が言うのもなんだが……本当に妖異殺しと戦ったのか? 第一、血気盛んなやつなら煽られただけで何か反応を見せそうなものだが。
「……
声が小さめで、聞き取りづらい。その仕草、顔つき、何から何まで自信がなさそうだった。しかし空閑さんが言うには、彼もまた襲撃してきた妖異殺しを撃退したという。
まだ全員の戦う姿を見ていないので具体的なことは言えないが、佇まいで分かる。間違いなく、皆高い戦闘能力を持っているだろう。ここに、偽物はいない。
しかし、そんな実力から起因する風格が、彼からは感じられなかった。
……逆に、臭いな。
空閑さんがメガネをクイッと動かした後、皆に笑いかける。
「皆さん。ありがとうございます。ではとりあえず、料理を頂きましょうか」
彼の一言で、目の前にある料理の方へ目を向ける。御膳の上に置かれた料理は、どれも美味しそうだった。
食事をしながら、他愛ない雑談を重ねる。皆それぞれ近くにいるもの同士で交流を深めているようで、空気は良い。会話をしたくない人間はただ料理に舌鼓を打っていればいいので、昼食会の形での交流会は中々に上手くいっているように思う。
横に座る楠さんが、箸でお造りを摘んであーんと食べている。どうやら、魚料理が好きっぽい。
「へぇ。倉瀬くんはまだ十八なんだ。私二十四」
「結構、若い人が多いんですね」
「そうだね。いっても、三十代前半かな。多分、五番目の城戸さんが最年長」
大抵の創作物だと、こういう実力者が集う場所では必ずトラブルだったり戦闘が起きてしまうが、今のところそんな気配は一切ない。そもそも『ダンジョンシーカーズ』のβ版に応募できた人間で、極悪人はいないということになっている。なんやかんや言って、みんなまともそうだ。
そんな風に安心して、汁物を頂いている時。楠さんが意地の悪い表情を浮かべる。
「でさ。倉瀬くん。これ聞こうと思ってたんだけど、その右目何?」
わちゃわちゃとそれぞれ話していた声が、その一言をきっかけにしんと消えて無くなった。全員が、俺に注目している。
……前言撤回。割と、そういう雰囲気になりかねない場だ。ここは。
ここでなんと答えるべきか、思考を重ねる。プレイヤーの彼らだけでなく、運営側の空閑もこちらの様子を伺っている。
俺の能力が割れていないというのは、かなりのアドバンテージだ。それを自ら放棄するのは愚の骨頂のように思えるが……
少し情報を与えて、最も隠したいものへの注目を逸らすという手もある。
「……ええ。この右目、『ダンジョンシーカーズ』のせいで金色になってしまいました。オッドアイだとかカラコンだとか、色んな人に言われますよ」
「……あーね。そう。若い子に趣味の悪いことしてしまったわ。ごめんなさい。
どこか、獰猛なようにも見える笑みを浮かべ、彼女は言った。
謝る気もないくせに、よく言う。
「いえ。大丈夫ですよ」
暫くの時が経つ。食事を終えてからはソフトドリンクやお酒が出されて、席の位置に依存せず、様々な話が他の人とできた。正直、あの楠さんがぐいぐい来てたのがだるくなってきていたので、離れられて助かる。
一人で飲んでいる人だったり、数人で集まって話をしていたり、色々違う。せっかくだし人脈を広げればいいのにとも思うが、この『桜御殿』の景色は素晴らしくて、それを見ながら一人黄昏たいという気持ちも分かる気がした。
和装を着ている六番目の柏木澄子さんと二人立ち並びながら、お茶をいただく。俺はまだ酒が飲めない。そこで、酒を飲まないもの同士で話をしていた。
「昔、日の出前の凍土へ飛ばされたことがあるんですよ。アイテムは何もありませんでしたが、あの光景は忘れられませんね」
「そんなロマンチックな場所、すごいですの。報酬部屋は本当に運ですからね……わたくしは幸運なことに、
「へえ……市場って、正式リリースで開いたDSの機能の一つですよね? 手数料が取られますけど、個人だったり団体での出品が可能な」
「その通りですの。DSは国とも連携していますので、諸々関わる面倒な税金とかも引いておいてくれますし便利なのですが、割高になるので悩ましくて。無機質な売買システムですので、取引相手とのやり取りも少ないですし。オーディエンスが圧倒的に多かったり、重世界間の運搬技術を利用しているなどメリットも多いですが、価格の下落を気にして一気に売り捌けません。いや、何よりも手数料が腹立ちますわ。お金が……必要ですのに」
ガチで深いため息をついた柏木さんが、俯きながらぶつぶつと何か言っている。幼い見た目に反して、お金に悩む姿は本当に大人っぽかった。表情が怖い。
「……なるほど。自分はたまに出品する程度なので、そこまでの話は知りませんでした」
「あら、失礼。初対面のそれもお若い方に、お金の話なんてするもんじゃないですの」
「いえいえ。お金、大事ですから」
「間違いないです」
うんうんと頷く柏木さん。そこに、ちょっとピリついて騒がしい楠さんと立花さんたちのグループを宥めていた、一人の男がやってきた。
「どうもどうも。倉瀬さん。柏木さん。想平です。こっちに遊びにきちゃいました」
グラス片手に、後頭部を掻く彼が無垢な笑みを浮かべる。この人、さっきまで一人飲みをしていた城戸さんと戌井さんのところにも行っていたんだよな。こう、人が良いというか、社交的というか。
「大歓迎ですの」
今までダンジョンの話を共有できる人がいなかったので、その話をするのはむちゃくちゃ楽しかったし、貴重な体験だった。有用な話も聞けたし、城戸さんを除いた他の全員と連絡先を交換することができたので、実りのある交流会だったと思う。
さて。関東がどんな感じなのかも、聞くことが出来たし。
行くか。ダンジョン。
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