第2章 竜の花嫁

第五十二話 独眼竜到来

 


 春の木漏れ日を浴びる。新たな門出を祝うこの季節。まだ新しい制服を着た学生が、通りかかったのを横目に見た。


 寒かった仙台は今暖かな気候を迎えていて、すごく過ごしやすい。


 駅へ向かって、里葉と二人歩く道。彼女と顔を見合わせて、クスリと笑い合った。


 A級ダンジョンを攻略してから、一ヶ月以上の時が経っている。

『ダンジョンシーカーズ』の正式リリースと共に、世界は一変した。


 国連を中心に行われた重世界と裏世界についての発表。やれ知的生命体が同じだけど同じじゃない場所にいるとか、ファンタジーなモンスターがいるとか、それと戦ってた組織が世界中に点在しているとか。そして、彼らの手では抑えきれないくらいにその侵攻が増えているとか。


 冗談としか思えない内容に、民衆は大混乱し経済も低迷した。しかしながら予め入念な準備を重ねていた政府と企業群の手によって、次第に落ち着いていった。突拍子もない話すぎて、逆に受け入れられたのかもしれない。


 発表の直後は拒否反応が強かったものの、次に寄せられたのは期待だった。言うなればこれは、世界に今までなかったリソースが突如として生まれたようなものである。渦の中には未知の技術や資源があるし、そもそも妖異殺しといった組織の技術だけでも革新的なものが多い。今の地球を取り巻く諸問題を解決し、産業革命以来の飛躍があるのではないかと楽観的な話題が多かった。しかし、北米のある田舎町が溢れ出た妖異の手によって崩壊したというニュースが入ってからは、冷や水が浴びせられたように静かになったのを覚えている。


 各国は今全力を注いで、自国の渦を抑えようとしている。最も大きな被害を受けた北米では既に『ダンジョンシーカーズ』のような携帯型戦闘システムと呼ばれるそれを、合衆国憲法修正第二条である国民の武装権の範囲内に納めるという解釈が出来た。まあとにかく、常識から法まで色々変わっていっている。



 駅の中。切符片手にうろうろして危なっかしい里葉を捕まえて、二人でホームを歩く。本当だったらキャリーケースなりで荷物を持ってこないといけなかったが、DSのおかげで俺たちには必要ない。


 売店に並べられた雑誌や新聞には、野球のニュースと並んでDSや重世界関連の話題が大きく取り上げられている。せっかく立寄ったので、里葉に甘いお菓子を買った。『ダンジョンシーカーズ』から得られるDCという名前の通貨を用い支払いをしたことに、店員さんが少し目を見開かせる。まだ、珍しいのだろう。



 『ダンジョンシーカーズ』の正式リリース。そして、重世界の話。それを受けて、日本で今生活そのものが変わるほどの影響が出ているかと言うと……そういうわけでもなかった。勿論、新たな事業の台頭や個人事業主としてのDSプレイヤーなど新しいものも増えていっているのだが、妖異殺しによる強力な秩序体制が既に出来上がっているおかげで、他国のように緊迫した雰囲気はない。


 せいぜい、朝のニュースで対岸の火事を見るように、明らかになった他国の妖異被害を知るだけだ。むしろ、好影響の方が強いという見方もある。ただ、その分問題認識が遅く、海外のように素早く法整備を行えていないということで叩かれていたりもするが。



 そんな動乱の時に、三度の飯よりダンジョンが好きな俺がどうしていたのかというと。



 頼むから今は仙台から、いや宮城から出ないでくれと、運営やら国やら各方面から懇願され、結局ダンジョンに突入することさえ出来なかった。家で里葉によしよしして貰いながら猫を撫でていなかったら、間違いなく怒りを抑えきれず暴走していた。里葉とささかまには感謝しなきゃいけない。


 俺が自由に楽しく出来ないことに対し里葉も憤慨していたが、妖異殺しとしては理解できる、むしろ賞賛したい判断だと言っていた。そんなことになってしまった原因の一つに、俺のステータスがある。



 プレイヤー:倉瀬広龍


 Lv.102


 ☆ユニークスキル


『残躯なき征途』『独眼竜の野望』『曇りなき心月』『不撓不屈の勇姿』『戦闘理論:独眼竜』


 習得パッシブスキル


『竜の瞳』『竜魔術』『竜の第六感』『被覆障壁:竜鱗』『竜騎の兵』『飜る叛旗』『華麗なる独壇場』『落城の大計』『空間識』『一陣の風』


 習得アクティブスキル


『秘剣 竜喰』


 称号


『DS:ランカー』



 ……最適化やら進化やらで習得した新しいスキルが、合計で九つもある。レベルだってあの戦いで20も上がり、今までにないくらい変わった。


 そんなスキル群の中で、最も癖が強く大きな影響を与えたスキル。それが、これ。



 ☆ユニークスキル

『独眼竜の野望』


 能動発動アクティブ


 空想種:銀雪を召喚。以心伝心の片割れとなり彼の征途に続く。



 里葉曰く『残躯なき征途』と『曇りなき心月』という特異術式ユニークスキルを得たことは、A級を攻略したということを鑑みればそこまで驚くことではないらしい。もう一つのユニークスキルである『戦闘理論:独眼竜』というのも、多くのスキルを統合して、その使い手自身の戦い方が確立されたことを示すものであり、これも不思議ではないと。



 ただ、想定外の事態が起きてしまった。



 俺の体に混入した龍の魂。それがなんと『ダンジョンシーカーズ』を乗っ取り自らを術式として書き起こすことによって、ゆっくりと無くなっていくはずだった自我の生存を試みたというのである。


『ダンジョンシーカーズ』というアプリは、元を辿れば『術式屋』と呼ばれる職人的集団が生み出す、妖異殺しの技術を再現するための廉価版だ。その脆弱性を突かれて、システムをうまく利用されてしまったらしい。


 家の猫ささかまと同じノリで銀色の龍が現れた時は、流石にびっくりしすぎて言葉が出なかった。ここで幸いだったのは、龍が俺と共存するという道を選んでくれたことにあると思う。いや……被支配者となってでも、生き残りたかったらしい。


 お医者さんモードの里葉が俺の体を調べ始めて、ほっと一息ついた時のこと。


(『これはもはや、血を分け与えた眷属のようなものです。ヒロが死ねば、この子も死んじゃいます。文字通り一蓮托生。ヒロの魂の影響も色濃く残っているようですし、私の次には信用して良い味方ですよ?』)


 そう、空に浮かぶ銀雪という名の龍とささかまにすりすりされながら、里葉が言っていた。後者は多分、笹かまが欲しかっただけだけども。


 彼女の言葉を俺は信じるので、それを受け入れて今に至る。だから我が家には今、同棲中の愛する彼女と、笹かまぼこしか食べない偏食デブ猫もどき、そして空に浮かぶ銀色の爬虫類もどきがいることになっていた。訳わかんねえ。


 まあとにかく、この”銀雪”が『ダンジョンシーカーズ』を掌握したことの影響が先ほどの話に繋がってくる。端的に言うと、運営側が俺のステータスを把握出来なくなったのだ。これが、かなりの障害になったらしい。


 基本的にプレイヤーの能力というのは、割れている。だからこそ、その存在が許されていた。


 しかしそんな中で、最も実力をつけたプレイヤーである俺の戦い方や弱点を把握出来ない。それで既存のデータを参照してみれば、魔剣に気に入られていて、ゲームを始めて数日で高レベルPKを撃破したことがあり、渦へ突入するペースが普通の妖異殺しであれば耐えきれなくなり発狂死するレベルのプレイヤーだと。


 ……これに関しては、ちょっと釈明できない。


 そこから更に事実があらぬ方向へ解釈され、幹の渦を打ち倒し『才幹の妖異殺し』となった雨宮里葉が独断で二十四時間体制の監視を行っている超危険人物とか言われるようになったらしい。


 他にも、仙台より北の大崎市にある、一面に菜の花が咲き誇る丘へ里葉とお花畑デートに行っただけで、人の心を取り戻させようとする雨宮嬢の涙ぐましい努力、とか言われていたらしい。いや、おかしいだろ。


 そんな腫れもの、振動を与えただけで爆発しそうな危険薬品、触らぬ神に祟りなし的扱いを受けてしまった俺は、情勢が落ち着くまで里葉の管理下で、そっと置いておくことになったそうだ。


 そして一ヶ月以上の時を経て、やっと東京に来てくださいという打診が来た。俺が来るのに合わせてかどうかは知らないが、プレイヤー、運営、各業界の要人やDSで一儲けした人を集めて、パーティーを開くらしい。


 加えて、東京に到着してすぐに開かれる『ダンジョンシーカーズ』上位プレイヤーを集めた交流会にも参加する予定だ。


 だから実は、かなり用事が多い。里葉の実家にも挨拶に伺うつもりだし。


 ……それと、日本で最もダンジョンが多いのは、関東地方であるという。久々に戦いたい。


 

 思考に没頭し、気づいたら乗ってからかなりの時間が経っていた新幹線の中。移りゆく田園風景を眺める里葉の後ろ姿が、すごく可愛い。



 概ね、この東京への旅は面白いものになりそうだ。



 だが━━━━不安なこともある。



 里葉がずっと俺に隠していること。間違いなく何かがあると確信しているそれ。


 ただ彼女は俺にそのことについて関わってほしくなくて、一人で解決しようという素ぶりを見せている。彼女なら目標達成のために最善を尽くすのだろうというのは分かっている。対等なパートナーとして、その意思をまずは尊重したい。


 しかし、何かあってからでは遅い。彼女をバックアップして、いつでも助けられる姿勢を整えねば。俺は彼女を愛している。絶対に……離さない。里葉に迫る悪意は、どんな手段を使ってでも排除する。


 新幹線の指定席。彼女と並んで座る座席の中。


 買ってきていた駅弁をエコバッグから取り出した里葉が、割り箸を持つ。駅弁を食べてみたかったらしい里葉は、朝飯を抜いてきている。俺は、もう食った。



 窓から差し込む光に照らされて、腕につけている白藤の花が輝く。



「里葉。写真撮ろう」

「ふふ。はーい。ぴーすです」


 写真を撮り終わった後。

 里葉がお肉を箸で掴んで、俺の方に向ける。


「ヒロ。あーん」


「ん」


 東京。あそこに行くのは……親父を送る時以来か。


 運営に妖異殺し。プレイヤー。国家機関にまだ正体が分からない里葉の敵。まさしく伏魔殿だ。


「一度着いたらすぐに別行動になっちゃいますからね。さびしいです。ヒロ」


 食事中だというのに一度箸を置いた彼女が、俺の方に頭を寄せる。


「……またすぐに会えるから。よしよし」


 ……竜の力は。彼女との幸せを掴むために。


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