幕間 猛毒の一手
宮城県仙台市。百万の人口を有し、東北地方で唯一の政令指定都市であるここは『ダンジョンシーカーズ』運営にとって、重要な場所である。
『OS:ダンジョンシーカーズ』の開発者にして、総責任者である重術師。
東北地方の責任者は、妖異殺しの名家である雨宮家当主代行。雨宮怜。卒無く仕事をこなす彼女は、大きな失敗をしない。しかしβ版『ダンジョンシーカーズ』が始まってから、東北地方……特に、仙台市の状況は良くなかった。
雪降る夜に。新年の時も終わった一月中旬。
その女性は、都市の中一人佇んでいた。スマートフォンを片手に持つ彼女が開いているのは、一通のメール。それは彼女がとあるゲームのβ版に当選しなかったことを伝えていた。
━━ただのゲームではない。世界を賭けた、鬼才によって放たれた大胆な一手。時代を動かし、常識をひっくり返すようなそれを知らせてしまって大丈夫なのかという問題があるが、当選しなかったり、話を知った上で応募しなかったものは、すぐにその記憶が消されるという。
「チッ……クソが」
整った顔に似合わない。暴言を言い放った彼女は後頭部をガシガシと掻きながら、踵を返そうとした。
仕事帰りのサラリーマンが集う、ケヤキの並木道の近くにある繁華街。ネオンが輝く居酒屋にスナックやバー。もし当選したならば彼女はそこで祝杯でもあげようかと考えていたが、それは叶わなかった。
夜の喧騒の中。誰かが、彼女の肩に触れる。
「お前。━━だな」
「……貴方。誰ですか? どうしてぼ……私の名前を知っているんです?」
雅な見た目をしたマフラーを首に巻く男の顔は、よく見えない。
彼が言い放った一言で、彼女は表情を一変させた。
「『ダンジョンシーカーズ』やりたくないか?」
「……オイオイオイ。話聞かせてもらおうか」
夜の狭間。誰もいない路地裏の、人払いの結界が張られたそこで話が始まる。ビルの壁に寄りかかり、タバコを夜空に向け吹かした女は、男の方を見た。
「じゃあ、あんたは僕を例のゲームに参加させてくれるんだな?」
「ああ。まさか、魂を読み取る機構にコンマ一秒以下で弾かれる危険人物がいるとは思わなかった。目の前にしてみて、更に驚いている。お前は適任だよ」
「何言ってるかはわかんねーが……あんた、僕に好きにしろって言ったな? マジでヤるぞ? 正直、あんたのメリットが分からん」
今一度、煙を吹かす。
「……これから行われる『ダンジョンシーカーズ』のβ版はな、実は一回目じゃない。私は前回のプレイヤーだ。今回のβ版に、成功されては困る理由がある。そこで、お前のようなイレギュラーをゲームに送り込みたい」
「……へえ。じゃあ僕はゲームに参加できてハッピー。お前は、私が暴れることによって得られる利益があってハッピーってことか?」
「そうだ」
「なるほどなるほど……しかし、本当にできるのか?」
「私に任せろ」
そう言った男は、女にスマホを投げる。素早く回転するそれを簡単にキャッチした彼女は、画面を見て目を見開かせた。
「……ダウンロード済みじゃねえか」
「『ダンジョンシーカーズ』β版が始まるまで、後二週間ほどある。それまでの間力をつけろ。そして好きに、プレイヤーを殺すがいい」
「……気が利くな。しかし、運営に勘づかれたりしないのか?」
鋭い目つきで睨む女を、宥めるように男が手を伸ばす。
「落ち着け。まだ話は終わっていない。そのスマホの中に、私手製の水晶が入っている。それは運営の目を掻い潜る為に作った、隠蔽するためのアイテムだ。それを所持している間は虚偽の情報が運営へ送信されるし、展開すればプレイヤー同士の戦闘を見えないようにすることができる。まあそもそも、あの愚鈍な連中に察することができるかどうかは疑問だがな」
「……」
あまりにも都合が良すぎるこの状況に、女は逡巡する。しかし、あえてその話に乗った。なぜなら、彼女は刹那的な快楽にしか生きれない。破滅が先に待っていようとも、それで良い。むしろ華々しく散ってみせよう。
「……いいぜ。乗ってやる」
ダンジョンシーカーズのβ版が始まった。都市部に集中した渦へ突入を開始するプレイヤーたち。その中には事前に有望株として招待されやってきた、分家の妖異殺し、国家所属のエージェントなど、様々な人材がいる。
彼らの動向を探る男が、報告をあげる部下に話を聞いた。
「あの女……次々とプレイヤーを殺していってます。恐ろしいぐらいです。最終的には、我々の手で始末する必要があるでしょう」
分家の妖異殺しや元軍人など、選抜され送り込まれた人材は訓練を重ねた精兵ばかりだ。優秀であるはずの派遣組を、簡単に殺していくその姿に末恐ろしいものを彼は感じている。
彼女を選びスマホを手渡した男は、口調を普段のものに戻し話し始めた。
「……おそらく、あのヴェノムとやらも私の言葉に嘘があると分かった上で、乗ってきておるな。我々のことをプレイヤーだとは思っていないだろう。負ける道理はないが、油断するでないぞ」
「はっ」
跪き、大きく頷いた男が更に報告を続ける。
「我々の流言を受けて、上京や北上を考えるプレイヤーが増えています。実際に、潜り込ませたものに誘導をさせている最中です」
「よし。ククク……やはり空閑は焦っているな。システムに粗が見える。それが丁度よく、我々を覆い隠す濃霧となっている」
男は魔力の片鱗を見せ、強く右手で握り拳を作る。
「……空閑の野望を撃ち砕け。そして、それに擦り寄る雨宮に復活の機会を与えるな。奴らの血は、我々白川が取り込むぞ」
『ダンジョンシーカーズ』β版が始まってから、二週間の時が経った。彼らの計画は順調に進み、東北の象徴、仙台の『ダンジョンシーカーズ』の妨害に成功している。上手く情報を遮断しているため、運営はまだ状況を把握できていない。
男が寝泊まりするホテルの一室。裸で女と褥を共にしていたそこに、部下の男が急ぎ足で入ってくる。
「何事だ」
「……
「━━何? 奴はもうすでに、そこらの妖異殺しよりは強くなっていたはずだ」
「……竜殺しの武器を握った新鋭に殺された模様です」
その言葉を聞き、起き得る最悪の事態を想定した男が食い気味に聞く。
「私の魔道具は回収したか?」
「そ、それが……状況を訝しんだ雨宮怜が、妖異殺しを派遣していたようです。その妖異殺しに破砕した水晶を確保され……」
「馬鹿者ッ!! 巫山戯おってェッ!!」
怒鳴り散らし叫んだ男が、隣で寝ている女を腹いせに殴る。飛び起きた彼女は叫び声もあげず、ただ怯えるようにしていた。
「その妖異殺しを始末しろ。そう簡単に割れることはないが、我々の関与が明らかになればまずいことになる」
ベッドから立ち上がり服を着始めた男へ、部下が躊躇いがちに口を開けた。いつ怒りの矛先が、彼に向くかわからない。
「……その妖異殺しは”
そのことの意味を理解した男が、大きく舌打ちをする。その後、卑しい笑みを浮かべた。
「面倒をかけさせおって……我らが屋根の下に迎える日が来れば、その分可愛がってやらねばなるまい」
「……魔道具を奪い取るため、交戦しますか? 東北各地に展開させている妖異殺しを招集すれば、制圧も可能かと」
愚かな提案をした部下を咎めるような視線で見つめ、大きくため息をついた男が言う。
「不可能だ。奴は多くの異名を持っているが……貴様が今言ったものに並ぶ、もう一つの異名を忘れたか」
「……”雨宮最後の妖異殺し”」
「そうだ。あの落ちぶれに落ちぶれた雨宮の中で、唯一雨宮の名を冠するに相応しい
ズボンを履き部屋の中を見回した後、部下の方を見た男が言う。
「今この時、この場に小娘がいてもおかしくない。奴を相手に諜報戦など……不可能だ。ちっ……全員退かせろ。これ以上情報を与えるわけにはいかん。あの水晶も、私自ら製作したものだ。決定的な証拠は掴めん」
最後に大きなミスを犯してしまったが、概ね遅延と妨害には成功した。雨宮の存在感を奪うのには十分だろう。そう判断した男が、手の者を全員撤退させた。
しかしその後も、彼らは同じく反発する勢力への支援など、『ダンジョンシーカーズ』に対する妨害工作を行った。全ては、彼らの矜持と権益を守る為。
しかしながら、これから起きる出来事を彼らは全く想定できていなかった。まさか、妖異殺しの頂点とも言える幹の渦の攻略者。それが再び、雨宮から現れるなど。
潮目が変わる。その決着は近い。
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