第五十三話 上位プレイヤー(1)
新幹線を使って一時間強。
東京に到着して、里葉と二人騒がしい駅のホームに足をつけた。一歩踏み入れただけで、気候の違いが分かる。まだ春になったばかりだというのに、蒸し暑いようにも感じた。
彼女を連れ立って、駅の改札へ向かおうとしたその時。
「お疲れ様です。雨宮様。倉瀬様。お迎えに上がりました」
突如として、屈強な男数人に取り囲まれた。全員が片耳にイヤホンを挿していて、SPかなんかみたいな見た目をしている。右目を通して見てみれば、彼らの肉体に魔力が伏在していることが分かる。間違いなく、妖異殺し、プレイヤーの類だろう。弱いというわけではなさそうだ。
VIP扱いと捉えるべきなのか、それとも危険人物扱いされているのか……間違いなく後者だな。
まあ、知らないうちに恐れてしまうのは仕方ないのだろう。ここで暴れて余計生活を監視されたりしたらやだし、大人しくしておくか。
「ここからは我々が引き継ぎます。雨宮様」
「ええ。よろしくお願いしますよ。決して、粗相しないように」
ガチトーンを装った里葉が真顔でそう言い切った後、顔をあちらさんに見えないようにして、俺にウィンクをした。
……やめなさい。
「肝に命じておきます。では、倉瀬様。この後すぐに、上位プレイヤーを集めた昼食会があります。このままご案内させていただきます」
「……少し、東京を散歩したいんですが時間あります?」
「……了解致しました」
耳に手を当てた男が、小さな声で何かブツブツ言ってる。どうやら、警備の布陣を変えさせてるっぽい。竜の五感をもってすれば、普通に聞こえる。
……散歩って気晴らしにするためのもののはずなのに、監視されてて逆にストレスが溜まった。里葉とぶらり東京さんぽしたかったのに、なんで知らん男数人としなきゃいけなかったのか。
案内され進む東京。都市部の中。駅から離れてすぐに用意されていた黒い車に護送され、土地勘のない俺では今どこへ向かっているかも分からない。ただ、やっぱり地元とは街並みが違うな、と思う。
何故か小さな神社の前で車が止まって、そこで降ろされた。都心の中、唯一緑を残しているその社。パッと見た感じ、ここに何かがあるようには思えない。
しかし、竜の感覚を以ってその存在に気づく。
……そういうことか。
「こちらです。倉瀬様。ここから━━」
「この重世界空間に入ればいいんですね? 今突入しますよ」
「は? お、お待ちください。空間の所在を知っている重術師抜きでは突入できません。今担当のものを……」
唖然とした表情の男を前にして、思い出す。重世界の管理や操作を行えるのは『重術師』のみで妖異殺しやプレイヤーには行えないと。
……俺の竜としての、空想種としての権能を以ってすれば重世界空間の
妖異殺しを戦闘員とするのならば、重術師はサポーター。里葉曰く、妖異殺しにはできないことをいろいろ出来るらしい。その分、戦闘能力は劣るそうだけども。
「……ごめんなさい。プレイヤーなので、そこあたりよく知らなかったです。よろしくお願いします」
急ぎ足でやってきた重術師であるという若い女性が、ちょっと俺に怯えながら空間の扉を開いた。
足を踏み入れて、その世界へ突入する。
目を開けた先。やってきたのは、手入れの行き届いている不思議な日本庭園だった。
微風に触れる。桜の木が生えていて、ゆらゆらと宙を泳ぐ桜の花びらが鼻に触れた。近くにある池には、桜色の文様を持つ鯉が泳いでいて、聞いたことのない小鳥のさえずりが聞こえる。
━━妖異か? しかし、それにしては悪意がない……
苑路を先導した男が、角を曲がった後。その先にある建物を見て、瞠目した。
そこにあったのは、見たこともない和風建築物。神社の拝殿のように立派な瓦屋根のそれは、歴史を感じさせる。煌びやかな意匠を施されたこれが表世界にあれば、間違いなく国有数の観光地になれるだろう。
「こちらが、交流会の会場になります。倉瀬様」
「この建物は……妖異殺しの間では有名なものだったりするんですか?」
「……ええ。ここは『桜御殿』と呼ばれる場所でして、年中桜を楽しめる地となっております。今回、上位プレイヤーの方々を招集させていただくということに相成りまして、総責任者の空閑が手配致しました」
少しだけ思い出すように話したその口ぶりからして、妖異殺しが誇る有数の名地というわけではなさそうだ。
……『妖異殺し』の家々は、かなりの力を有しているらしい。
男の案内の元、屋敷に上り込む。靴を収容して、プレイヤーが集まっているという場所へ向かった。
畳が敷き詰められた、一目見て何畳あるのかも分からない大部屋。外の眺めを一望できる柵付きの廊下と隣接するこの部屋には、八人の人間がいる。男が襖を開け俺が入場するのに合わせて、全員の視線が俺を突き刺した。
座り込む全員の前には、御膳に乗せられた豪勢な懐石料理が配されている。四人と三人が向かい合うように距離を置いて座っていて、一人はお誕生席の位置といえばいいのか、離れた場所に座っていた。
離れた位置にいる、薄笑いを浮かべるメガネをかけた男を見て、直感的に把握する。こいつが、運営側の人間か。
「……倉瀬様。あちらの、空いている座の方に」
……ずっと立ちっぱなしで、眺めている訳にもいかないだろう。
「分かった」
視線を一身に浴びながら、そのまま空いていた場所に座り込む。俺の両隣にいる二人は、どちらも女性だ。魚のマークが描かれた帽子を被っている右側の女性は、ごついミリタリージャケットを浅く着ている。左側に座っている女性は、特に俺を観察していたうちの一人だ。キリッとした目つきをしていて、どこかキツイ印象というか……この人は、抜き身の刃のように見える。
「さて。全員揃いましたので、始めさせていただきます」
メガネをかけた男が話を始める。全員の視線が彼の元に集った。
「本日はどうもお集まり頂きありがとうございます。『ダンジョンシーカーズ』プロデューサーの、空閑肇と申します。宜しくお願い致します」
あっけからんとした口調で話す姿が、どこか胡散臭い。
「本日は上位プレイヤーの交流会ということで、肩の力を抜いて楽しんでいただければなと。皆さんは今後の『ダンジョンシーカーズ』を背負って立つ、優秀な人材です。お互いは
俺の左隣に座っていた女性が、鋭い視線で空閑を見つめた。
「待ってほしい。質問がある」
「なんでしょうか。立花さん」
「上位プレイヤーの交流会と聞いて来てみれば、これはどういうこと? 私の知る面々が全くいない。それに、雑魚も混じっている」
そう言った彼女は、一番端に座っているボサボサ頭の男を睨んだ。それを受けて、男はビクッと驚いている。彼女の口ぶりからして、どうやらこの八人というのは納得できる面子ではないらしい。
「ああ。申し訳ありません。私としたことが、伝えるのを忘れていました。この会は、
……何?
今いるプレイヤーのほとんどが驚きの表情を見せて、向かい合っている。そこで初めて、全員が納得するような素振りを見せた。
「少し、いいですか。空閑さん」
「はい。なんでしょうか。倉瀬さん」
「それって、いつの話です? 俺は覚えていない」
笑みを浮かべ、片手で口元を押さえた彼が言う。
「ハハハ……剛毅な方ですね。ちょうど、三月の上旬あたりの話ですよ。あれは、とんでもない事件でした。本来であれば、ここにもう七人いてよかったと言うのに」
竜の感覚でしか分からないだろう、一瞬の出来事だった。空閑が最後に、強い苛立ちの色を見せている。
「……そうですか。思い出しました。ありがとうございます」
三月の始め……あの頃はちょうど、俺が卒業式をバックれて一人でC級ダンジョンを攻略した時。
里葉。
「まあ、とにかくそういうことです。こうなってみれば、皆さんも互いに興味が出てきたのではないですか? とりあえず、自己紹介と行きましょう。私が皆さんの名前を呼ぶので、そうしたら、お願いします。順序は、β版終了時点でのダンジョン破壊数ランキングです」
「では、楠さん。お願いします」
……仙台のダンジョンを全て制圧した俺よりも多いやつだと? 確か、仙台のダンジョンは全部で326個のはず。
右隣の彼女が、勢いよく手を上げた。
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