第五十一話 杜の都の臥竜
東京。雑居ビルの中。開かれた重世界の空間で『ダンジョンシーカーズ』の運営を行う彼ら。正式リリースを控えた彼らに、時間は残されていない。
しかし、各地方の担当者が集う会議室の中で。
起きてしまった想定外のトラブルを受けて、彼らは激論を重ねている。
怒りに打ち震え、顔を真っ赤にする中部地方担当者が机を強く叩いた。
「上位十五名のうち七名が討ち取られたなどォッ! 事前の連絡は確かにしていたんだろうな! 彼らの中には『術式屋』の手が足りず志望した分家の有望株や、国のものが混じっていたんだぞォッ!!」
いきり立ち、呼応する四国地方担当者。
「第一、保守派の戦力では全国規模の同時襲撃など不可能だッ! 間違いなく何者かの支援を受けているッ!」
「このように内部抗争を続けている中で、正式リリースなどできるか! 延期だ延期!」
「無理に決まってるだろうが間抜け!」
取っ組み合いが起きそうなぐらいのそれに、生産性はない。
彼らが打てる手は限られているが、差し迫るタイムリミットのせいでそれを打つことすらできない。そうして、彼らは敵対派閥に正式リリースという大きな隙を晒さねばならないのだ。
『ダンジョンシーカーズ』運営陣を指揮する立場にある
その時。会議室の扉が勢いよく開けられて、その音を境に場が静寂に包まれる。
名を名乗り、まずは非礼を詫びたその男。彼は汗をだらだらと流し焦っているものの、どこか興奮しているようにも見えた。
「く、空閑さん! た、大変です!」
「何事ですか」
部屋にいる全員に聞こえるよう、彼は大きな声で言う。
「せ、仙台市で確認されていた幹の渦が……A級ダンジョンが……妖異殺しの雨宮里葉とトップランカーの倉瀬広龍によって、制圧されました!」
男が言い放った言葉の意味を、瞬時に理解できなかったからだろう。不気味な静寂が会議室を包む。
その中でいの一番に口を開いたのは、目をまん丸にさせた怜だった。
「……じゃ、じゃあ、里葉は『才幹の妖異殺し』になったってこと?」
「その通りです」
「嘘…………」
びっくりした彼女は力を失い、背もたれに寄りかかって椅子からずり落ちる。愕然とし、このことが与える影響について思考する担当者たちを置き去りにして、空閑が口を開いた。
「やはり、いくさびとでしたか」
一日後。一度時間を置き、良い意味でも悪い意味でも頭を悩ませなければいけない幹の渦攻略という事実を受けて、彼らが会議を始めた。
長机の並ぶ会議室の中。ここには各地方の担当者たちだけでなく、他の責任者も集められていて、その重大さが分かる。
「……渦が全て消失したことにより、今この世で最も安全な場所は宮城県仙台市となりました。すでに不動産価格の高騰が始まっています。一時のものでしょうが、しばらく続きそうです」
徹夜で資料をまとめた雨宮怜が、部屋にいる全員へ資料を転送する。彼女は疲労困憊しているように見えるが、どこかいきいきとしているようにも見えた。
「しかし、これは悪いことではない。中立を保っていた妖異殺したちは今DSの実用性を認めざるを得なくなった」
中部地方担当者は、満足げに頷く。
「その通りです。上位プレイヤーの半数近くが殺されてしまったのはかなりの痛手ですが……それを補うどころか押し返すほどの一手です」
「それで、雨宮怜。あの倉瀬広龍というプレイヤーの戦闘能力は……どう変容したのかね。プレイヤーの実力は仔細に把握しておく必要がある」
重苦しい声色で怜が返答した。
「……わかりません」
「何?」
「彼の『ダンジョンシーカーズ』の情報を取得することができません。あちらからのアクセスはあるのですが、プロテクトされている。魂の情報が読み取れなくなりました」
「……バカな。このDSは空閑さんが……歴代最優の重術師と呼ばれる彼が作り上げたんだぞ。それを破るなど」
彼女たちの話を横目に聞いていた空閑が口を開く。
「彼が私と同等か、それ以上の何かになったのでしょう。ないしは、第三者の何かが介入しているか。それだけの話です」
「なんと……」
会議室の中。こほん、と注目を集めるように咳をした怜が言う。
「しかしながら……私は私の実妹である雨宮里葉から、彼に関する個人的な報告を受けています」
その言葉に、部屋中の人間の意識が彼女へ向く。
「彼は……竜になってしまったと」
彼女が話を続け、信じられないその内容に彼らは愕然とする。
会議は終わった。
正式リリースの直後に起きるであろう、世間の混乱は想像に難くない。そんな中、戦力の分散が危惧される首都に竜を招き入れるわけにはいかないと、彼と友好状態にある雨宮里葉の管理下で落ち着くまでの間、彼を北に押しとどめることとなった。
春風に靡く。
涼やかな風に風土の違いを実感した。東京で感じることの出来る、渦に吸い込まれていく魔力の流れに触れることができなくて、本当にここに渦は無くなってしまったのかと理解する。
新幹線を使い東京から訪れた仙台市。ここには凍雨の姫君と呼ばれる才幹の妖異殺しさんと、とんでもなく強いだんじょんしーかーずの使い手さんがいるらしい。
私は爺様の命令で、渦を制圧したという倉瀬広龍を見にいくことになった。周りのお家はみんな凍雨の姫君の実力を絶賛しているようだけど、爺様の読みでは違うらしい。
彼の強さを確かめてこいという命令。その者の器量によっては勢力図が変わるとか、立ち回りを変えなければいけなくなるとか爺様は言ってた。
私、佐伯家の将来有望な妖異殺しだもんね。げきつよだしまじ適任。
一応重大な任務っぽいけど、ちゃちゃっと済ませてご飯食べて帰ろ。
そう思って腕を伸ばした時、先ほどまでなかったはずの魔力の流れを感じ取った。
……なんか渦っぽくない? これ。でも、吸い取ってるっていう感じじゃないし、なんだろ。
とりあえず、行ってみよっかな。
魔力の流れがする方へと、ぐんぐん進んでいく。そうやってかなりの時間歩いていたら、何故か住宅街の方に出た。電柱に書かれている住所を見て、そういえば彼が住んでいる場所はここあたりだったなーと、ぼけーと思う。あれ、直接接触したらダメだってそういえば爺様言ってたような……
やっば。
そう思って、その場から立ち去ろうとした時。後ろから、声をかけられた。
「……何用だ? おい、名を名乗れ」
ギギギ、とゆっくり振り返って見た先には、完全武装のやからがいる。
威圧する魔力を迸らせる彼は、春の陽光に照らされぴかぴかと輝くスリムな黒甲冑に身を包んでいる。その上には藍色の陣羽織を着ていて、子供の頃から爺様に言い聞かされたやべー武士そのものみたいな姿をしていた。
手には明らかにえっぐい刀を手にしてて、これが例の魔剣かとビビる。
竜の口の形をした真新しい面頬を付ける彼の、口元は見えない。
その上にある、私のことを見つめる双眼。その右目は、金色の魔力が集まる竜の瞳で。
「……やっば」
ダンジョンシーカーズトッププレイヤー。突如として北に現れた小覇王。
倉瀬広龍。
今の格好の時点で、やばいやつ役満なのに。
今度は右肩あたりに渦が開いて、
白銀の鱗。煌めく金色の瞳。彼の体でとぐろを巻くその姿。
射殺すような鋭い視線を向けられて、体が本能的にぶるっと震える。半開きの口からは銀色の冷気が漏れ出ていて、いつ攻撃されてもおかしくない。
「……ひゃ?」
刀を少し動かす、鉄の音がなる。
ちょ、え、あかん。空想種となんて戦えるわけねーだろ。私は爺様じゃねえ。
「わ、私、
「あ」
言われた通り名前を名乗った後、振り返って全力ダッシュ。砂埃を撒き散らし、全力疾走。人生で一番魔力出てる私。
あれ、人じゃないじゃん。
もう、竜じゃん。
せっかく仙台に来たのに、美味しいご飯も食べず逃げ帰るように戻ってきた東京。おうちに駆け込んで、爺様にすぐ話をする。直接相対したことは怒られたけど、よくやったって私を褒めてくれた。
「やはり北には……文字通り臥竜がおるか。ククク、最後にどでかいのが出てきて役者が揃ったわ。初維。間違いなく時代が動くぞ。竜は雨宮に近しいようだし……かの家の運命が変わるやもしれん。古き盟友としては、嬉しい話よな」
座布団の上であぐらをかく爺様。彼が湯呑みのお茶をごくっと飲む。ここ数年の出来事を思い返すように、彼は天井を見上げた。
「……この時代ばかりは、儂にも読めん」
立ち上がった爺様が、私の元へ寄ってきて肩に手を置く。
「……遠大なる景色を見よ。初維。時代の荒波を御し、佐伯家は形を変え存続していくのだ」
「はい。爺様」
「時を待つぞ」
爺様が立ち上がって、部屋を去る。その後ろ姿はどこか、楽しげ。
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