第四十七話 準備

 


 仙台駅周辺。長期間の任務になってから借りている部屋の中、ベッドに倒れ込んで天井を見上げながら考え込む。今日行ったあの水族館で、私は決意したんだ。自ら歩むために抗うんだって。そのためには、沢山の準備がいる。


 左手首に着けたブレスレットを、天井にぶら下がった照明に重ねた。


 きらきらと光るそれに笑みが抑えきれない。

 本当はもっと想いに浸って、今日のことを振り返りたい。


 でも、やらなきゃいけないことが沢山ある。


 私はすぐに起き上がって、作業机へ向かった。タブレット端末を乗せてそれに情報を展開した後、机の上に鎮座させた水晶の破片を見る。


 仙台にいる間、何もずっとヒロといたわけじゃない。別の仕事も並行していた。


 それは、仙台市で起きた『ダンジョンシーカーズ』PK事件の調査。私はその原因を究明しなければいけない。


 しかし、PKの周辺を私は本気で洗ったが一切の情報を得られなかった。まるで、隠されているように。


(この水晶……これには重世界間の交信を選別・遮断する術式が組まれていた。『ダンジョンシーカーズ』運営に情報を取られないようにするためだけの魔道具……彼らの目を欺けるほどのものなんて、まず間違いなく高位の『重術師』が関わっている)


 水晶の仕組みを割ったことについてはまだ運営にも、雨宮にも報告は入れていない。適当な進捗を上げて、誤魔化している。


(あの妖異殺しの襲撃……間違いなく内部で政争が起きてる。そしてこの水晶はそのために打たれていた一手……)


 仙台……東北の担当者は、私の姉である雨宮怜。


 私の敵について、半ば確証に近いものを抱く。この水晶の秘密を完全に暴いて、これを上手く使うことができればかなり強力な手札となるだろう。


 プランは多ければ多い方が良い。この水晶に関しての調査は仕事にかかわらず続けよう。武器を増やさなければ、私は勝てない。


(……でも、今最も強力な一手となるのはやっぱり幹の渦の攻略だ)


 幹の渦の攻略。それは本来、不可能と言っていいほどの難度を誇る。しかしながら、彼と共になら。

 彼らの意識の埒外にある、幹の渦の攻略に成功すれば多くの妖異殺しが味方に着いてくれるだろう。


(……私は、ヒロといるために抗うって決めたんだ)


 私が全てに精算をつけた時。隣に彼がいてほしい。その想いを堪え切れない。

 しかし、幹の渦の攻略が成功するかどうかにかかわらず、一度別れの時は来てしまう。それさえも、ヒロが大好きになっちゃった今の私には耐えられない。


(……攻略に成功したら、好きって伝えよう。拒絶されたら、泣いちゃうかもしれないな。私)









 あの日。彼女と水族館に行って話をしてから、里葉が前向きに何かを目指そうとしているように感じる。先の景色を見る彼女の表情は美しくて、また彼女に魅せられた。


 A級ダンジョンの攻略は、そのための一環であるという。幹の渦を攻略することは妖異殺しにとってこの上ないほまれであるようで、その栄誉が必要なんだと言っていた。A級の攻略に否定的であった彼女が前向きになってくれたので俺としては嬉しいが、逆に心配でもある。


 最終目標の上方修正。A級ダンジョン攻略を目指して、ただひたすらに俺たちは鍛錬を行っていた。


 俺はレベルを上げスキルを得るため。彼女は俺との連携を密にさせるため。二人で再び、B級ダンジョンへ突入した。


 彼女と二人真剣に話し合って、どうやったらもっと効率的に戦えるか。完璧な連携を生み出し、自分たちが勝てないはずの相手に勝つか。議論を重ねた。


 水族館に行ってから五日経った今日。彼女と待ち合わせをして、二人でミーティングをする。久々にくりーむぶりゅれが食べたいとねだった里葉を連れて、喫茶店で話をすることになった。


 小さく流れるクラシック音楽。落ち着いた雰囲気の店内。


 幹の渦とは何なのか。A級ダンジョンとはどういうものなのかということについて、彼女が語った。


「ヒロ。妖異殺しの千年以上の歴史の中でも、幹の渦の攻略に成功したという例は非常に稀です。むしろ、幹の渦に突入すること自体が妖異を刺激することに繋がるため、禁じられている時代もあった」


「具体的には、何回くらいなんだ?」


「信憑性のある記録は少ないですが……おそらく、百に満たない」


 大体、十年に一回あるかないかか。歴史を積み上げるということはその分強くなるということでもあるし、それでも少ないままなんだから強さの桁が違うということがわかる。


「ヒロ。これは秘中の秘ですので心に留めておいてほしいのですが……攻略に成功した事例の殆どが、妖異殺しの術が天下に漏れた悪夢の時代。戦国の世に行われたものです」


 真剣な面持ちで彼女が語る。なんか久々に、意味わからんこと言われた気がする。


 訳が分からないという顔をした俺を見た里葉が、説明を始めた。


「始まりは、時の権力者に妖異殺しの名家が魅せられたことでした。そこから妖異殺しの術が世に漏れ、私みたいな特異術式持ちや魔力を使って身体強化ができる人間が蔓延り、欲望のままに武を振るった時代……」


「六十余州にいくさ止む時なく、民は疲弊し非業に泣く。そしてそれが引き起こされたのは妖異殺しの術が漏れたため。妖異殺しにとってこの時代は大罪の証であり、決して繰り返してはならぬこととされている」


 深刻そうな表情で、くりーむぶりゅれをパクリ。シリアスな里葉には悪いけど、冷静に考えておかしいと思う。


「いや、普通に記録とか残ってるし……歴史学者の人とかがどんどん明らかにしていってるだろ? 妖異殺しの術とかも、どこかで見つかってないとおかしいはずだ」


「……当時、空想種”波旬はじゅん”という最恐の妖異を多大なる犠牲と共に討ち取った妖異殺しが、命と引き換えに概念単位の能力を行使して事実を捻じ曲げました。それでも残ってしまった残滓は、泰平の世の間に幕府と妖異殺しが奔走して徹底的に隠滅している」


「な━━」


「まあ、とにかくとんでもない時代があって、そんな時代でしか幹の渦の攻略が出来なかった、ということを伝えたかったんです。しかし、攻略した、ということは分かっていますが、どれも滅茶苦茶な話ばかりで実態が分からない」


 彼女が一息入れて、紅茶を飲む。


「ヒロ。貴方の魔力強度を上げられるだけ上げるため、全ての大枝を刈るという話をしました。それと同時進行で、幹の渦の偵察を行おうと思います。むしろ今まで一発で攻略してたのがおかしいぐらいなんですけど」


「残るB級は三つだったよな。そいつらを攻略するのと同時に、様子を見にいくと」


「ええ。それに、正式リリースまで時間もない。だから早速、明日A級ダンジョンに突入して情報を収集し策を練りましょう」


 彼女の言葉を聞いて、喫茶店の外。窓の方を見る。春の陽光が降り注いでいて、もう冬は去った。そしてそれが示すのは、里葉と俺の関係の終わり。


 出会ってからの間、彼女とは仲良く過ごすことができた。それでも、別れてしまえばもう今のような時間は過ごせないし、連絡を密に取る戦友、みたいな立ち位置になるだろう。


 肘をつき、くりーむぶりゅれを食べる彼女の姿を見る。やっぱり俺は、もっと彼女といたい。これで関係に一段落つけるのは絶対に嫌だ。


 ……A級ダンジョンの攻略に成功したら、想いを告げよう。


 フラれたら、情けないけど多分泣く。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る