第四十二話 攻略:B級ダンジョン(2)



 気が狂うほどに長い白の部屋を突き進んでいく。


 山を再現した白の部屋。


 森を再現した白の部屋。


 そうやって部屋の中を突き進んで、変わった階層に合わせて攻めてくるモンスターを討ち取っていく。


 第一階層は、それを突破できぬものはそもそも攻略する資格がないと言わんばかりの渦鰻で満たされた階層。第二階層では鼠と海月の軍勢と交戦し、見通しの悪い白の森が続く第三階層では、雷撃を放つ鹿の群れと相対した。第四階層。俺たちを迎え撃つように構えられた中華のものに近い城塞では、勘弁してくれと思いつつも、城壁とそれを守るモンスター相手にたった二人で攻城戦を行った。


 あの城壁はどうやら魔力を弾く性質を持っていたらしく、竜喰の斬撃の効果が薄かった。壁の上から見降ろすようにして、魔弾の光線を放つ奴らを落とすのには非常に苦労したし、これがB級ダンジョンかと痛感している。階層一つ一つの重さが、C級ダンジョンそのものに匹敵していると感じていた。


 二人座る城壁の上。見晴らしも良く、美しい風景でもあれば感動的なんだろうけど、ここは生憎白の世界。何もかもが白色の石材のようなツルツルした何かで作られていて、景色に色がない。


 『ダンジョンシーカーズ』から取り出したレジャーシートと突入する前コンビニで買ったおにぎりと飲み物を手にする。


「ヒロ。私たちはこの渦の折り返し地点までくることができました。疲労困憊しているわけでもなく、魔力にも余裕がある。すばらしいです」


 ビニール袋の中から、ガサガサとおにぎりを取り出した彼女がそれを開けようとしていた。


「ああ。本当にめちゃくちゃ楽しい」


 パッケージに書かれた番号を見ながら、うーんと顔を顰める彼女。そのまま俺に返事をする。


「ヒロ。しかしながら中間地点ということで、おそらくここからまた様相が変わります。油断しないで」


「と、言うと?」


 足を崩し座り込んだレジャーシートの上。一度体を起こし四つん這いの形で彼女の方に寄って、彼女が手に持っているおにぎりを順番通りに開けてあげる。これ、初見だとマジで開け方わからないんだよな。


 おぉ……と感動し俺に感謝の言葉を述べた里葉が、ごほんと咳をした後に続けた。


「ここまで私たちが相手にしてきたのは、軍勢と形容するにふさわしい敵ばかりです。”渦を守る”という理念の下設計し戦略が練られた上級の渦が、一辺倒にそれだけで来ることはない」


「ここからは罠が増えたり、少数精鋭で当たってくるってことか?」


「そうです。前、渦の三つの分類について話をしましたが、基本的な理念は分類と同じようにしつつも上級の渦では所々で搦め手を加えてくる」


 一息つき、両手に持った梅おにぎりをパクリと食べた彼女がもぐもぐしている。動きがリスみたいで可愛い。あざとい。


「先ほどまでとは違う。故に私は、立ち回りを変えようと思います」


 彼女がペットボトルの蓋を開けて、緑茶を飲む。


「ヒロ。私には、貴方が戦場でやりたいことが分かる。だから私は今から、徹底的に合わせようと思います」


「……予めどんな感じか知っておきたいが」


「私は一人でも強いですけど、真価を発揮するのは援護に回った時なんですよ。まあ、すぐにわかります」


 ペットボトルの蓋を開けて、期間限定のラテを一服。話を終わらせたと取った里葉がまたもぐもぐし始めて、それを食べ切る。

 

 俺の開け方を見て学習した里葉が、自分でおにぎりを順番通りに綺麗に開封した。どこか満足げで、子供っぽくて可愛い。


「あ、ヒロ。その飲み物期間限定のやつですよね。私にもください」


「ああ。いいぞ」


 ルールを作ったりする割には、彼女もだいぶダンジョンの中でリラックスしているような気がした。







 第四階層の階段を降りて、踏み入れた第五階層。起伏のない真っ平らな白の部屋を行き、その先で。


 白の柵が打ち立てられ、見張り台のある砦のような場所を発見する。倉庫のような小屋がいくつかあって、詰め所のようになっていた。


 先ほどの城塞の方がよっぽど守りが堅いような気がしていたが、全く違う。そこの砦に詰める部隊は、正しく精兵。


 西洋の騎士のような見た目をしたモンスターが、砦の中をカツカツと音を立てて歩いている。兜と甲冑の中にあるべき顔や体は見当たらなくて、鎧そのものが歩いているようだった。


(リビングメイルというやつか。もっとずんぐりむっくりした奴を想像していたが、随分とスリムで背が高いな……)


 援護に徹する、と言い放った里葉。彼女が俺に伝えたのはいつも通り戦ってくれればいいということだけ。それはそれで困るんだけど、どうしたものか。


 リビングメイルたちは凛然とした姿で整列し道を歩いている。特に先頭を歩く、マントを纏い大剣を肩に背負った奴がぶっちぎりで強そうだ。


 構え、魔力量からして、おそらくC級のボスよりも強い。技を考慮すればもっと上かもしれない。


 里葉、本当に合わせてくれるのかな……というかどこにいるかも分からないし。つくづく、彼女と戦ったあの時は本当に手加減されてたんだなと思う。それか、何かに動揺してたとか。


 まあ、いい。里葉がいないものと考えて、このB級ダンジョンの敵を楽しもう。


 構える竜喰。込める魔力。砦の柵ごと吹っ飛ばしてやろうと魔剣を振るった俺に合わせて。


 彼女の武装である金色の槍が、突如として空から降り注いだ。それは物見櫓を破壊し、警戒していた白の歩兵を断ち割って、一気に破壊する。


 脚部に魔力を込め空へ飛び立つように跳躍。空中で回転し、砦の中央に着地しようとする。俺の動きを見て、着地地点を取り囲もうとする鎧の歩兵の姿を見た。


 思わず舌を巻く。飛び込んで一気に勝負を決めようと思ったが、こいつら、想定より対応が早い。


 両足で踏みしめるように着地し、ひび割れが走る白の床。間違いなく着地の隙を取られる。実際に空から、奴らが魔法を撃とうと準備しているのが見えていた。


 しかし、なぜか俺を取り囲んでいた奴らに動きがない。むしろ奴らは驚愕し、辺りを見回している。


 まさか。


 遅れて認識する。この砦にいる全ての鎧が俺の姿を見失った。見上げた小屋の屋根上。しゃがみこみ、俺に向けて右手を伸ばす彼女の姿を確認する。


 予想通りならば。


 竜喰を下段に構えて再び魔力を込める。カタカタと震え出してなお、それを止めない。魔力の操作に全集中力を費やして、決定的な隙を晒している。


 しかしながら、その選択は何者にも遮られることなく成功した。


 刀を右から左へ薙ぎ払い、体を一回転させ魔力の斬撃を円状に飛ばす。


 防御の姿勢を取らぬまま突如として腰元を切り裂かれた白の歩兵の、上半身がずり落ちた。


 攻撃して初めて、マント付きのリビングメイルが俺に気づく。そいつは三本しかない指をハンドサインのように動かして、周りの鎧の指揮を執った。

 

 刹那。


 奴が指示を出したタイミングで、白の歩兵は空から降り注いだ何かに撃たれ、崩れ落ち灰燼となった。嘘だろ?



 これが、妖異殺し。雨宮里葉の真価。



 完全な隠蔽効果を持つ透明化。それは自身、味方、武装へ適用できるという。そして彼女自身の武装は、俺の竜喰のような特殊能力を持たぬものの、浮遊し大量展開が可能な変幻自在の金色の業物。


 幾ら何でも強すぎる。チートとかってレベルじゃねえぞこれ。


 右足で強く地を蹴り上げ疾駆する。剣をとっさに差し込んだマント付きの鎧は、俺の一撃を防いだ。竜喰でも斬れないとは。随分と堅い!


 連撃を放ち一方的に攻めていく。しかし揺るぎない奴の守りは盤石で、押し切ることができない。


 白の床を滑るように進む右足。そのまま足を開いて股を裂き、滑り込むように奴の視界から消える。


 きっと、彼女なら。


 すぐそばにいるにもかかわらず、俺を見失ったのであろう奴が少し構えを緩めさせる。体を回転させ、回り込んだ右方。奴の首に竜喰を突き刺した。


 しばらくの時間が経って、奴が灰燼となり爆発する。


 竜喰の刀身を肩に乗せ、近くに来ていた彼女の方を見た。


「ヒロ。今の感じで、このまま行きましょう。貴方が一人突っ込んで戦って私がそれを援護します。きっと、これが最も良い」


 あんな真正面からゴリゴリに戦えるのに、里葉の本領は支援なのか……


「……そうだな。今の感じならかなり効率的に攻略が出来るかもしれない」


 俺が敵の注意を引き暴れまわって、里葉が雑魚を一気に片付ける。少し手こずる強力な敵がいれば、彼女の能力を駆使して、俺が効率的に奴らを狩る。彼女と俺が連携する戦い方として、完全に成り立っているように感じた。先ほどの動きといい、息ぴったり。


「よし。里葉。この調子で第五階層を突破し、ボスがいる第八階層まで一気に行くぞ」


「ええ。前衛、よろしくお願いしますね。ヒロ」


「里葉も。援護頼んだ」


 面頬に触れ、なんとなく一度、それを付け直す。

 突き進むダンジョン。この至福の時間が、無限に続いてほしいと願ってすらいた。

 

 



  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る