第四十一話 攻略:B級ダンジョン(1)

 


 突き進む白の部屋。B級ダンジョン。ここは信じられないくらい恐ろしい死地で、彼女の能力を使ってなんとか突破できているというのが現状だ。


 実際に刀を握って戦っているわけではない。しかし視界を行く一匹一匹の渦鰻の位置を把握し、奴らの動き、進行方向、それを瞬時に読み取って回避するこの道は、戦いの一つであると言えるような気がした。


 突入した時に比べ、明らかに自身の空間把握能力が向上していることが分かる。目だけに頼るな。耳だけに頼るな。全て使え。『直感』を信じ、自分と彼女の命を賭け跳躍する。


 視界の端。俺の腕の中でうずくまる彼女が、少し動いたことに気づいた。どうやら、俺の面頬をなぞっている。


「どうした? 里葉」


「え、いや、あわ、その、この面頬ヒロがカッコいいなって」


 ……面頬ヒロって何?


「……何を言っているかはよく分からないが、このまま頼んだ。多分、そろそろこの階層は抜けれると思う」


 『落城の計』から推察されるこのダンジョン全体の構造を意識して彼女に言う。腕の中にいる里葉が、なんかぽやぽやしてるみたいでちょっと心配だ。


 跳躍。新体操のように空中で回転して、両足を地につけ再び空を飛ぶ。三角飛びの要領で足を壁につけ、渦鰻の群れと群れの狭間を行き、今度は次の階層への階段が続く出口へ飛び込んだ。





 階段を降りて向かう第二階層。何も変わらない白の部屋の空間で、また渦鰻がいるのではないかと思い少しドキッとする。


 第二階層の部屋の構造と見た目は第一階層と基本的に同じものの、どうやら奴らはいないようで、一息つく。


 「……」


 お姫様抱っこをしていた里葉をゆっくりと下ろした。周りに敵影がないことを確認し、彼女が透明化を解く。


「里葉。酔ったりとかしてないか?」


「だ、大丈夫です。ありがとうございました。ヒロ」


 一度腕を伸ばし、正八面体を杖に変えた彼女が言う。ちょっと頬を赤くさせている姿を見て、暑かったのかな、とか思ったりした。俺、激しい動きしてたし。体が温まって汗ばんでいたかもしれない。もしそれが原因なら最悪である。


「しかし里葉……大丈夫か? 一度脱出するのも手だと思うけど」


「いえ。ヒロ。心配しないでください」


 その時。迫り来る敵の存在に遅れて気づく。


 細長い触手を大量にぶら下げ雨傘のように角ばった骨格を持つ海月クラゲのようなモンスターが、宙を敷き詰めやってきた。


 近づく海月の軍勢。竜喰を顕現させ即座に構え、応戦しようとした時。


 その海月が、何の前兆もなく突如として撃ち落とされた。

 灰となり爆発し、灰燼が白の空間に降り注いでいく。


「これ以上、ヒロに守られるわけにもいかないので」



 凛として独り立つ。

 己は助けられるだけの存在ではないと、言外に主張する彼女の佇まいに思わず見惚れた。



「ハハハ……里葉。君は本当に、俺にとって最高の女性ひとだ」


「えっ」


 揺らめく剣の切っ先。宙に大量展開される、金色の武装。


 お互い本気で肩を並べて戦うのは初めてかもしれない。一人でダンジョンに潜りモンスターを倒していくのも楽しいが、これはこれでまた別の楽しさがある。


「行くぞ里葉。遅れるなよ」


「わ、私を舐めないでください。それはこちらの台詞です」


 混ざり合う黒漆と金青。

 ここからは、二人の時間だ。







 振るう竜喰。吹き荒れる死灰の竜巻。


 数なんて分からない無限の軍勢。今までのダンジョンで相手をしてきた有象無象とは違う、ダンジョンという軍事拠点を防衛することを考慮した明らかな主力。明確な目的を持ってやってくる裏世界の軍隊。


 彼女曰く、兵器群に近いという妖異。奴らを一匹一匹を見てみれば、表世界側の兵器に通ずるものがある。


 空を埋め尽くす巨大な海月の軍団。気球のように空を浮かびゆったりと進んでいくそいつらは、空から紫電の爆撃を放ってくる。ステップを刻んで、閃光を描いたその軌跡を回避した。焼け焦げた跡が白の床につく。


 敵がいるのは空だけじゃない。


 威嚇する声を上げながらバラバラに散開し俺の命を狙う齧歯類の大群。奴らが今列をなし俺の元へ殺到する。


 更に、後方にて守られ座り込む、でっぷりと太った小屋よりも大きいネズミが汚い口をおもむろに開けた。鋭い牙を起点として魔力が集中し、そこで必殺の弾丸が生成されていく。


 揺れるような残光。放たれる魔弾。


 奴らが構えてから、それを発射するまでの時間。


 もうすでに、タイミングは知っていた。


 竜喰を振るい、魔力の塊を食らう。続けて飛来してきた魔力の砲弾を回避し、着弾地点から立ち昇る魔力煙が宙に揺蕩った。やたら食べたがる竜喰を黙らせ、一部を狙って弾き飛ばし海月を墜落させる。


 砲撃に対応する俺の隙を突こうと、噛みつこうと飛びかかる大型犬くらいの大きさのネズミ。お前らに与える隙などあるか。魔力の斬撃を以って鎧袖一触に吹き飛ばす。


 戦車に歩兵。そして気球。実際には全然違うだろうが、そんな奴らと戦っているような気分だった。



 竜喰と共に突き進む征途せいと。果てしない軍勢を相手に、ネズミを斬り裂き続ける。



「ハハハハッ!!!! かかってこい! このドブネズミどもがァッ!!」


 己を鼓舞するように叫び、魔力の刃を以ってネズミどもをバラバラに斬り飛ばした。俺と俺の刀を見てどこか、ネズミどもが恐れているように見える。


 後方。前進する俺の背後を守り敵を薙ぎ払っていた里葉が、突如として俺の隣にやってくる。

 灰に塗れた杖を持ち、足を開き屈み込むような姿勢を彼女は取っていた。


「ヒロ。このままじゃジリ貧です。一気に決めます」


「分かった」


「私が空を堕とす。貴方は陸を」


 杖を一度手放し右手を動かした彼女の動作に合わせて、あちこちで敵を蹂躙していた金色の武装が彼女の背後に集う。さらに彼女は床へ正八面体を落として、空へ浮かべる金色の数を増やした。


 形を変える金色の武装たち。それは全て槍となって、寸分の狂いもなく整列する。



「『透き通るように 消えてしまえば』」



 鋒を震えさせる金色の槍たち。

 彼女の構えを見て、海月たちは散開し回避運動を取る。射出地点は丸見えだし、奴らにとって避けることは難しくない。


 しかし。暴走する力を抑え込むように震える金色の槍が、透き通るように見えなくなっていく。


 消えて無くなってしまった金色の槍に、唖然としていた時。


 突如として海月の群れが烈風に切り裂かれ、その全てが墜落した。


(嘘だろ!? 槍の動きも音も気配も、何も分からなかった! 彼女の能力は、武器にも適用することができるのか!?)


 口には出さぬものの、内心途轍もない衝撃を受ける。彼女の技はまるで雨のように、来ると分かっていても避けられない、見えない一撃のようだった。



 ……彼女に負けていられない! 彼女はこの俺に陸を託した! 



 ホルスターより取り出したスマートフォン。鞘を素早く顕現させ、竜喰をそれに収める。


 『秘剣』はこの状況ではあまり役にたたない。なぜならそれは一匹を食い殺すことに特化しているため、大群を相手にする今使うのは得策ではない。


 全力で竜喰に黒漆を込める。そもそもを言えば『秘剣』も剣に込められた魔力によって成し得ている奇跡だ。同じように魔力を込めればこの状況に適した技を放つこともできるはず。


 鳴らす鯉口の音。左手で握った鞘と右手で握る柄。

 魔剣流の知識を活かし、自分の考える戦闘理論の元。


 刀を引き抜く━━━━!!


「『太刀影』ぇッ!」


 横一文字に軌跡を残す、濃青の輝き。


 世界を真っ二つに切り裂いたようなそれは残光を残した後、鼠の体を纏めて斬り落とす。


 左から右へと、灰燼となり爆発する音が続いた。なんかめちゃくちゃ気持ちいい。

 少しの疲労感はあるが、まとめて敵を潰すことが出来た。里葉は元々そうっぽかったけど、俺のワンマンアーミーぶりもひどくなってきた気がする。


「……なんかヒロは、プレイヤーというよりも妖異殺しに近くなってきていますね」


「そりゃ、教えてる人が妖異殺しなんだから寄るだろう」


「しかし、とんでもない戦果です。本来であれば、妖異殺しも徒党を組んで大枝の渦に攻め込むんですよ?」


 はあと呆れがちなため息をついた里葉を見て、なぜか少し元気が出た気がする。彼女らしさが戻ってきたような気がしていた。


 零すように彼女が呟く。


「でもこれなら……本当に……大樹そのものを……」


「油断するな。里葉。まだここは二階層だぞ。俺たちでも危ないのが出てくるかもしれない」


 考え事を始めた里葉相手に、思ってもないことを口にしてみた。


「ふふ。私たちなら大丈夫ですよ。きっと。ヒロの具体的な戦闘理論、やりたいことが、私にはもうかんぺきに分かりました。もう少し、見ていたいですけど」


 彼女の言葉を聞き、首を傾げる。ちょっとどういうことかよく分かっていない。


 しかし……まあ……まだまだこの手で斬り裂けるモンスターがいることが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。攻略に成功して、ダンジョンを出た時のことも楽しみで仕方がない。レベルは絶対上がっているだろうし、スキルも得られるはずだ。


「ふふふっ。ヒロ、本当に楽しそうですね。絶対に、ぜったいぜったいいけないんですけど、私も━━」


 開いた手のひらで、口元を覆う彼女。


「たのしく、なってきちゃいました」


「ハハハ! 良いな! 流れに乗っていこう」


 階層の階段。また彼女と二人、意気揚々と降りていった。





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