第四十三話 攻略:B級ダンジョン(3)

 


 里葉とともに、罠だらけの第六層を抜け辿り着いた第七層。このダンジョンのボスがいるであろう第八層の最後の盾となるこの階層の防備は、アホみたいに堅かった。


 白い草が生え風に靡く白亜の平地。そこでただ愚直に、剣を振るう。


「ハァハァハァ……!!」


 B級ダンジョン。第六階層は、裏世界産の想像もつかないような罠で埋め尽くされていた。降り注ぐ毒雨。滑り落ち登ることができない蟻地獄のようなものに、足を踏み入れた途端、一斉に壁から生えてくる魔弾を放つ杖。俺のハリウッドニンジャ装備が異様に映える、スパイ映画みてえな動きを連発しなければならなかった。


 特に網目のない魔力のレーザートラップが通りを埋め尽くした時は、流石に冷や汗をかいた。透明化を解いた里葉を抱き寄せ、普通に竜喰で凌いだけど。


 そんなモンスターを相手にする以上にバカみてえに神経を削る第六階層を抜けた後、訪れたこの第七階層。


 地平線を埋め尽くすモンスターの群れ。整列し陣形を組んで並び立つ敵軍。再現された白の平原を、ダンジョンの中の夕焼けが照らしていた。



 斥候のモンスターを斬り殺し奴らを見渡す丘の上。白の岩に右足を乗せ、刀を水平に構える。



 魂に刻まれた術式たち。『武士の本懐』、『飜る叛旗』や『一騎駆』が知らせてくる。


 目下。数千に届くのではないかという妖異の軍勢。


 この地こそが、お前の魂が震える舞台ばしょだと。お前の魂は余りにも近すぎるって。お前は何故、あの時代に生まれなかったのか。いや、今お前が生まれた時代こそ、その時を再び迎えようとしているのかって━━━━


 どこが敵の穴かを必死に考え『直感』的に好機を見出した後、考えることをやめる。そんな俺の横に、ずっと俺のことを隠れて援護していた彼女がやってきた。


「……どうした。里葉。俺は往くぞ。俺は戦場いくさばにて咲き誇る花となる」


「……ヒロ。高ぶりすぎです。ここまでの階層で、あなたはかなりの妖異を潰してきました。それにここからの戦、一息つく間もないでしょう。八階層に足を踏み入れれば、即座にこの渦の主と交戦になる。今、『ダンジョンシーカーズ』でヒロを強化すべきです」


「……おお、そうか。その通りだな。里葉。ありがとう」


 荒々しい手つきでホルスターからスマホを取り出す。それを操作してステータス画面を開いた。



 プレイヤー:倉瀬広龍


 Lv.76


 ☆ユニークスキル

『不撓不屈の勇姿』


 習得パッシブスキル

『武士の本懐』『直感』『被覆障壁』『翻る叛旗』『一騎駆』『華麗なる独壇場』『落城の計』『魔剣流:肆』


 習得アクティブスキル 

『秘剣 竜喰』


 称号

『天賦の戦才』『秘剣使い』『魔剣使い』『城攻め巧者』『月の剣』『好一対』『DS:ランカー』


 SP 150pt



 レベルは……B級に突入してから5も上がっている。今までD級を何個も攻略しようが、C級を攻略しようがうんともすんとも言っていなかったレベルがここに来て上がった。加えて新たに二つ称号を獲得し、最適化がいくつか可能になっている。


 まずは、称号の方を見よう。



 称号『月の剣』


 三日月のように満ちていく大器。それは揺るぎなき大望となり、人々を照らす。




 ……『天賦の戦才いくさびと』並みに、意味不明な称号がまた増えた。特に効果があるわけでもなく、困りものである。まあ、スルーしとこう。スルー。




 称号『好一対』


 平穏の時を仲睦まじく過ごし、戦地では背中を預け行く一心同体の二人。二人でいないことの方が違和感を覚えるほど似合いの男女。”彼女”を連れ、戦地へ向かう際身体能力を強化。




 スルーできないやつきた。


「へあ……?」


「何かあったのですか? ヒロ。私にも見せてください」


 画面を覗き込む彼女。文言を読んでいくにつれ、今までで見たことがないレベルで目がまん丸になった里葉の顔が、りんごみたいに真っ赤っかになっていく。今にも火を噴きだしそうだ。


「あ……いや……その……ヒロ……た、たましいにわ、わわわわたしがががが、いや、え、どうやって……」


「………………他のスキル、最適化できるみたいだ」


「あっ、あそうですね。よ、よよよ妖異の軍勢が目の前にいるんですよ。い、いいいいそがないと」


「……落ち着け。里葉」


 ステータス画面。今はとにかく考えることをやめて、最適化の項目を開く。そこに表示されていたのは二つの式。


『秘剣使い』+『魔剣使い』=『???』


『???』


 なんだこの二つ目の……


「里葉。なんか、なんの素材も利用せず最適化しようとしているものがあるんだが」


 一度深く深呼吸をして、お仕事モードに入った里葉が言う。


「あ、それは多分ヒロが術式の支援なしにできたことを術式に書き起こし、効率化させスキルとするものですよ。やった方が得です」


「分かった」


 『最適化しますか?』というメッセージを承認し、すでに何度か見たことのある演出を見る。そこで飛び出てきたのは━━




 称号『秘境の剣豪』


 剣の最奥地に辿り着き、熟達した剣士に与えられる。敵の剣の質を見抜き、それを自らの糧とする。武器種:剣に纏わる諸スキル群の習得コストを軽減。



 パッシブスキル

『空間識』


 空間における物体の位置・動向・大きさ・形状・の把握を容易にする。



 スキルを習得した途端、世界が変わったかのような錯覚を覚える。今握る刀の在り方が変わったような気がするし、今横に立っている彼女の位置が克明に理解できる。これが、効率化と言うことか。


 目の前から聞こえるのは、モンスターどもが歩く地鳴り。整列し俺のいる元まで突き進んでくるやつらは、明らかに軍隊として統率されていた。


 横陣を広げる彼ら。右方には石の巨人を備えた堅牢な守りに、左翼には攻撃力の高そうな妖異を集めている。最も陣容が分厚い中央には、雑魚ではあるがゴブリンやオークといった魔物が所狭しと並んでいた。


 加えて、航空戦力であろう。極彩色の怪鳥が空を支配している。本陣にいる妖異は明らかに様相が違うように見えるし、ボス部屋へ行く階段を守っているやつらは別格なんだろう。


 丘の上。奴らの姿を見て突破口を探る。目を細め考え込んでいたその時。


 左翼からケンタウロスの軍隊が速度を上げ突撃を開始した。全く。俺と里葉を相手に、軍と軍の戦い方を始めようとしてやがる。


「里葉。敵の本陣のような場所。あそこに、次の階層が続く階段があるんだな」


「……間違いなくそうです。あれが、彼らにとっての最終防衛線。あの群れ……いや、軍を抜いて行くのは相当厳しいですよ。ここは余りにも広すぎるし、目立った地形もない。ここまでで少々消耗しすぎました。透明化を試そうにも、おそらく途中で切れます」


 ……俺の戦才は、この規模の戦いにも通ずるのか?


 否。通してみせる。いやしかし……里葉という、戦略を戦術で破壊できてしまう最強の存在がいる時点で作戦もクソもないか。


「里葉。話がある」







 丘の上。白の世界の中。裾からポロポロと落とした金の正八面体の盾が、合わさって方舟となる。その上に二人で乗り、空を飛んだ。


「……途中まではできますが、本当に行けるんですか? これ」

「大丈夫だ。俺たちの目的は、次の階層へ行くこと。あの軍勢を全て相手にする必要はない」

「ヒロなら、真正面から突撃すると思いました」

「君を連れてそんなことはしないさ」

「……それ、私がいなかったら行くってことですよね。流石に死にますよ。ヒロには、やっぱり私が必要です」

「……」


 敵の軍勢の真上。バサバサと翼を叩き、滞空する怪鳥。奴らに向け、展開されていた彼女の槍が照準を合わせる。


「じゃあ、始めます」


 彼女が透明化を解き、怪鳥に向け金色の槍を放った。


 瞬間。俺は彼女を抱きかかえ、剣を掴み黒漆の魔力を動かす。


 様々な能力を持ち、名刀、妖刀とされる魔剣。しかしそれらには、一つの共通する能力がある。


 それは、魔力を通した斬撃の実体化。剣の属性に依存するそれは暴風を巻き起こし、雷電を操り、吹雪を訪れさせるなど。通常その魔力だけでは得られなかった力を引き出すことができる。


 そしてこの『竜喰』の能力は単純な力技だったらしい。ただ、シンプルに喰らっていくだけ。分かりやすくて俺好みだ。


 敵本陣の真上。空から降りていく俺と里葉。ありったけの魔力を竜喰にぶち込む。


 好きなだけ、喰らえ。


 剣の鋒から現れ出た濃青の魔力は形を変え、金砕棒のように太い筒となる。揺らめく濃青の質感が、何かの体毛のようだった。


「やっぱり……これは……」


 呟く里葉を無視して、空より突きを放つ。実体化された濃青は勢いよく着地して、


 あの魔力に触れたもの全てが、喰われてしまっている。灰塵も消え真っ平らな白の中。階段を発見した。


「ヒロ……えげつないですねー……」


 この距離まで敵に気づかれることなく接近できる能力を有している里葉の方がえげつないと思う。


 彼女の盾を使い空で減速する。急襲を受けたことに気づいた妖異の軍勢を置き去りにして、階段に着地した。目指すは次の階層。このダンジョンを、俺たちは攻略する。



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