幕間 誇りの在り処
古き霊地。静寂のみが支配する場の中、ししおどしの音色が響く。
そこは、山奥に隠された古い瓦屋根の屋敷だった。その一室。畳の上で胡座をかいて座った男たちは、物々しい雰囲気で集っている。円を作る彼らは和装に身を包み、その中でも特に老いた男が拳で床を強く叩いた。
「……あの成り上がり者が作り上げたあの忌々しき
鋭い剣幕。主導し宣言した老人に続き、周りの妖異殺しが強く同意する。魔力に感情が乗って、熱気が部屋を包んでいた。
「然り! 然り! 千年の時を越え積み上げられてきた我らが誇り。我らが使命。それを何故漏らすか!」
「誇りなき成り上がり者。逆徒の
応える大音声。老若男女関係なしに、老人の宣言に賛同する彼ら。烈々と応える彼らに感涙した老人が、両手を鷹揚に広げ、天を仰ぎ再び宣言する。
「同志諸君よ。これは妖異殺しの誇りをかけた正義の戦である。あの絡繰によって不相応な実力を得た誇りなき不届きもの。その上位十五名を討ち取るのだ! さすれば、空閑も理解せん!」
応える鬨の声。その宣言に合わせて、彼らの同志である妖異殺したちが日本各地で行動を開始する。
高層ビルが空を遮る。横断歩道を一斉に渡り、忙しなく道を行く人々。
通りを逸れ路地裏へ足を運んだその女性は、キャップの鍔を握り深く被り直した後、スマホの画面をタップした。
人目を掻い潜り、彼女は突如として消失した。女性が路地裏へ向かうのをじっと見つめ、群衆に扮装していた男たちが一斉に女性が消えた場所へ向かう。
ダンジョンシーカーズの人口が最も多い東京。プレイヤー同士のリソースの奪い合い。熾烈な競争が毎夜行われるこの町では、プレイヤーのレベル差が余りにも酷い。それを、平均レベルが低いと蔑むべきか。
否。清流に大魚は生まれず。いつの時代だって、荒れ狂った濁流から強者というのは生まれるのだ。
彼女が突入している渦の前。目立たぬよう注意しながらも、人混みを抜け路地裏で立ち並んだ五名の妖異殺しが囁き合う。襲撃を行うにあたって、彼らは最後の話し合いをしていた。
「『新宿の
そう言ったリーダー格の男が懐より一枚の紙を取り出す。そこに書かれていた情報は━━
プレイヤー:
Lv82
☆特異術式『
「無論。れべるが82に、不届きなことに特異術式を持っておる。その面妖な名のみしか明らかになっておらぬがな」
舌打ちをした男が、無意識のうちに足を小刻みに揺らす。
その過程を無視しただ無機質に能力を与える
「仕方あるまい。余りにも防備が固く、これ以上の情報が抜けなかった」
「皆の衆。行くぞ」
それぞれ武器を手にした男たちが彼女の後を追うように、渦へ突入した。
C級ダンジョン。
魚のイラストが描かれた白のレディースキャップ。キャップの後ろから飛び出る長い黒髪は腰元にまで伸びていて、Tシャツに派手なアウターを着ていた。履いているジーンズも含めて、ダンジョン攻略には少々動きづらそうにも見える。
鳴り響く鉄の音。それを聞いて、彼女は姿を現した彼らの方を向く。
肩を出すように浅く着たアウターのポケットへ、彼女は両手を突っ込んでいた。彼女は武器を持っていない。
凛々しい顔つきをした彼女は、取り囲んでくる五人の妖異殺しと相対した。
「貴方達……ハイエナプレイヤー? 私が誰か分かっていないようだけど……好きにしなさい。残った安物のアイテムなんて、私には要らないわ」
「……『新宿の楠』だな。その首、妖異殺しが為に頂戴する」
「うん?」
薙刀を握る男。刀を引き抜いた者。それぞれが、武器を構え魔力を迸らせる。通常のプレイヤーであれば、間違いなくその行動に驚き動揺しただろう。ダンジョンシーカーズは、ゲームであってゲームではない。無論トラブルはあるが、プレイヤーの間で公序良俗の概念はある。
しかし彼女はトップランカー。彼女が驚いたのは、彼らが彼女に剣を向けたからではない。彼女はプロスペクト。常に運営は彼女の動向を監視しているし、敵対行動を取るプレイヤーが近くにいれば今まで通り早期の対応があるはず。
武器を手に取り明らかな攻撃行動を取っているのにもかかわらず、なんの動きもなかった。それに彼女は驚いたのである。
「……貴方達、プレイヤーじゃないの」
「プレイヤーだと……? あのような絡繰、使うはずもないッ! 我らは誇り高き妖異殺し!」
顎に手を当てた楠。今相対している男達が『妖異殺し』というものを名乗ったことの意味について、彼女は思索を始めていた。
「…………へえ。まあ、そういう人たちがいるんだろうなとは思っていたけど」
知性溢れる佇まいをしていた彼女が表情を一変させる。
「向けた鋒の覚悟、出来てるんでしょうね」
キャップの鍔を掴んで、後ろ被りにした姿は意識を切り替えるように。
瞬間。大海原のように満たされる魔力を、妖異殺しの男達は幻視した。レベル82というのは、妖異殺しを以ってしてもなかなか辿り着ける領域ではない。
ポケットから乱暴に右手を出した彼女から、荒波の如き魔力が波立つ。それを見て斬りかかった男の薙刀を、
妖異殺しの男が瞠目する。その刃は抜群の切れ味を持っていたし、加えて必殺の魔力が込められている。しかしそれが、難なくと片手で受け止められてしまった。
刃を戻そうにも、魔力によって強化された楠の怪力に囚われ、薙刀を引き戻すことができない。
彼女が刀身に向け、侵略するように魔力を込めた時。
それが、真っ白に染まった。
「━━!?」
薙刀を伝って進む白い線が、鍛錬の果てについた傷だらけの手へ伝う。その危険性に一目見て気づいた男は、薙刀を手放した。その隙を逃さんと言わんばかりに、楠が追撃の一手を放とうとする。
カバーに入る老人が、その横に割って入るようにして楠を斬り殺さんと鋭く刀を振るった。彼女は追撃を諦め、一歩下がり姿勢を低くして回避する。
舞う土煙。このやり取りで、彼女たちは互いの実力を理解した。
「へえ。やるじゃない」
「皆の衆。警戒せよ。この女、なかなかやりおる」
五対一。妖異殺しとDSプレイヤー。
揺らめくように空間を染め上げていく魔力。それが勢いを増して、戦いの火蓋が切られた。
荒い女性の息が聞こえるボス部屋の中。爆発や斬撃の痕が床や壁のあちこちに残っていて、その戦いの激しさを物語っている。部屋の中央にいる彼女たちを取り囲むように、積もった灰の山がそこには四つあった。
右手で掴まれた首。持ち上げられた体。両手はだらんとしていて、涎を垂らす老人の体がだんだんと白に染まっていく。体の感覚が失われていく恐怖に彼の目は血走っていた。
「ぐか、がは、があごぽ」
言葉にもならぬ呻き声を残し、全身が真っ白になった男が灰燼となって爆発する。その場に倒れこむように尻餅をついた彼女はこめかみから血を流し、体のあちこちに深い傷がついていた。
「ハァハァ……普通に強いし、何なのよこいつら。チッ……とんだマイナスだわ」
太ももに巻いた、透明のカバーがついたホルダーケースを彼女が弄って、スマホからアイテムを顕現させる。それは、赤色の液体が入ったアンプル瓶のような小瓶。
その先を親指でへし折り、中に入っていた液体を飲む。すると体のあちこちについていた傷が、塞がるように消えていっていた。
「運営のクソが……説明、あるんでしょうね」
よろよろと立ち上がり、血が流れる二の腕を掴んで脚を引きずりながら、報酬部屋へ向かった彼女がダンジョンを後にした。
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