第三十八話 蜘蛛の巣

 



 並木道を抜け、彼女の先導の元向かった先。『ダンジョンシーカーズ』を使う俺には分からないが、妖異殺しはカメラを使わずに渦を見つけ出す方法を知っているようだった。彼女に連れられて、横断歩道のど真ん中にあったC級ダンジョンへ突入する。


 二人でダンジョンに潜り続けたこの二週間。俺と里葉は正式リリース前までにB級を二人で攻略しようという目標を立てた。心の中でA級を攻略したいと思ったが、あの里葉が最初から選択肢に入れていないような素振りを見せていたので、それは口にしていない。


 とにかく、目標に近づくために彼女は俺の地力を高めることに注力した。前に彼女が言っていたことを思い出して、里葉と俺の連携を深めた方が良いのではないかと思ったのだが━━


「大丈夫です。必要となれば、私が徹底的に貴方に合わせる。それに、ヒロと私はきっと相性が良い。お互いやりたいことがわかるから」


 そう、今までの俺の戦い方を見た里葉が真顔で断言した。

 字面だけみたら結構なことを言っているので随分と信頼されたものだと思うが、少し照れる。


 そういう経緯から、俺がダンジョンに潜る際。里葉は『透明化』を使い、観戦に徹している。魔力レベルを上げるのにゲームっぽい経験値の概念があるみたいで、複数人で戦うとその分吸収できる経験値が散らばるらしい。それも考えれば、この方法は効率的だった。


 突入したダンジョン。鳥の羽根のような見た目をした草が、辺り一面に生えている平原。なんか草一本一本に柄が付いていて、ゾワっとして鳥肌が立った。木のような形をした石が何本も立ち並び、その先に森を形成していて、やはり不思議な光景が広がっている。


 構えた竜喰で、羽音をたて飛来してきたカナブンのような見た目をしたモンスターを斬り裂いた。『魔剣術』と『魔戦術』を最適化して生まれた『魔剣流』というスキルを手に入れてから、この剣を中心にした戦いに慣れてきている。知識を魂に植え付けるため四段階まで強化したが、それ以上は自分の形に昇華できるからしなくて良いと里葉に言われた。


 突き進む羽根の草原。石の森の中。巨大樹と形容するにふさわしい、高層ビルくらいあるんじゃないかという石の木を前にする。その根元で、地下に続く洞穴を発見した。その中で石の大木を削り取るようにして、歪な形をした白い球体が埋め込まれている。


 おそらく、ここが敵の本丸。ダンジョンだろう。

 白の球体の出入り口に足を踏み入れ、進撃を開始した。





 

 幾何学模様を描く巣の壁を手で撫でる。白の通り道を抜け、粘着質な床から足をうまく離し、一歩一歩進んでいく。


 どうやらここの巣は、蜘蛛のような見た目をしたモンスターの巣窟だったらしい。広々としたその空間の中で、立体的に蜘蛛の糸で巣を展開する奴らの攻撃に苦しめられている。


 あの蟻の巣を攻略した時のように、必死に蜘蛛が俺を迎え撃とうとしていた。



 巣の道にて。壁に床、天井を駆け抜け、全方位から攻撃を仕掛けてくる彼ら。



 凄まじいスピードで駆け抜ける蜘蛛が俺の周囲を回転し、巻きつくような蜘蛛の糸が絡みつく。両腕を縛ったそれを魔力を込め引きちぎって、糸の残滓が飛散した。そのまま糸を掴んで引っ張って、鞭を振るうように蜘蛛を壁に叩きつけ緑色の体液が飛び散る。


 連携をとって、別の蜘蛛が動きを止めたところで飛びかかり、その毒牙を刺すつもりだったのだろう。後方より跳躍してきた蜘蛛に、回し蹴りをお見舞いする。



 ダンジョンの中。心地よい刀の重みが右手の中にあって、まるで森林浴でもしているかのような気分になる。



 あのような話を里葉にしてなお、やはり俺はいくさに魅せられていた。もう知ってしまったからには、きっとこれがなきゃ生きていけない。


 球体に近い形をしているからだろうか。上層に登るにつれてだんだんと狭くなっていく階層。蜘蛛の糸を利用したブービートラップ、障害物を切り抜け、とうとう最奥地へ辿り着く。


 巣の壁を蹴破り突入し、そこに居たボスは。


 このダンジョンに突入してからずっと戦っている蜘蛛と同じように、八本の足を持っている。


 四本の腕が生えている筋骨隆々の体。複眼を持つ昆虫の顔と人の上半身が、蜘蛛の体の上に乗っていた。彫りの深い、彫刻のような体に一種の美しささえ覚える。


「アラクネの……男版ってところか?」


 少し女性の方も見てみたかったかもと思った時、冷たい視線を感じたような気がした。

 ……流石にないって。


 奴の下半身である、蜘蛛のお尻から放たれた糸。それが宙で形を成して、四本の長剣となる。奴の四本の剛腕が、糸の剣を握った。


 竜喰を構え直した俺の姿を見て、アラクネが少し仰け反る。この姿に隙がないから気圧されているのだろう。


 里葉曰く、『ダンジョンシーカーズ』からDLされる『魔剣術』といったスキル……術式というのは、妖異殺しの技術で見ると基礎を重視したものになるらしい。遊びはなく、定石中の定石のようなものが手に入るようだ。


 俺は他のプレイヤーとまた交戦になる可能性も考えてパッシブスキルを取ったが、結局パッシブでも『妖異殺し』からしたら見慣れたものになるっぽく、あまり意味はなかったと思う。


 それでも、里葉曰く俺は積み重ねられた叡智である定石を基礎としつつも、えげつない型破りの動きをしているそうで、大絶賛された。


「想像もつかない一手で、場を支配する。そう。ヒロの戦い方には理論があって……でも派手で、とても美しく人を惹きつけるカッコよさがあるんです」


 集中し、お仕事モードに入った時の里葉は真顔でとんでもないことを言い出すので、結構ドキドキする。


 まあこんなふうに、スキルを『発展』させたのもあるが、知識を得てさらに技を磨くことが出来るようになった。


「よし。鍛錬あるのみ」


 一度竜喰をスマホに収容し、代わりに取り出した『希少級』の長剣を手にする。それを鋭く振り放って、アラクネと確かめるように斬り結んだ。


 時も忘れて剣を振るう。如何せん、竜喰は強すぎる。たまにはこんな風にただ技を競うだけの戦いも、悪くない。







 四本の腕を持ち、八本の脚を上手く使うことによって安定した足場を持つ奴との戦いは心躍るものだった。途中、奴の動きに慣れてだんだんと飽きてきていたが、糸の長剣がほつれ始め戦いが終わったと思った時。その鉄鋼のように固い糸が自由自在に動き回って俺をあちこちから攻撃してきた。そんな第二形態を持っているとは思わなかったので、大満足である。


 しかし、やはり俺は強くなったのだろう。昔であれば多少苦戦し、安全に勝負を決めきるのにきっと『秘剣』を使わねばならなかったかもしれない。


 俺の目の前には今、ぎちぎちと口を動かし疲労困憊した奴がいる。十分に斬り合った。奴の底は知れたし俺の課題も分かった。もう、終わりでいいだろう。


「『竜喰』」


 その名をショートカットとし、俺の手元に顕現された竜喰が右手に収まる。薙ぎ払うように一閃。首を切り落とし、奴の体が爆発四散した。


 消え去る奴に合わせて、真横に里葉が現れる。


「負けなしですね。ヒロは」


「……? 負けたら、死ぬだろ」


「いや、そういうことじゃなくて……はあ。こんなところでどうして、ヒロが平気な顔をしていられるのか分かりません」


「里葉だって平気な顔してるじゃないか」


「いやそれは私の能力が関わっているからでしてね……それでも疲れますよ。ま、今日はまだ時間もありますし、もう一回C級に行きましょうか」


「そうだな。早く強くなって、B級に突入しないと」


「……最終目標ですよ? それ」


「……いいだろ」


「もう……ヒロったら」


 二人で報酬部屋に突入し、明らかに報酬部屋としてはハズレだった平原で収容できるアイテムを物色した後、表世界に戻った。


 



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