第三十六話 彼の根源(1)

 


 快晴。旅立ちの日を迎える学生たちを祝福するような、晴れ渡った空。


 暖かな日差しが春の片鱗を見せる。


 今日は放課後来ていた時とは違い、昼前から行動することになったのでたっぷり時間があった。


 仙台駅。ステンドグラス前。平日の昼前だからだろうか。人も少ない待ち合わせ場所のそこで、彼女の姿を発見する。


 日光を受けて輝くステンドグラスの前で、手に結構大きめなエコバッグをぶら下げている里葉と会った。今日は彼女と、彼女が見つけ出したというC級ダンジョンの攻略へ向かう予定だ。


「おはよう里葉。この時間に会うのは、なんか変な感じがするな」


「ふふっ、そうですね。いつもはもっと後ですから。それじゃあ、行きましょうか」


 背を向け、出入り口の方へ向かう彼女を追いかける。


「午前からダンジョンに向かえるなんて、贅沢な気分だな」


「……だめ。先にゆっくりしてからですよ? 場所知ってるのは私ですからね!」


 手に腰を当ててなぜか胸を張った彼女。ダンジョンの場所を俺は知らないし、他に何か予め決めた、行きたい場所があるわけでもない。今日は、彼女が主導権を握る一日になりそうだった。






 彼女と駅周辺を歩いていく。休日ならばもっと賑やかだが今日は平日なので、騒がしいという感じはしない。地図も見ず、迷いなき足取りで進む彼女についていって、市役所に近い、ケヤキの並木道を通って歩いていった。


 歴史ある、静謐な雰囲気を感じる大通りで、彼女が空を見上げている。


 季節が違えば青々とした葉がついているけれど、今それはない。寂れたような、まるで骸骨のようにすら見える木々。



 一人佇む中央。

 微風が彼女の髪の毛を小さく揺らす。



 金青の後ろ髪が、枝垂しだれれ柳のようだった。



「ここ、十二月だったらイルミネーションで綺麗なんだけどな」


「いるみねーしょんとは、なんですか?」


 首を傾げた里葉が俺の方を見る。純粋な疑問から放たれた声に、返答を返す。


「……あー、小さな電球がたくさんついてて、キラキラと光っている綺麗なやつだ」


 彼女の想像の埒外にあるのだろう。いるみねーしょんが何なのか、少しだけでも思い浮べようとした彼女が残念そうな顔をした。それも、かなり。


「へえ……残念です。一度でも、見てみたかったな……」


「今年の十二月に、また来ればいい。そうすれば見れるさ」


「………そうで、すね」


 ふらりふらりと歩く彼女が、通りにベンチがあることに気づく。先程まで纏っていた陰鬱な雰囲気を吹き飛ばして、彼女がふっふっふと笑った。


「ヒロ。じゃあ先に腹ごしらえをしてしまいましょう。こちら。じゃーん」


 彼女が手に持っていた袋を掲げてみせて、中身を取り出す。ベンチに座った彼女が右手でたんたんと横を叩いて、座るよう伝えてきた。


 彼女の隣に腰掛けて、渡されたそれを手に取る。ベンチが結構小さくて、ぎゅうぎゅうだ。


「サクッと今朝、さんどうぃっちを作ってきました。こういうのは初めて作るんですけど」


「あ、ありがとう里葉。だけど、ホテル住まいなんじゃなかったっけか?」


「あ、長期任務になってから住まいを変えてます。今のところには、台所ありますよ」


 手間をかけさせて申し訳ないなあという気持ちを抱きながらも、彼女が作ってきたというサンドウィッチを有り難くいただくことにする。迷うことなくまず一口。


 ソースが多めに入れられたハムサンド。それを中和するトマトとレタス。シャキシャキしてるそれはなんか、お店で買うものぐらい美味しい。あっという間に食べ終えて、今度は彼女からたまごサンドを貰う。塩胡椒がよく効いてて、濃い目の味付けだけどすごく美味しかった。


「ヒロは、言っても高校生ですからね。こういう味付けの方が好みでしょう。あ、もう高校生じゃなくなるんでしたね」


 一心不乱に食べる俺の顔を覗き込むように、顎に両手をつけた彼女がふふっと笑う。その後、彼女がエコバッグの中から水筒を渡してきた。


「はい。飲み物です。ヒロの好きなコーヒーですよ」


「ああ。ありがとう里葉。なんでバッグ持ってるんだろうとは思ったけど、まさか昼ごはんを持ってきてくれてたなんてな」


「いいんです。喜んでくれたなら」


 同じくサンドウィッチを取り出した里葉がもぐもぐと食べる。


 寂れた並木道に二人。

 車通りもあるし、ピクニックというにはちょっと違うような気がするが、心休まる時間だった。






 食後。二人でコーヒーを飲みながら、ゆったりする。つい二週間前までだったら、こんな時間一刻も惜しいとダンジョンに向かっていたような気がするが、今はこの時間がどうにも大切なものであるように思えてならなかった。


 蓋がコップになる水筒でコーヒーを注ぎ、熱々のそれをふーふーと冷ましている里葉。彼女はどうやら、猫舌っぽい。二週間前だったら考えられない、と先ほど思っていたが、それは彼女も同じだろう。


「ん? そんなにじっと見つめてどうしたんですか? ヒロ?」


「いや……里葉との付き合いも、そこそこ長くなったなって。いや、期間でいったらそうでもないんだろうけど、ほぼ毎日会ってるしな」


「そうですねー……最初に斬り合った身としては、今の状況が信じられません」


「ははは、そうだな」


 手に持っていた水筒の蓋を閉じて、背もたれに寄りかかっていた体を一度起こす。二週間前。彼女を傷つけてしまったあの時から、色々考えた。そして今俺と時間を過ごしてくれている彼女には、話さなければならないと思う。


「なあ。里葉。あの、俺が勝手に君を置いて、一人でC級ダンジョンに潜った時のこと。覚えているか?」


「……! ええ」


「あの時さ。里葉はなんで俺が戦い続けるのか、聞いてくれたろ?」


 彼女が息を呑む。真剣そうな顔つきをした彼女は、あの日と同じ凜とした姿で。


「おれは、さ。まだ自分でも整理して、これが俺が潜る理由だッ! って、断言できるようなものがないんだ。だけど、自分なりにこれが関係しているんじゃないか、と思うことを君に話したい」


 ものすごく、緊張する。今まで寄り添ってくれる人はいなかった。ここまでの自分に触れてくれる人もいなかった。


 ただ彼女には、触れてほしい。知ってほしい。そんな願いがなぜか、抑えきれないくらいに湧き出てきてしまったんだって。


 彼女は、聞いてくれるだろうか。

 俯きながら見上げた先。


 どこまでも美しい彼女は、こちらを慮り見ている。


「ヒロ。もちろんです。ゆっくりでいいですし、もし途中で嫌になってしまったらやめてしまっても構わない。私でよければ、聞かせてください」


 生唾を飲み込む。嬉しいという感情より先にどのような反応が来るのか、それだけが怖かった。






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