第三十五話 萌芽

 


 仙台市。遊びに出かける場所なんてない郊外を、里葉と二人で歩いていた。地元の人間以外で訪れる人なんてほとんどおらず、珍しいんだろう。奇異な視線を近隣住民から浴びながら、二人帰る準備をする。


 初めてC級ダンジョンに潜った日から、早二週間。

 毎日、等級にかかわらずダンジョン攻略を続けた。


 こうして数をこなしてみてわかったが、やっぱりレアアイテムはなかなか出ない。里葉とダンジョンに潜ったり一人でD級ダンジョンに潜ったりで、報酬部屋に何度も突入したけど、マジで出ねえ。



 いや、一つは出たんだけど……俺が使うようなものじゃないというか、なんというか。スマホの中にこっそり収容しっぱなしのそれを思って、一人考える。


 バレないように、彼女の横顔を盗み見た。いつ、渡せばいいのか。



 それと、ゴミの山だらけの報酬部屋の中で、一度ラッキーなことに、武器庫のようなところを引いた時があった。そこで片っ端から収容し大量に武器を蓄えることができたけど、里葉曰くそれは『希少級』と呼ばれる等級の武器なようで、俺の持つ竜喰には大きく劣るし、彼女の持つ武器よりも弱いらしい。


 防具があったらよかったんだが、武器オンリーだった。この武器たち、需要は間違いなくあるんだろうけど今の俺が必要としているものじゃない。



 二人で歩く住宅街の道。まだまだ残る冬の冷気に、体がぶるっと震える。 


「特に冷え込むな……今日は」


 ペットボトルのお茶を飲んでいる里葉が、こちらをちらりと見た。


「ヒロ。さっき自販機で、あたたかいお茶を買ったんですよ。飲みます?」

「ああ。ありがとう里葉。貰う……」


 蓋を手にしたまま、彼女が俺にお茶を手渡す。


 握っただけで暖かいとわかる280mlのお茶を、ゆっくりと飲んだ。あったけぇ。里葉にペットボトルを返して、また礼を述べる。


「……いいんです。大丈夫ですよ」


 彼女と二人。立ち並んで歩くことしばらく。駅前へ向かうためのバス停にたどり着いた。


 次のバスが来るまで結構な時間がある。小さな待合所の中で、二人並んでベンチに腰掛けた。冬風を遮ってくれるだけでも、すごくありがたい。


「ヒロも、本当に強くなりましたよねー……」


 しみじみと、この二週間のことを振り返った里葉が口にする。彼女の言葉を聞きながら『ダンジョンシーカーズ』を開いた俺は、改めてステータス画面に目を通した。




 プレイヤー:倉瀬広龍


 Lv.71


 ☆ユニークスキル

『不撓不屈の勇姿』


 習得パッシブスキル

『武士の本懐』『直感』『被覆障壁』『翻る叛旗』『一騎駆』『華麗なる独壇場』『落城の計』『魔剣流:肆』


 習得アクティブスキル 

『秘剣 竜喰』


 称号

『天賦の戦才』『秘剣使い』『魔剣使い』『城攻め巧者』『DS:ランカー』


 SP 100pt




 C級ダンジョンをいくつも攻略したおかげで、かなりレベルが上昇している。主にポイントは、『魔剣術』と『魔戦術』を統合して出来上がった『魔剣流』というスキルの発展に費やした。後はまた進化スキルが出てきた時のことを考えて、温存している。


 スキルもレベルもなかなか増えなくなってきた。しかしその分、着実に実力をつけることができていると思う。唯一新たに習得したパッシブスキル『華麗なる独壇場』というのは、いくつか習得した称号を統合したら出来上がったスキルだ。



 パッシブスキル 

『華麗なる独壇場』


 敵の注目を一身に集めた時、戦場にて魔力で構成された領域を展開する。その中での移動速度を上昇。



 床に着けた足から魔力を展開し、地面を黒色に染め上げて発動するパッシブスキルである『華麗なる独壇場』。注目も何も、基本里葉は一人消えていて俺が戦うことになるので、自然とそれは集まる。ただの常時強化スキルと化していて、非常に便利だ。


 黒く染まった地を蹴り上げれば、速く、勢いよく動くことができる。『華麗なる独壇場』の上ならば、C級のモンスターを相手に常に先手を取れていた。


「なあ……里葉。そろそろ、B級に挑めそうか?」


「まだです。ヒロ。入念な準備を重ねたい」


 アウターのポケットに手を突っ込んで、ベンチに座る彼女が語る。B級ダンジョン。あの里葉でも、一人では潜りたくないと言うような場所。


 俺たちは正式リリース前までの目標として、B級ダンジョンの攻略を挙げた。


 彼女とのルールを守りながら━━1回だけD級ダンジョンに潜った回数をオーバーして、冷たい目で見られスイーツを奢る羽目になったけど━━ずっとこの二週間。実力をつけてきた。やはり何か不慮の事態があったとしても、雨宮里葉という強者のバックアップがあるのが大きい。ゲームでいう、パワーレベリングのような状態までは行っていないけれど、近いものだとは思う。ここまで効率良く、指導されながらダンジョンシーカーズをプレイできているのは、マジで俺だけだと思う。


 時が経てば経つほど、里葉の戦闘力の高さ、そして頭の良さに驚かされる。俺の戦場での動きを冷静に観察する彼女は、そこで感じたことを丁寧に言語化してコーチングのようなことをしてくれているのだ。戦闘への造詣が余りにも深すぎる。


 ベンチに座ったまま、うんうんと考え込んでいる彼女。傾いてく頭の動きがなんか可愛い。


「準備に関してだが、もう学校に行く必要もなくなるから一気に進むと思う」


「あー。確かヒロの学校は明後日に卒業式があるんでしたっけ。じゃあその日は、オフにしないとですね」


 黒目を上の方に動かして、俺のスケジュールを思い出す彼女。

 首を振って否定する。


「いや、いい。里葉。卒業式の日は、朝からダンジョンへ行こう」


「えっ……? どうしてですか? てっきり、行くものだと思っていたんですけど」


 不思議そうな顔をして彼女が振り向いた。目をぱっちりと大きく開いて、驚いているように見える。どう、理由を説明すればいいのか。どうすれば、彼女に納得してもらえるのだろう。




「卒業式、なんて、行かなくていい」



 周りの生徒の姿を、親の姿を見たくない。


 ……生真面目な里葉は約束事をきちんと守る。待ち合わせをすれば時間通りに必ずやってきて、連絡をすれば数分数秒ですぐに返信を返す。そんな彼女はきっと俺に行けって、諭すだろう。


 本当に、行きたくない。そう考えて、思わず顔を背けた。目を瞑った。


 辛い、冬風の音が辺りを満たす。

 待合所の壁がそれを遮って防いだ。言葉を返さない彼女は俺のことを見つめていて、永遠にも感じられる沈黙が俺と彼女の間にある。


 その時。ポケットからおもむろに手を出した里葉が、俺の右頬を優しく撫でるように触って彼女に向けるようにした。


 驚きからか、その暖かさからかはわからない。


 ただ、歪んでいた顔が弛緩して、無意識のうちに歯を食いしばっていたことに気づいた。


「……ヒロ。随分とひどい顔をしていますね。何か、嫌なことがあったんですか?」


 悪感情なんて彼女に向けてどうする。しかしその言葉は、唾棄するように。


「嫌といえば、嫌だな」


 俺をじっと見つめた彼女は再びポケットに両手を仕舞って、目を瞑り俯いた。


「……そう、なんですね。実は私、一度も学校に行ったことないんです。想像でしか分からないから、てっきり卒業式ってのは感動的なものばかりだと思っていました」


 彼女の言葉を聞いて、息を呑む。

 学校に、行ったことがない? 義務教育を文字通り受けて、いや受けられていないのか……?


「……出席しなくても、後から卒業証書を貰えばいいんだ。あれって。必ずしも出席する必要はない」


 目を開いた里葉は、明るい声を意識したようにして言う。


「そうですか。じゃあ、その日は二人で出かけましょう。ヒロは、何がしたいですか?」


「そう、だな」


 ニコッと笑って俺を優しく見つめる彼女。ここ二週間の間、休憩が必要だという里葉の意思を尊重するため、ダンジョンだけでなく色々な場所に二人で行った。服屋に行ったり、本屋に行ったり、またスイーツを食べてみたり……まるで初めて見るというようなリアクションを毎回取る彼女との日々は、すごく充実していたと思う。


 初めて会った時では考えられないぐらいに、随分と里葉の表情が増えた気がした。


 道理に反している。しかし理由も何も聞かず、ただ俺を赦してくれた彼女に深い感謝の念を抱く。



 どこかに行きたいとか、何かがしたいとか、きっとそんなんじゃない。


「里葉とのいつもどおりが、いいかな」


 言葉を聞き俯いた彼女の表情は、横髪に紛れて見えない。






 

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