幕間 東京冥夜

 

 松明が等間隔に掲げられたトンネルのような場所。

 朧気な光が、石壁をゆらゆらと照らしている。


 真夜中の東京。E級ダンジョンの中で、息を荒らげさせた男は突き進む。


 作業着にヘルメット、そして工事用のハンマーだろうか。赤色の槌を振るい、男はゴブリンを殴殺していく。それは本来両手でやっと振るえるくらいの重さを持つものなのに、彼は片手で軽々と振り回していた。


「社長。全員揃いました」


 一人先行していたのだろうか。社長と呼ばれた男の元へ、男らしい体つきをした若い男数名が、連れ立ってやってきている。それぞれは金属バットやらバールやら、それぞれ長物を持っていて、物々しい雰囲気を感じさせた。


 更に、全員が溶接加工された鉄板を持っていて、それを盾のようにして使っているようだった。


 社長と呼ばれた彼はハンマーを肩に乗せ、返事をする。


「よし。取れるもんは全部ぶんどったな」


「はい。今日はかなり運が良かったんで、相当数見つかりました。これ、2万は固いっすよ。後はボス部屋だけっす」


 どうやら男たちは人手が多いことをうまく活かして、階層の隅から隅までアイテムを探すものたちだったようだ。どんな安物でも収容可能なアイテムを見つければ、拾い集めている。


「よし。じゃあお前ら。行くぞ」


 扉を開けボス部屋へ突入した先。

 そこで彼らを待っていたのは、緑の鱗を持つ醜い巨人。トロルだ。睨みつける鋭い眼光に、若い男が鉄板の盾を強く握った。


 社長の合図でトロルを取り囲むように、彼らが展開していく。


「お前らァ! 気合い入れろ!注意引け!」


 ガンガンガン、と鉄板の盾を鳴らし、挑発し錯乱させる彼ら。トロルが大ぶりに動き出したタイミングで、ハンマーを握った社長は動き出した。


「『ブレイキングインパクト』」


 アクティブスキルの発動とともに、紅い光がハンマーに灯る。流れるような動きで、それを回転させた彼の一閃が、トロルの頭部に直撃した。



 急所を穿ったその一撃は、奴を灰へ変えるのには十分。

 おおおという声が、湧き上がった。


「流石っす! 社長!」


 モンスターを前にした緊張からか、額の汗を右腕で拭った男が言う。


「やっぱり、メンツを交代して三日に一回潜るくらいがちょうどいいすね!」


「おう。こんなもんだ。お前ら! 次の報酬部屋回収して、すぐ引き上げるぞ! この後は稼いだ金で飲み行こうや!」


 アプリ『ダンジョンシーカーズ』。一般プレイヤーはそれぞれ工夫して、攻略に臨んでいる。







 東京。何の変哲もない、寂れた雑居ビル。その中で『ダンジョンシーカーズ』運営は、プレイヤーのデータ回収し、来る正式リリースの日のための準備を続けている。


 各地方の責任者のみが集う会議室の中。プレイヤー全体の傾向に関する報告を終えた後。長机に集まり椅子に座る八人が、会話を始める。


「では国の方は、重世界に対する国防力を備えたという認識でよいのか? 空閑くがさん」


 腕を組んだ白髪の老人が、長机の短辺に当たる場所にいる最高責任者の男━━空閑に確認をする。眼鏡を掛け、薄笑いを浮かべた彼は返答した。


「ええ。こちらの世界であれば銃火器も使えますし、上層部は既に対妖異戦の戦術を練っている……ゆくゆくは、第四部隊の設立と相なるでしょう」


「……今の発言はこの場のみのものとした方が良い。保守派の……いや、殆どの妖異殺しが色めき立つぞ。時期尚早がすぎる」


「そうですね。全く。数百年も前のことを何処まで恐れているのか……故にこの計画DSに、民間を大きく関わらせているというのに」


 ごほん、と一息ついた男が一度眼鏡を掛け直して、全員を見据える。


「春の訪れとともに来る正式リリースの日が、刻一刻と迫ってきています。各地方に限定した、ダンジョンシーカーズのデータをこの場で報告していただきたい」


 彼のその言葉を合図として、各地方の最高責任者が発表の準備を始める。最もプロジェクターに近い位置に座っていた九州地方担当者から話が始まり、会議は進んでいく。皆それぞれプレイヤーの傾向。治安。ランカーの紹介を終え、発表を終えた。


「では、東北地方担当 雨宮」


「はい」


 ガチガチに緊張している、東北地方担当者の雨宮怜がおぼつかない足取りでプロジェクターの方へ向かう。マイクの音量を調節し、準備を整えた彼女が挨拶をした後、説明を始めた。


 プレゼンが進むにつれ、だんだんと緊張が解けていった彼女の語り口は、澱みない。


「リリースからしばらく経ち、東北地方の『ダンジョンシーカーズ』の傾向が分かりました。こちらのグラフをご覧ください。えー、一目見て分かります通り、非常に平均レベルが高いです。しかしながら、突出した高レベルプレイヤーが少なく東京と真逆の結果となりました」


「考えられる要因を挙げますと、東北地方を拠点とするプレイヤーには自然に慣れた……具体例を挙げますと農家の方々であったり、虫一匹を恐れる都会人に比べて、最初の一歩における適応能力が非常に高いです。全国のデータで比較しても、こういった経歴の有無は無視出来ない差を生んでいます」


 怜の説明を聞いて、ふむ、と唸ったビール腹の中年が呟く。


「下位の妖異など、ヒグマや猪に比べれば恐れるものではないな」


「……もしかしたら、そのような理由も考えられるかもしれません」


『ダンジョンシーカーズ』を始めたプレイヤーは、β版に応募した志願者がほとんどである。妖異殺しの技術とIT技術を結集し構築されたシステムによって、応募者の可否判定を行なったそれは非常に効果的だ。


 社会的に影響力が無く、かつ危険でないもの。その選別を瞬時にやってのけるそのシステムによって、ダンジョンシーカーズは回っている。


 β版の途中から参加した数少ない招待プレイヤーも、そのシステムでふるいに掛けられている。もし不適切であれば、招待された人物がそのメールをスパムと認識するよう、書き換えられ処理される。そういう、仕組みだった。


 しかし仙台市を中心に発生したPK事件を受けて従来の招待システムは凍結され、運営の確認調査と個別認識が必要となった。


 加えて、なぜかシステムが機能せず弾かれなかった危険人物や、運営の手によって制圧された暴走した他のプレイヤーについても調査が続けられている。システムのバグから第三者の介入までを想定して、彼らは動いていた。


 彼女のプレゼンが続いていく。多角的な内容を分かりやすくまとめたそれに、空閑がふむ、と唸った。


 そして最後の項目である、トッププロスペクトとなるランカーのスライドへ入る。


「ランカーが少ない東北地方ですが……一人だけ、全国に通用する人材がいます」


 続いて表示されたスライドには、ダンジョンシーカーズトッププロスペクトと目される、倉瀬広龍の顔写真がある。加えて、取得したスキル、戦闘の傾向が記されていた。


 それを見て、中国地方担当のものが口を開く。


「あの暴れ狂ったPKを討ち取った魔剣使いか。随分と若い。それに、この短期間での突入回数が信じられん。常人であれば、間違いなく発狂するぞ」


 渦というのは、裏世界側の拠点である。表世界である地球と似通った環境を引くこともあるが、地球では絶対に見られない不気味な場所へ一人飛ばされることもあり、さらに生理的嫌悪を呼び起こす妖異に取り囲まれるのだ。手練れの妖異殺しであっても渦は非常に緊張する場所で、疲弊する。


 遅れてゲームを始めたのにもかかわらず、信じられないペースで渦に突入し、他のプレイヤーとの差を一気に詰め、追い抜いた彼に、末恐ろしさを男は感じていた。


 を懸念する男を、空閑がなだめる。


「まあまあ。従来のやり方では埋もれていた人材を見つけ出すのも、DSの目的であったではありませんか。プロスペクトの中のプロスペクト。β版DS上位十五名の彼らは、それに応えるプレイヤーたちでしょう」


「むぅ……」


 やり取りを続ける彼らに、怜が一言加える。


「僭越ながらいらぬ心配かと。彼には私の妹である妖異殺し。雨宮里葉が付いており、彼女の管理下で彼は成長していっております」


「ふむ。あの妖異殺しの……最新の業務報告は、どうなっているのかね。見てみたい」


「え、あ、少々お待ちください……」


 PCに手をつけ操作を始めた怜が里葉からの報告書を開こうとする。


 プレゼンの画面から、彼女がデスクトップに戻った時。開いたままだったトーク画面をプロジェクターに誤って映す。そこには、二件のメッセージが表示されていた。


『お姉様。最近いかがお過ごしですか? こっちは最近、私があまり外に出たことがないことにうすうす気づいたヒロがいろんなところへ連れてってくれるんです。優しくないですか? 優しいですよね。私今、すっごく楽しいです』


『今日は回転寿司という不思議なお店に行きました。文字通り、おすしが回転してたんですよ。姉様。流しそうめんのようにおすしだけとって食べるのかと思いましたが、それ見てお茶吹き出したヒロに止められたんです。回転寿司って、お皿ごと取らなきゃいけないみたいです。あと、蛇口があったので手を洗おうと思ったら今度はヒロに物凄い勢いで手を掴まれて、止められました。あれ、お茶用のお湯が出てくるみたいで、あつあつで危ないって。でも、その時の必死なヒロの顔が面白くて、笑っちゃいました。回転寿司の写真いくつか送りますね。あ、二枚目はワサビをつけすぎて顔を真っ赤にするヒロの写真なんですけど━━』


 爆速で閉じられるウィンドウ。流れるようなマウス捌きで、素早く開かれる業務報告。


「失礼いたしました」


「…………管理下とは?」


「管理下です」


 やり取りを聞き、ケラケラと乾いた声で笑った空閑が言う。


「ハハハ。いいじゃないですか。かの姫君には色々と同情すべき点が多い」


 貼りけたような笑いを浮かべる空閑が言い放つ。



「あれの進む道は、余りにも憐れだ。最後の自由だと思えば、許す気にもなれるでしょう」



 彼の一言を聞いた怜が思わずマウスを強く握った。彼女は本来、先頭に立つような人間ではない。それでも、やらなければいけないことがある。


「しかしそれがために、この雨宮家当主代行である雨宮怜は非常に協力的なのですが……どうしたものか」


 何かを検討する素ぶりを見せた空閑に対し、妖異殺し出身である中部地方担当者が断言する。


「娘一人のために遠大なる計画を妨げるわけにはいかん。今白川しらかわを刺激し、相手取る必要なし」


「そうですね。今の状況では貴方たち雨宮を手助けすることはありません。雨宮怜。貴方個人ならば今すぐにでも手厚く迎えますが……」


 沈黙。ポーカーフェイスを貫いた彼女が、深々と礼をする。


「……はい。ありがたい話ですが、ご遠慮させて頂きます」


「そうですか。で、保守派の、それも過激な連中の動きはどうです? かの姫君を北に残したままなのは、襲撃を警戒しているからでしょう?」


 空閑の言葉に対して一切の疑念のない、ただただ当たり前だというような声色で怜が返答する。


「はい。彼女ならば、如何なる敵が来ようと討ち滅ぼせましょう」


「そうですね。無用な心配でした」


 雨宮怜を最後の発表者として、プレゼンを終えた。彼らがプロジェクターの電源を切る。


「では、皆さん。正式リリースが近づくとともに、追い込まれた保守派の悪あがきも警戒されます。各々、気を緩めぬように」


「了解した」


「では、解散とさせて頂きます」


 会議は終了し皆が部屋から去っていく。何か後片付けをするわけでもないのに、椅子に座りこんだ雨宮怜は、沈黙を貫いたまま一人部屋に残り続ける。


 小間使いの部下も去り、暗くなった部屋の中で。


 震える怜は、八つ当たりをするように強く壁を叩いた。






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