第三十四話 妖異殺しと青年(2)

 

 砂の城。砂の壁に砂の天井を行く砂色の魚を斬り殺し、ただただ無心で敵を蹂躙し頂上を目指す。


 もう見慣れてしまった砂の階段を行き、階層ごとに強くなっていく敵を鎧袖一触に叩き潰して、とうとう最上階に辿り着いた。


 階段を上った先。第五階層。ボス部屋。


 長い、砂岩の道の先。


 意匠を施された砂の玉座に座る奴は、この世界の国王と言わんばかりで。


 玉座からゆっくりと立ち上がり、殺気を魔力とともに向ける奴と相対する。


 二足歩行。人型のナマコみてえな見た目したバケモンが、全身を蟹の甲羅で覆っていた。加工されナマコ用の防具になったそれは、かなりの防御力を持っていそうだ。


 兜を被っている顔のあたりがナマコの口になっていて、怖かったりはしないんだけどシンプルにキモい。


 しかし、間違いなく今日戦った『貪り喰らうもの』ぐらいには強いだろう。肌を突き刺す感覚を思い出し比べれば、それがわかる。この恐怖に立ち向かうだけの意志が、俺にはある。


 今は全てを忘れて、また戦いに興じよう。


 刀を構え、立ち向かう直前。




 一閃。突如としてなまこの首が斬り飛ばされた。力を失い、ぐらりと奴が崩れ落ちる。


 は? 俺のナマコボスが……


 灰となり爆発する音に紛れて、コツ、コツ、と砂岩の上を歩く音が聞こえた。




「ふふふふ。ヒロ。愚かですね。実に愚かです。愚かぁああ!!!!」


 透明化を使っていたのであろう彼女が、色を取り戻すように形を見せていく。彼女は西洋の剣を手にしていて、その刀身には奴の残滓である灰が乗せられていた。


「ぼす取られて悔しいですよね! ヒロ! 戦えなくて残念ですね!」


 里葉の顔は怒りで歪んでいて、俺を睨んでいる。


「これも私を置いて勝手にダンジョンへ突入したからです! ひ、ひどいじゃないですか!」


「……里葉!」


 彼女、俺が突入した後間違いなく透明化を使って後をつけていた。今回も、全く気付くことができなかった。


「ぼすと戦えなくて怒ったって、ヒロが悪いんですよ! ええヒロがね!! まさか追いかけるまでもなく、そのまま突入するとは思いませんでした! 突入する姿見て、え゛って顔しましたよ私! わ、私はヒロのことを心配してたんですからね? 普通追いかけるでしょうッ!」


 ぴくぴくと、怒りに震える頬。私怒ってますというのを全力でアピールする動き、表情で、彼女が語る。


 ここまで感情を露わにする彼女を初めて見る。冷静沈着という第一印象からかけ離れた動きを取る姿を見て、その中にある真意が見えた気がした。


「ええヒロ! 何か申し開きはありますか? なんだったらお望み通り戦ってもいいんですよ? 私。今だったら、完膚なきまでに叩きのめしてくれます。本気で」


 手にした杖を回転させ、魔力を迸らせる彼女。

 放たれる闘志は今まで相対した中でも最上級。しかし彼女は、俺の━━


 無理やり戦って忘れようとしていたけれど、敵を失えば。


「……すまん」


「え?」


「……本当に、置いてってごめんな。里葉。傷ついた、だろうし。それと、何かあったら危ないって、心配だからって着いてきてくれたんだろ?」


 思えば、魚どもの背後を突く攻撃が少なかったような気がする。多分、彼女が間引いてくれていたんだろう。


 話し合いをすべきだった。


 今後一緒にやってくわけだし、彼女には彼女なりの理由が間違いなくあって、俺にも俺なりの理由が……願いがあった。


「え……いや……その……」


「……本当に悪かった。里葉。そして、ありがとう。とりあえず、さ。一回外に出よう」


 想定してたのと違う……と呟いた彼女が杖を正八面体に戻し、解せないという表情で裾にそれを仕舞う。


「絶対に前までだったら私の誘いを口実に斬りかかっていたはず……先程までの調子だったら戦えれば良いという感じだったのに何故……本当に戦うことしか考えていないはずなのに……一体何が」


 小さな声でブツブツと言っていたが、よく聞こえない。とにかく彼女に先程の非礼を謝って、なんというか、うまく出来たらいいな。


 落ち込むという感情に、すごく久しぶりに触れた気がした。


 思考を止め、一度深呼吸をした里葉が俺の顔を見据えて言う。


「…………私も、話も聞かずに悪かったです。ヒロ。ごめんなさい」


 ぺこりと頭を下げた彼女が、じっと俺の目を見る。


「じゃあ、二人でルールを作りましょう。そうじゃなきゃ、ヒロは多分死ぬまでダンジョンに潜り続けます」


 彼女が言葉を残した後。さっと目を伏せて、なぜか躊躇いがちに、ゆっくりと言葉を紡ぐように小さな声で言う。


「それと、これは私が命令を受けているからではなくて、本当に貴方が心配だから言っているんです。それに……同じような人間を、見たくない」


 消え入るような声で、最後に言葉を残した。


 ビジネスライクに行くのならば運営が期待する通り、俺をただ強くすればいい。しかしそうはせず、俺とコミュニケーションを取ろうとして、俺を導こうとする彼女に、胸が暖かい気持ちで満たされる。


 雨宮里葉という女性は、情に深い人なんだな。


「里葉。ありがとうな」


 少しだけ、恥ずかしそうにそっぽむいた彼女が、俺を置いて報酬部屋の方へ向かう。それを追いかけて、適当にアイテムを回収した後。二人で夜ご飯を食べにレストランを探した。







 立ち寄った定食屋の中。食事をしながら二人で話し合って、ルールを決める。



 雨宮里葉とのお約束


 ・C級以上のダンジョンに、里葉抜きでもぐらない。回数は応相談。

 ・一人でD級以下に潜る時はどんなにいっても一日五個まで。

 ・一人でダンジョンに突入する時は、必ず里葉に場所と時間を連絡すること



「原則、これで行きます」


 懐から取り出された万年筆。それがくるくると、指の上で踊る。


 硬筆検定一級なんですかっていうくらいの美文字で異常に分かりやすく書かれたメモを、里葉に手渡された。俺の意見も加えながら作ったので、妥協できる内容にはなっている。


 お互い、分からないことは多い。


 きっと妖異殺しとしての彼女は、俺の知らない話をたくさん知っているんだろう。もしかしたら、俺と同じような奴で暴走した奴がいたのかもしれない。


 ……いくら自分で力を振るう状況を選ぼうとは思っていても、結局は主観。限界がある。彼女が見ているかもしれない何かに対し、敬意を払わなければ。



 食事を済ませ、店を出た先。

 陽も落ちた夜。駅前の電光を一身に背負った彼女が、こちらを見る。


「ヒロ? いっぱい戦う分だけ、いっぱいゆっくりしましょう。私も付き合いますから」


「それは……なんでだ?」


 そのまま立ち去りそうになっていた彼女が、俺の元へ。スタスタと歩いてきた彼女は後ろで両手を組んで、前のめりの姿勢で俺を見ている。


「人間の本能を強く刺激する戦いとの均衡を成り立たせるのは、平穏の時のみだからです」


「それと━━━━」


「貴方がなぜそこまでして戦うのか。話したい時でいいので、いつか教えてください。ヒロ」


 彼女の瞳が俺の顔を、俺の本質を見ていた。


 妖異殺し。雨宮里葉とともに、ダンジョンを攻略する生活が始まる。



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