第三十三話 妖異殺しと青年(1)

 


 夕方。混雑する駅前で、無理やり彼女を引っ張りながらダンジョンへ向かう。まだまだ体の調子は良いし、仙台駅前にもう一つあったC級ダンジョンに突入したい。


「ヒロ。ダメです。C級ダンジョンは一日一個! だめ! だめって言ってるじゃないですか!」


 一日二回も突入するなんて有り得ないと主張する里葉が、俺を止めようとしていた。俺は割と軽い調子で話しているが、それに反して彼女は深刻そうである。


「いいじゃないか里葉。ほらここだよここ。ここ攻略すれば、ちょうどいい時間になる。その後、二人でご飯食べよう」


「いやっ……渦は、そういう時間潰しの為に突入する場所じゃないですから!」


 人気の少ないビルの狭間。俺が発見したC級ダンジョンの目の前。共にダンジョンへ潜ろうと里葉を必死に説得した。しかしそんな俺を、彼女が咎めるようにする。


「ダメです。ヒロ。今日はもうおしまいです」


「何故だ里葉。俺はまだまだやれる」


「また今度にしましょう? ヒロ。貴方は今日初めてC級に突入したんです。これ以上の攻略は、私は断固拒否します」


「里葉。もしかして、俺がしくじって死ぬと思っているのか? 俺はこのダンジョンを相手に後れを取るつもりはないし、体も動く。まだ戦えるぞ?」


 口を閉じ黙り込む彼女。ゆっくりと言葉を紡ぐようにして、彼女が説明を始めた。


「ヒロ。確かに今貴方は戦える状態にあるのだと思います。。だから、本当に攻略できてしまうのだと思う」


「なら、いいじゃないか」



 一拍置いた彼女は、凛として。

 駅前の騒音と煩い電光を背負い、清廉なる空間を生み出す。

 彼女は、意志を見せた。



「ヒロ。そこまで戦場に生きてしまえば、貴方は必ず戦いに呑まれます。貴方は……力を持つものの覚悟を問う道徳律を学んだ妖異殺しでもなければ、これほどに戦い続けなければいけない理由があるわけでもない。ヒロ。、貴方の状態は危険です。私は貴方を……斬りたくない」


「里葉。どうして俺を斬るとかそういう話になるんだ」



 手を背中で組み、俯いた彼女が言う。彼女は何かを思い、それを俺に重ね合わせるように。



「何度も渦に潜って偏ってしまえば、きっと貴方が壊れちゃうから」



 わから、ない。

 俺は自らの意志を以て、戦おうとしているのに。


 先程までの軽い、暖かな雰囲気は風と共に去り、重苦しさだけが残る。俺の意志を、願いを、ここで見せなければならない。



「里葉。俺には……この世界しかないんだ。俺はダンジョンに一刻も早く潜りたいし、いつでも潜っていたい」


「……もう、勝手にしてください。別にずっとじゃないんですよ? また明日一緒に潜ることだって出来るし、今すぐである必要は、ないじゃないですか」



 横目に俺を見る彼女が、スタスタと駅前の方へ向かって歩いていく。声をかけても、手を伸ばしても彼女が止まる気配はない。何処かに行ってしまう。


 スマホ。『ダンジョンシーカーズ』のカメラ画面。


 操作をして、ダンジョンに突入することにした。


 戦わなければ、生きている感覚なんてしないんだよ。もう、壊れてるんだろうな。







 白光に包まれ、目を開けた先。

 戦闘装備一式でやってきた場所は、燦々と太陽もどきが輝く浜辺だった。


 あったかいなあとか、綺麗だなぁとか、無理やり呑気に考えていたらものすごい量の足音が聞こえてくる。


 浜辺全てを埋め尽くす勢いで、このダンジョンのモンスターである紫色のカニが迫ってきていた。ネズミぐらいの大きさの奴から、俺と同じくらいのサイズの奴まで。鋏を動かし、威嚇しながら蟹の大軍勢が近づいてくる。蟻の次は蟹か。


 息を吸って、体を魔力で満たす。

 戦うことを考えれば、頭を覆っていたもやは弾けて飛んだ。


 奴らを相手に、竜喰を振るい突撃する。途中『直感』で落とし穴に気づいたり、蟹が隠し持っていた投げナイフとかを回避したりして、一人戦った。



 やっぱり、楽しい。

 知らない場所。知らない敵を相手に、力を振るうこの感覚。初めてダンジョンに入った時と変わらない高揚。この一年間感じられなかった、生きた感情。



 切り飛ばし。蹴飛ばし。踏み潰し。

 バッキバキに蟹を粉砕して、宙を舞う蟹味噌が灰になった。これ、美味かったりするのかな。



 第一階層。浜辺を駆け抜け、蟹を一匹残らず蹂躙し訪れた場所。知らん国の世界遺産ですって言われたら信じそうな、やたら豪華な半球体の砂の城を前にする。


 『落城の計』のおかげで、この防衛施設の仕組みが少し理解できる。早速、効果が感じられて嬉しい。


 階段を登り砂岩の扉を開いて、第二階層の攻略を開始した。






 城の通路の中。砂の彫刻が立ち並ぶ廊下にて。砂の天井から何の前触れもなく降り注いでくるナイフを回避する。さらにナイフと同じように、砂壁から飛び出てきた、トビウオのような見た目をしたモンスターを殺して回った。


 城の形を成すこの砂は寄りかかれるほどに丈夫だけど、魔力を満たした手を突っ込んでみたら、水のように通り抜けることができる。


 モンスターは体に魔力を満たし、この性質を利用して砂の城を泳いでいるんだろう。城を行き来するモンスターが壁から天井から床からと、次々襲いかかってきた。


 今のところ後方からやってくる敵はいないが、常に警戒を忘れてはならない。


 敵を殺し、砂の中から蟻一匹通さんと飛び出てくる罠を乗り越えて、ボス部屋と報酬部屋のある砂の城の頂上を目指して登っていった。



 砂の城を一人行く。

 目の前には、見たこともない文様の意匠を施された美術品がある。これはアイテム扱いになっているみたいで、収容可能みたいだ。



 ……里葉と来れていたら、この不思議な裏世界の建築物や物品を見て、二人で語り合ったりすることもできたのだろうか。


 彼女の言い分も、少しはわかる。けれど俺は、ダンジョンに行くくらいしかやることもないし、やりたいこともない。


 俺は彼女の物語を知らないし、彼女は俺の物語を知らない。彼女の姿が頭に浮かぶ。仏頂面の彼女だが、実は真顔のままで結構感情を表に出していることに気づいていた。さっき、別れた時の彼女が見せていた感情は、今まで一度も見たことのないもの。そう、思わせてはいけなかったもの。


 ……後で、どうやって謝ろうか。クソ。柄じゃねえな。




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