第二十七話 突入:C級ダンジョン

 

 窓際の席。一人佇みながら、冬の陽光に晒される。


 クラスのホームルームの時間。教壇に立つ担任の先生が話をしている。黒板には卒業式まで刻一刻と近づく日付と(金)と書かれた曜日の欄があった。連絡事項を話し終えた先生が、手にしていたノートを置く。


「えー。卒業式も近くなりました。残り僅かな高校生生活を楽しんでほしいな、と先生は思っています。以上です! 礼!」


 放課後の時間を迎えたクラス。クラスメイトたちは学生鞄を手に各々立ち上がって、教室から去っていく。彼らに続いて、俺も帰ろうとしたとき。


「あ、倉瀬くん。ちょっと来てくれる?」


 誰もが去った教室の中。先生に呼び止められ、話をすることになりそうだった。教室の前の方へ、カバンを手にしたまま歩いていく。


「卒業後何をするかは決まったの?」


「はい。予定通り、東京にいる親族を頼って上京しようと思ってます」


「ん、そう……卒業後も、何か悩み事があったら先生に連絡して大丈夫だからね。倉瀬くん」


「はい」


 書類をまとめながら話をする先生。そこそこ長い付き合いになる彼女が、不思議そうな顔をしてこちらを見た。


「倉瀬くん……何か、最近いいことでもあった?」


「それは、どうして?」


「なんだか、顔が明るくなったような気がするの。……入学してきたばかりのころに戻ったみたいな顔をしててね?」


「……確かに、今は楽しいかもしれません。ちょうど今日もこの後、人と会う約束があるんですよ」


「あらそうなの? それじゃあ引き止めたら悪いわね。じゃあ、また来週」


 先生に会釈をし挨拶をした後、教室を出ていった。今日は里葉とC級ダンジョンへと向かう日。すごく楽しみで、年甲斐もなくワクワクしている。


 顔に、出ていたのだろうか。






 学校を出た後、家に帰らずそのまま駅へ向かう。トイレで学生鞄をスマホに収容し、ショートカットを利用して私服に着替えた俺は、彼女と待ち合わせをした駅前へと向かった。


 仙台駅。改札を出た先の、待ち合わせ場所としてはかなりメジャーなステンドグラス前。階段を降りながら、この前と同じ格好している彼女を発見する。他にも待ち合わせをしている人が多いので見つけるのに苦労するかと思ったが、杞憂だった。


 大胆な色合いのステンドグラスを前に、佇んでいる彼女が俺に気づく。顔を向けて翻った横髪。その姿はまるで一枚の絵画のようだった。


「ヒロ。昨日はちゃんと休んだ?」


「……ああ。里葉」


「それじゃあ、行きましょうか」


 彼女がくるりと方向転換して、駅構内から外に出た。彼女と俺は今日━━C級ダンジョンを攻略する。ついこの前知り合ったばかりなのに、時間の短さを感じさせない距離感でいることが出来ていると思う。いや、弱みを握られたというべきなような……


 仙台駅でD級を三つ攻略し、電話でそのことについて説教をされた翌日。また彼女と電話で二時間くらい話をした。


 その通話の中でC級ダンジョンを二つ仙台駅前で発見したという話をしたら、彼女がそこのC級を共に攻略しないかと提案してきたのだ。EとDの差が中々にえげつないので、C級に行っても大丈夫なのか聞いたが━━


「曲がりなりにも私に勝ったヒロなら大丈夫。それに何かあったら、私がやればいい」


 めちゃくちゃかっこいいセリフを言われてしまった。そういうことで、男としては非常に不本意であるが、彼女に守られながらのダンジョン攻略になる可能性が出てきた。情けない。


 俺も強くなったし、装備も整えた。多分大丈夫だとは思うけど……


 スタスタと、迷いなき足取りで進んでいく彼女が急に立ち止まる。


「うおっ……どうした? 里葉」


「ダンジョンの具体的な位置を聞くのを忘れていました。どこです?」


「あーあそこだ。すぐ近く。一つ目は、高架歩道ペデストリアンデッキのど真ん中」


 西口を出てすぐ先。多くの人が歩いているそこで、突如として消える人間がいたら問題だろう。しかしここは駅前だから、人がいない時間があまりない。いつか深夜に訪れようと思っていて、別のC級ダンジョンに今日は行くつもりだった。


「……確かにありますね。じゃあ、行きましょうか」


「いや、流石に人通りが多すぎる。バレたらまずいぞ」


「いえ、大丈夫です」


 彼女がくるりとこちらの方を向いて、右手を差し出す。髪の毛とスカートがふわりと動いた。


「手、繋いでください」

「えっ……なんでだ?」


 差し出された右手を見て、少しだけ体を仰け反らせる。このやり取りを駅前でしている時点で、既に異常に目立っていた。俺はともかく里葉がすごく人目を惹くし。おいそこのババア。微笑ましそうに俺を見るな。


「『透明化』、使うので」

「……なるほど」


 理由を説明され納得する。彼女と接触している人も、気配を消し透明になることができるのか。


 差し出された彼女の右手をゆっくりと掴む。あんなに力強く杖を振るうことができるのに、彼女の手は随分と華奢だった。白雪のようなそれから、視線を外す。


『透明化』するのとダンジョンに突入するのも同じようにクソ目立つことに感じるんだけど、里葉が何の躊躇いもなく道行く人の目の前で『透明化』を使った。その時、先ほどまでこちらをじっと見ていたおばさんが、何事もなかったかのように歩き始める。


 彼女の技にはただ透明になる以上のものというか、周りの人を惑わすような、文字通り魔法のような力を感じた。実際、俺も透明化した彼女の存在に一切気づくことができなかったし。


 この世界から切り離されたように。互いを認識できるのは俺たち二人だけ。


 金青の魔力を少しだけ発露させた彼女が、顔をこちらに向けた。


「じゃあ私が突入するので、ヒロはそのまま手を繋いで待っていてください」

「ああ」


 透明化。人とぶつかってしまわないように回避しながら、二人で渦の場所に立つ。彼女が足元にうっすら魔法陣を展開させて、またいつものように世界が白光に染め上げられた。






 開けた視界の先。この前潜った森林型のダンジョンではこちらの世界と同じような青々とした空が広がっていたのに、今この世界は深紅に染まった空に包まれている。


 ショートカットキーを押して、体が黒色に染め上げられた後、戦闘装備一式に衣服を変更した。続いて、アイテム欄から刀を取り出す。


 右手に握った竜喰の頼もしさは変わらない。


 小さな石の塔が乱立する墓地のような、庭の中心に立つ。


 俺はホルスターからスマホを手にとって、『ダンジョンシーカーズ』を開こうとした。対し里葉は上着の裾から俺と戦った時にも使っていた金色の正八面体を地に落とし、着地したそれが形を変え宙に浮かぶ。


 金色の斧槍。


 刃が六つ付けられた金色の手裏剣。


 西洋の剣。


 巨大な金槌に戟。


 古今東西ありとあらゆる武装に変形したそれが、空に浮かんで周囲を警戒する。あの時使っていたものは全て金の盾だったのに。


 彼女の実力の底が、見えない。


 その一端を垣間見ることができれば良いなと考えながら竜喰を構え、戦う覚悟を決めた。




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