第二十六話 雨宮里葉ちゃんのお怒りお説教タイム
運営の手により、長期間押さえられたホテルの一室。ヒロの家から帰ってきた私は水晶に関する資料をまとめた後、タブレット端末でずっと報告書を書いていた。
業務を終え両腕を伸ばした私は、ポケットからスマホを取り出す。支給されたものであるため、必要最低限のアプリしか入っていない淡白なホーム画面をスワイプして、トークアプリを開いた。
もう夜も深くなり日を跨いだ時間帯。随分と遅い挨拶になってしまうが今日は彼に世話になった。そのお礼と、彼があの後どうしていたか聞いてみよう。
……どうしてこんな遅い時間になったのかを聞かれたら、答えることはできない。目の前にある私のトークアプリの友達一覧には、2人と表示されている。お姉さまと、ヒロしかいない。
……あまり、慣れていないから。
「夜分遅くに申し訳ないです。今日はすごくお世話になりました。ダンジョンを攻略し私と戦った後ですが、しっかり休息は取れましたか? 疲れも残ると思うので、数日後を目処に私と渦に行きましょう!………………そ、送信!」
親指に意思を込めてボタンを押す。
ふうと一息ついて、トークアプリを閉じようとした時。メッセージが送信された瞬間、既読マークがついた。思いの外早い反応に体がビクッと驚く。絶対明日の朝になると思ったのに。
ぷるぷる震えながらスマホの画面を眺めることしばらく。ヒロはまず、結構な長文でこちらに感謝を述べてきた。彼、おかしいところが多いように思えるんだけどこういう几帳面なところもあるんだよね。私はこういう丁寧な人の方が好きかな。
その後砕けた文面になった彼が、つらつらと私が帰った後の出来事について話していく。強力なアイテムを手に入れた、とも言っていて、かなり運がいいなと思った。しかし、途中装備を買いに行った話の辺りから雲行きが怪しくなる。
シュポンシュポンとなる、可愛い通知の音。ちなみに彼のアイコンは、綺麗な夜景の写真だった。
「いや〜聞いてくれよ里葉」
「終電ギリギリを攻めた最後のダンジョン攻略がさ」
「最初からボスとタイマンできるダンジョンですごくたのしかった」
……渦には基本等級にかかわらず、共通する三つの分類があると言われている。一つは、一体一体は弱いけど数で攻めてくるタイプ。二つ目が一体一体の質を確保したけど数が少ない少数精鋭型。
あ、またしゅぽんってなった。
「それで今終電降りて、家帰るとこ」
…………そして忌み嫌われている三つ目が、圧倒的な強さを持つボスとの一騎打ち型。どれも危険なのには間違いないけれど、いきなり来られるからね。あれが一番恐ろしい。
呑気な彼の文面を見て深いため息をついた。今朝は敵数が多く気の抜けない蟻のダンジョンに突入し、続いて私と交戦。そして仮眠を取るなど休憩したわけでもなく色々やった後、D級ダンジョンに三回突入。
これが、
「ヒロ」
「……今電話できますか」
しゅぽん。しゅぽん。
「外だから大丈夫だけど」
「なんだ」
白色のイヤホンをベッドの傍においたバッグから取り出し、スマホに接続する。その後、タタタ、とキーボード音を鳴らした。
「お説教です」
深夜。肌を突き刺すような寒さに、冬の静けさが空を満たす。街灯が照らし月明かりだけが煌々と空に輝く帰り道で、彼女から電話がかかってきた。
「……もしもし。夜分遅くに申し訳ありません」
凛とした彼女の声が、携帯越しに聞こえる。
「お、里葉元気か? さっきぶり」
返答する言葉に合わせて、夜空に白息が漂う。
「……ええ。私は元気ですよ。貴方ほどではないけど」
「おう里葉。今の俺は多分元気オブザイヤー受賞出来るぞ」
電車の中で、彼女と連絡を取り合った。メッセージアプリで誰かと業務連絡以外の話をするのは、かなり久しぶりだった気がする。電話なんて、それこそもっと久しぶりなのでなんか嬉しい。
「いやー里葉。それでさ、最後のダンジョンのボスが……」
「あのですね」
ウキウキで話をしようと思ったのに、ガチトーンの里葉に咎められた。なんだったら今日交戦した時よりも怖い声をしている気がする……
「ヒロ。今日貴方はダンジョンを攻略した後、手を抜いていたとはいえ高位の妖異殺しである私と交戦しました」
「おう」
「貴方は戦闘の興奮で認識していないのだと思いますが、身体に疲れは溜まっています。そんな状態であるにもかかわらず、渦に三度も突入しました。これは問題です」
「ん? そうか? 確かに今日は行くところまで行ったが、割と元気だぞ? ほら今ジャンプジャンプ」
その場でぴょんぴょんと飛んでみる。多分マイク越しに跳んでる音は聞こえると思う。跳べ俺。
「……精神的な疲れも含めます」
「楽しかったから、すごく充実してるかな」
「…………」
携帯の向こう側。沈黙そのものが音となって俺の携帯に伝ってきているような気がした。
「ヒロ? あのね。そんな生活を続けていたら、間違いなく身体が持たないと私は思うの。私は貴方を心配しているんです」
「心配してもらえるのは嬉しいけど、問題ない。明日もまたダンジョンを探し出し、放課後できるだけ突入する」
「…………」
沈黙ののち一転。彼女の声色が高いものになった。
「ヒロ? 明日は学校に行ってそのまま帰った後、絶対にオフにしてください。貴方には休息が必要です」
「……いやだ。拒否する」
「じゃあ、二つの選択肢をあげる。明日そのままダンジョンに行くか、明日休んでから私と明後日C級ダンジョンに行くことにするか。予定を前倒しします。一日我慢した方が、もっと楽しいところに行けますよ?」
「よし。明日ダンジョンへ行き明後日C級に行こう」
「その選択肢はありません」
夜道。携帯から聞こえる、わざとらしい大きな大きなため息の音。
「残念だなぁ。ヒロ。今日私と戦った時、なんか色々言ってましたよね? 君は俺に取って最高のひとだー、とか、太刀筋がいや君が美しい雨宮里葉とか、なんとか」
「……!」
「そんな最高の人である私と一日我慢するだけでダンジョンに行けるのに……嘘だったんですね」
「えっいや……あの……」
「ん? なんですか? 声が小さいですね。さっきまでの元気はどちらに? げんきおぶざいやーなんですよね?」
適当に言ったことを擦られてる。
ガチで変な汗をかく。戦闘中の俺、何言ってんだ……? てかそこまで言ってたっけ……言ってたわ……やばい胸が苦しいそのまま頭を抱えて穴があったら入りたい。
怪我を負わせないという意識がお互いあったものの、戦闘は戦闘である。なんで口説いてんの……?
言葉を失った俺を相手に、彼女がゆっくりと語り始める。抑揚の付け方がめちゃくちゃわざとらしい。
「うーん。もしかしたらもう夜も遅いですし、ヒロはやっぱり疲れが溜まっているのかもしれません。明日は休憩にして明後日私と行くべきだと思います。あ、そういえば他にも━━」
…………追い込まれている。逃げろ。
「ああ。うん。言われてみれば確かに、なんか今めちゃくちゃ疲れてる。俺。うん。明日は学校もあるし、もう今すぐ家に帰って布団に飛び込みたいからそろそろ電話切る。里葉。明後日一緒に行こう」
「あら、そうですか。じゃあ明日はお休みですね。ヒロ。おやすみなさい」
「……おう。里葉も、おやすみ」
通話が終了しトーク画面に戻る。なぜかよく分からない、言語化できない衝動に突き動かされて、家に向かって全力で走った。
ホテルの一室。ベッドの上に寝転がりながら話をしていた私は、おもむろに立ち上がった。
さっきまで元気に喋って抵抗していたのに、この話をした途端静かになった。なんか、初日にして扱い方をわかってきた気がする。
「ふふっ。恥ずかしがるんだ」
イヤホンを耳から外しスマホを閉じて、電気を消す。彼に死なれたら寝覚めが悪いからね。命令だしきちんと頑張らなきゃ。命令だから。
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