第二十話 彼と私
女王部屋。とりあえずダンジョンに居続けるわけにもいかないだろうと、魔法陣の方へ向かう。しかし意識のない彼女を置いていくわけにもいかないので、床で気を失って倒れている彼女の方へ恐る恐る近づいた。
彼女の寝顔を見て、少しドキッとくる。芸能人顔負けってぐらい美人だな……東京の人だからか?
……出来るだけ気にしないようにしよう。
そう考えて、彼女の腰あたりに手を差し込み背負おうとした。肩に頭が乗せられて、濃淡が美しい金青の髪の毛が見える。これ、凄く綺麗に色が入ってるんだよな。どうやったんだろう。
彼女の頭からは、凛とした甘い花の匂いがした。加えて背に男にはないものの感触がする。結構大きい。
…………背負うのは、やめにした方が良さそうだな
ゆっくりと彼女を下ろして試行錯誤する。そうして結局、お姫様抱っこの形に落ち着いた。
魔法陣の上。彼女を抱えたまま、光芒に包まれる。
ゲームをしている時に、報酬部屋という名前の部屋を聞いたらきっとほとんどの人が部屋の中央に宝箱かなんかがあるのを想像すると思う。
しかし俺たちが訪れたこの場所は、どう考えてもそうは見えない。
木造の部屋の中。壁にはお面のようなものが大量にかけられていて、手に取ることができるようになっている。やけに背丈の低い、お会計をするためのカウンターらしきものもあった。
スマホを開き見てみれば、制限時間は五分と表示されている。D級になると、少し長くなるのか。
一気に物色してアイテムを分捕っていきたいところだが、今俺は彼女を抱えている。彼女が起きる気配はない。
……流石に床に置いて、今からアイテム探しをするのは良心が痛む。壁にかけられている、お面だけかっぱらってくか。
彼女を抱えたまま収容ボタンを連打して、お祭り用のお面みたいなものや、西洋の騎士がつけていそうなフェイスマスクなど、様々なものを手に入れた。
手にした金属製の面を撫で、確かめる。しっかりとした材質のそれは、かなりの防御力を持っていそうだ。それに、形状からして人間がつけることを想定されていない気がする。なんかそれこそ、さっき歩いていた蟻のような昆虫がつけられそうだなと思った。
ここもしかしたら、頭部限定の防具屋か何かか……? わけわかんねえ。なんで防具売ってるようなところが、報酬部屋になるんだよ。しかも意味不明なの多いし。
本当はスマホの画面を見ながら価値の低いアイテムを捨て良いアイテムを厳選したいと考えていたが、彼女を抱えたままだと厳しい。
それに、この脱出ボタンを押せば彼女と一緒に帰れるのだろうか?
彼女も『ダンジョンシーカーズ』を持っているのならそれを開けて脱出ボタンを押せばいいけど、如何せんスマホを探すために体を弄るわけにもいかないし、第一パスワードが分からない。
それに彼女、間違いなくプレイヤーではない気がする。何故かって、彼女はあまりにも強すぎるからだ。あれは間違いなく二週間で得られるほどものじゃない。長き研鑽の果て、何度も潜り抜けた死線の果てでこそ得られるものだ。
俺の右腕に寄りかかり、瞳を閉じている彼女。濃い青色を基調としたこの衣服は凛とした彼女にとてもよく似合っている。
……この状況は精神衛生上良くない。それに片っ端から適当に詰めたのでもうスマホの容量が満杯になった。
離さないように彼女を少しだけ抱きしめて、脱出ボタンを押す。
また光に包まれた時。元の世界に二人で戻れるな、と何となく確信した。
家の裏庭。お姫様抱っこをした状態で戻ってきた俺は、彼女を抱えたまま縁側に登り部屋へと向かう。現実世界に戻ってくるのと同時に、またスマホの通知が鳴った。もしかしたら、攻略を成功させると経験値なり称号なりを獲得できるかもしれない。
靴を脱がせて、とりあえず縁側に置いておく。脚すごいすらっとしてるな……いかんいかん。
こんな風に丁重に扱っているが、彼女は俺に襲いかかってきたんだよなぁ。全く敵意を感じなかったし、戦闘は楽しかったし満足できるものだったのでものすごく気が抜けているけど。
目覚めたら、また襲いかかってくるかもしれない。一応、拘束とかしておいた方がいいのかな。いやでも、魔力持ちの彼女を相手にして通常の拘束に意味はあるのか?
まあ、とりあえずやっておこう。
ロープをスマホから取り出して、彼女の手を縛ろうとした。キュッと締めたところで、考える。
ちょっと、痛そうだな。緩めとこ。
彼女を抱えて持ってきて、しばらく使っていなかった来客用の敷布団を引っ張り出し上に寝かせた。
畳の匂いが鼻腔を刺激する。
目覚めた私は何故か、敷布団の上に寝かせられていた。手は縄で縛られ拘束されていたが、随分と簡単に解くことができた。寝っ転がったまま目を動かして辺りを見回す。
畳と襖のある和室の中。むくりと起き上がった私に、椅子に座っていた彼が気づいた。
目を閉じていた彼が、私の方を見る。
「……倉瀬広龍?」
「そうだ。雨宮里葉」
だんだんと、何があったか思い出してきた。体に痛むところはないし、どうやら私の方が怪我なく制圧されてしまったらしい。変なことをされた形跡もない。
彼は魔剣を片手に、こちらを見ている。
私が使っていた対妖異武装である杖と金の盾は回収したようだが、懐にある大量の武装がそのままであることに気づいた。何故、私が気絶しているうちにこれを没収しなかったのだろう。寝起きとはいえ、今だったら彼を殺すこともできてしまうのに。
後頭部をガリガリと掻きむしった彼が、こちらの方を向く。
「俺の魔力で君が気絶した後、ダンジョンから脱出しここに運んだ。命は取らない。怪我はさせないと言ったろ?」
「ええ。確かにそう言っていましたね。まさか本当にそうするとは思いませんでしたが」
敷布団の上。居心地が悪かったので少し足を動かして、姿勢を整える。正座をした私を見て、彼の目が少し大きくなった気がした。
「……あの最後の駆け引き。どうして、私が後ろにいるって気づいたんですか。絶対に気づけなかったはずです」
「ん? ああ。移動中一度直感が働いたのもあるが……後をつけていたのにこの俺が気づけなかったからな。見えなくなったり気配を消したりする技でもあるのかなーって、予測してただけだ」
「……まあ予測していた、というのは分かりましたが、それでも対応はできなかったはずです。出来るはずがない」
あの技は妖異殺しとしての己が至った一つの境地。どんな相手だろうと、自身の正確な位置を把握することは出来ない。精々、なんかいるかもぐらいだ。
「……見えなくなった瞬間。襲いかかるなら背後から来るかな、と思っただけだ。もし側面から行かれたら俺が負けていたと思う。最後の最後で、なんの根拠もない勘に賭けただけだよ」
そんなバカなことがあるなんて、と言葉が出なかった。
あの瞬間。あのタイミングで刀を差し込めたことは奇跡だったのだ。もし私が杖を振り切る前にあの動きをしていれば対応はできただろうし、まさしく賭けに勝った偶然である。
いやそれとも……あの魔剣か?
「不覚でした。私が本気で魔力を纏えば、貴方は触れただけで傷を負うので調整しましたがそれが裏目に出ましたね。貴方の魔力を、もろに食らってしまった」
敗北したのは事実であると言うのに、言い訳がましく口にした。
私が気絶させられた最後の一手。この一手を決められたのは私が魔剣のみを警戒し、使い手である彼の技を警戒しなかったからだ。
……魔剣ぶん投げたのもあるけど。
己の未熟もある。しかし彼は、強い人だ。
先ほどの交戦の敗因を述べる私の言葉を、彼は負け惜しみだと受け取らない。
「ああ……君の強さは分かっている。ありがとう。楽しかった」
「え、ええ……」
しみじみと、かなり満足気な様子で呟く彼。まさか襲いかかって感謝されると思わなかったので、少し困惑する。
この人がなんなのか、私はまだ掴みきれていない。戦闘中、凄いこと口走ってたし。美しいとか何とか。
「それで、俺はやっぱり東京へ行くことはできない。手を引いてくれないか」
私の顔を見据えて、そう述べた彼の瞳は決意に満ちていた。襲いかかってくる私を殺さないで東京に行かないという選択肢を取るには、もう今みたいに私に頼むしかない。
私は……命令とはいえ彼を
どう、すればいいの? 分からない。
彼と私の間に、冬の静けさだけが残る。
それはなんだか不快ではなくて、何故か居心地が良いと思えた。差し込む陽の光は私たちを照らす。彼の在り方は一貫していて、嘘がない。
瞬きをして彼と向き合うだけの世界。
そんな世界へ無配慮に、プルプルと携帯電話の鳴る音がした。
彼に目配せをして、携帯を手に取る。
「はい。こちら雨宮里葉です」
「里葉!? やっと繋がった……今状況はどうなってるの?」
私に電話をかけてきたのは、私の姉。雨宮家当主代行である雨宮怜だ。
「現在、命令にあった通り”魔剣使い”倉瀬広龍の拘束を試みましたが失敗し、彼の家で彼と向き合っています」
「どういう状況よ……ま、いいわ。里葉。あの老人どもの命令は破棄よ。全く。いつもいつも舐めやがって……!」
電話の先。怒りに打ち震える自身の姉の声は、目の前の彼には聞こえていない。ただともかく、彼を東京に連れて行く必要は無くなったんだな、と冷静に思った。
「里葉。私から貴方に新たな指示を下します。貴方はこれより、魔剣持ちのプレイヤーである倉瀬広龍と追加の命令があるまで行動を共にしなさい」
向こう側の彼女がため息をついた後、また口にする。
「……これは運営側からの依頼よ。それを口実にしばらく貴方は雨宮から離れて仙台にいなさい」
「了解しました」
「じゃあ、後処理があるから電話切るね。里葉。定期的に連絡はちょうだい」
最後のやり取りを続けた後、お姉様が電話を切った。それに続いて、命令の詳細を述べた書類が私のデバイスに送信されてくる。
さて、どう説明しようか。
彼にとっては迷惑千万かもしれないが、私は彼という人間に少しだけ興味がある。できることなら承諾してほしいと願いながら、口を開いた。
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