第二十一話 重世界
朝一でダンジョンに潜ったからか今はもう昼過ぎ。空腹感なんて全くなかったのに戦場から離れた途端、お腹が減っていることに気づく。気絶して寝転がっている彼女がいるのに、呑気に料理なんてできないから我慢して待っていたけれど。
「というわけで、貴方と行動を共にすることになりました。これからよろしくお願い致します」
正座をしたままの彼女が礼をする。運営から俺といろという指示を受けたらしい彼女の姿をじっと見続けていると、彼女がうーんと申し訳なさそうな顔をしていた。
……正直に言って、彼女に下された命令の意図がわからない。先ほど事情聴取のために東京に来いと強制連行するところまで行ったのに、今度はそれを放棄して行動を共にしろと? 謎だ。
ヴェノムの話を知っている時点で嘘ではないだろうと考えていたが、一応本当に運営サイドに関わっているか証明してほしいと伝えた。それを聞いて、彼女が端末を使いどこかへ連絡を取る。すると俺の『ダンジョンシーカーズ』のプレゼントボックスに、150円にあたる1ポイントが運営から送付されてきた。
『件名:雨宮里葉の証明』で。納得せざるを得ない。
「許可も出ましたので、『ダンジョンシーカーズ』とはなんなのか、私は一体何者なのか、いろいろお話をさせていただきたく思います」
右手を胸に当て真剣な顔つきをした彼女が言う。彼女の言葉には一切の敵意を感じない。
一度刃を交えたものの、彼女は清廉潔白な人間だと疑うことなくすっと理解した。いや、剣を交えたからこそ分かっているのか。
「行動を共にする、と言っても何をするのかはよく分からないが……」
彼女に背を向け、戸襖を動かす。
「お腹も減っただろうし、とりあえず飯にしよう。苦手なものとかあるか? あ、俺が作るからゆっくりしててくれ」
二人分の飯を作るなんて、初めての経験だなとなんとなく思った。
リビング。椅子にちょこんと座り、居心地が少し悪そうな彼女の前へサクッと作ったソーセージとほうれん草のトマトパスタを差し出す。フォークを渡してコップに麦茶も入れた。簡単なものだけど、まずいということはないだろう。
何かを考え込んでいた彼女が、覚悟を決めたかのように口にする。
「……いただきます」
「おう」
上品な手先で、フォークを使いトマトパスタを口にした彼女がぽつりと漏らす。
「美味しい……」
「口に合ったようで良かった。もっと手の込んだものを作っても良かったが、如何せんお腹が減ったしな」
マナーもクソもない動きで、パスタを貪り食う俺。分量ミスったかも。もっと作れば良かった。
「あの……」
フォークをカタリ、と置いて俺の方をじっと見た彼女が声を発する。
「なんでさっきまで戦ってた私たち……普通に食事を共にしているんですか? いやあの、普通に一回拒否されると思ったんですけど……」
不思議でならない、という顔つきをした彼女が俺の答えを待つ。そんなことか。
「どんな事情があるのかは知らないが、
「え、えぇ……」
もう一口トマトパスタを食べて、お茶を飲む。
「……あの、お名前なんて呼べばいいですか」
「気にしないから、なんでもいいぞ」
顎に手をやり、生真面目に考え始めた彼女が言う。
「じゃあ、ヒロと呼ばせて頂きます」
「……下の名前で呼ぶなとか言ってたが、里葉は俺を下の名前で呼ぶんだな」
「今も貴方は私を下の名前で呼んでいるじゃないですか。ならいいでしょう。ヒロ」
……一本取られたな。戦いがうんぬんとか言っているけど、お互い様な気がする。
黙々と二人で食事をとる。彼女の食べ方は上品なんだけど、どこかがっついてるようにも見えた気がした。空になった皿を水につけてナプキンで口を拭く。食事を終えた俺たちは向かい合い話を始めようとした。
お昼過ぎ。冬の幽かな陽光が差し込んできている。
話を始めるにあたって、常識をまずは捨て去ってほしいと述べた彼女に、常識なんて『ダンジョンシーカーズ』を入れた日から崩れ去っていると冗談ぽく言った。それもそうですねと返した彼女が口を開く。
軽口を叩き合うくらいには、仲は良くなっていた。そもそも、彼女自身に戦う理由はなさそうだったし、襲われた当の本人である俺は”本気の戦い”を楽しめて燃え尽きた感がある。楽しかったし良くね? みたいな。ビババトル。
無論彼女の裏にいる存在もずっと気になっているが……彼女のような実力者を派遣できるような集団に、今の俺に何か出来ることがあるとは思えない。
とにかくまずは情報が要る。戦うことに躊躇いはないが、勝算もない戦を感情任せに行うつもりはない。
……振り回される今の状況は苦しい。やはりダンジョンを制圧して力を手にしなければ。
彼女の凛とした声がリビングに響き渡る。
「全ての話をする前にまず大前提として、貴方はこの世界について知る必要があります」
どう説明するか考え込む彼女の横髪が揺れた。世界、という壮大な言葉においおい一体何が出てくるんだと身構える。
「ヒロ。実は私たちの生きている世界は、三種類あるんです」
予想だにしなかった言葉に、無意識のうちに体を前のめりにさせた。世界が……三種類?
「ヒロは、私たちの生きる場所とは違う世界……異世界の存在を信じますか? それはもしかしたら宇宙の果てにあるものかもしれないですし、神隠しに遭い転移して訪れる場所かもしれません」
「形は違えど、そんな異世界が私たちの生きている場所にある」
「それは最も近くて、最も遠い場所」
「ここに、あるんです。今この場所に。この地球のどこにだって」
「……どういうことだ?」
「概念的なもので申し訳ないですが、私たちが生きている世界と
まだ思考が追いつかない。
「私たちが生きるこの世界を『
彼女はゆっくりと言葉を紡いでいく。少し落ち着いて頭を整理しよう。
「……とりあえず、何か異世界とやらがあるのは分かった。三種類あると言っていたが、後もう一つはなんだ?」
麦茶を手に取りごくごくと飲む。『ダンジョンシーカーズ』がただのゲームな訳がなかったし、複雑な何かがあるんだろうとは思っていたけれど流石に意味がわからん。ぶっ飛びすぎだ。
「表世界と裏世界は完全に重なっている、と言いはしましたが、それは全く同じものがあるという訳ではないんです。裏世界ではもしかしたらここは海かもしれませんし、街かもしれません。そもそも、地球のような星ですらないかもしれない。しかしそんな二つの世界にたった一つだけ、全く同じものが存在しています」
「それは、貴方も扱う魔力のようなエネルギーが流れている『龍脈』と呼ばれるものです。何もかもが違うけど重なり合っている世界で、唯一二つの世界が共有するもの。そしてそれを通称『
このまま一気に説明してしまった方が良いと考えたのだろうか、彼女が続けた。
「ヒロ。ダンジョンに突入するとき、必ず渦がありますよね? それは重世界への道。正確に言うと、重世界にある
「は……? 軍事拠点?」
ふうと一息ついた彼女が、耳に髪の毛をかけた。ごほん、と咳をした彼女がこちらを真っ直ぐに見つめて言う。
「アプリ『ダンジョンシーカーズ』は裏世界の侵攻に対抗し、重世界産のアイテムを収集するために開発された官民連携のアプリです」
顎が、外れるかと思った。
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