第十四話 突入:裏庭ダンジョン

 


 目を開いた先は風吹く草原。


 俺の視界を埋め尽くしたのは一面の薄緑。

 青空。


 視界を遮るような背の高い木はなく、アホみたいに広い。


 まるでサバンナの草原のようだ、と見たこともないくせして、そう思った。


「ダンジョンっつって……平原が出てくるのか」


 誰もいないというのに、独り呟く。俺が初めて入った電柱ダンジョンは、RPGっぽいダンジョンらしいダンジョンになっていたと言えばいいのか、そんな構造になっていた。対しここはただの原っぱである。




 DSを開き、ダンジョンの情報をチェックする。




 宮城県仙台市 第八十二迷宮 


 クラス:D級

 タイプ:草原型

 階層:1/3階層


 権限未所持により非公開



 E級からD級に上がったわけだが、階層の数は変わらないようだ。しかし、その広さが圧倒的なまでに違う気がする。階層、ってことは下っていくはずだけど、降りる階段はどこにあるのやら……見当がつかない。


 顕現させた『竜喰』を右手で握って、辺りを見回した。すると後方。遠くにあるのでその大きさをはっきりと認識したわけではないが、なんだか……馬鹿でかい土の山があるように見える。



「ん……?」



 膝より少し高い程度の草むらの中。ガサガサと、何かがこちらに近づいてくる音がした。


 薄緑の草木をかき分け現れたのは、なかなかにグロテスクな見た目をした茶色い蟻の群れ。

 ダンジョンの中。偽りの太陽光に晒され、光沢のある体から生えているやけに細く見える足が不気味だった。

 

 中型犬くらいの大きさをしたそいつらの数は、三匹。


 ギチギチと鋭い牙を動かす茶色の蟻たちは、触角を動かしながらこちらを眺めている。


 ゴブリンスライムオークオーガと来て、まさか五種類目が蟻とは。しかし、モンスターであることに変わりはない。


 先手必勝。竜喰を振るって一体目の頭を叩き斬る。


「うおっ!」


 その時。お尻を上げた別の二体が、こちらに向かって謎の液体を引っ掛けてきた。これって、蟻酸ぎさんってやつか? 当たっていいことはなさそうだし、避ける。


 手を地につけ右方に前転し、その後跳躍する。


 大部分の回避に成功するも、いくつか水滴が俺の体に飛んでくる。俺の素肌に触れそうになる直前、体を包む濃青がそれを阻んで、蟻酸を弾き蒸発させた。


 これが『被覆障壁』の効果か。防御しきれない攻撃を肩代わりしてくれるし、強力な一撃を貰わなければ破れることがない。


「ハハハハハ!!」


 返す刀で竜喰を振り放ち、残る二体を撃破する。残念なことにレベルアップの通知は来なかったが、こいつには結構な経験値がありそうな気がする。


 再び戦いの舞台に身を置けることに感謝し、強くなれることに歓喜する。あの蟻酸、直撃を貰ってたらヤバかったかも。ウケる。楽しい。


 心地よい打刀の重みに笑みを浮かべ、灰燼となった三体の蟻を見送っていると━━


 先ほどとは比べ物にならない数の群れの、草木をかき分ける音が聞こえてきた。とっさに竜喰を構える。


 地平線を埋め尽くすのではないかというぐらいの、中型犬サイズの蟻の群れ。昔動画サイトで見た、蟻が巨大な昆虫を蹂躙する動画を思い出した。


 先ほど発見したあの馬鹿でかい土の山。そしてこの蟻の軍勢。


「蟻塚か……? あれ」



 竜喰を肩に乗せ、トントンと肩を叩く。俺から蟻塚までの距離は一キロくらいだろうか。蟻塚までの道を埋め尽くす彼奴の軍勢を見て、考える。



 どれくらいの経験値になるのだろうか━━と。



 肩に乗せた竜喰が悦んでいるような、そんな気がした。

 もっともっと多くの敵を喰らいたいこいつに、味のこだわりはないらしい。



 こいつをモンスターに向かって振るうのは初めてだが、竜喰の能力である『機能ファンクション』というものは詳細不明のものが多いし、確認したい。


 それと俺のレベルも26と、初めてダンジョンに突入した頃に比べてだいぶ上がった。今の自分がどれくらいできるのか、試す必要がある。



 戦場の中。打刀を右方に構えて、駆け出した。


 目の前にいる蟻たちが大きく跳躍し、四方八方から飛びかかってくる━━!


 その数八体。D級とE級でここまでの差があるのかと強く驚きつつも、焦りはない。


 左に向かって薙ぎ払うように、奴らを撫で斬りにした。


 さらに足を一歩前に踏み出して、返す刀で竜喰を振るい蟻をさらに三匹切り裂く。


「ハハハハハ! 鎧袖一触じゃないか!」


 右腕の痛みも忘れただただ刀を振るい、蟻塚へ向かって一直線に駆け抜ける。竜喰により切り裂かれた敵は、体の一部を破損した後、灰燼と化し消えていく。



 首を切り落とし吹き飛ばす。


 地に伏した蟻を踏み潰す。


 一刀両断に敵を処す。



 竜喰を振るい蟻を殺せば殺していくほど、右ポケットにしまったスマホが通知で揺れた。


 レベルが上がった時に感じる、血と何かが全身に送り出されていく心臓の脈動に病みつきになる。


「邪魔だァ!」


 ただ飛びかかるだけでは俺を殺すことができないと考えたのか、整列しこちらに尻を向けた蟻の群れが、一斉に蟻酸を放った。


 蟻というのは、昆虫の中でもかなりの知能を持つ生き物だ。動きを止められぬ俺を遠くから殺そうという意図を感じる。


 しかし俺には、こいつがあるんだよな。


 宙を舞う蟻酸を斬り払うように竜喰を振るうと、竜喰が蟻酸を喰らって、全て何処かへ消え去った。


『打刀 竜喰』が持つ三つの『機能』のうちの一つ。『暴食』。昨夜毒ガスを食らった時もそうだったが、こいつは何でもかんでも食ってしまう、悪食らしい。


 気体である毒ガスをも喰らい、蟻を喰らい蟻酸を喰らって、刀身に灯る青き血脈が揺らめくように輝いた。


 蟻塚までかなりの距離に近づいてきている。『直感』から蟻塚の下にさらに強い気配があるような、そんな気がする。


 一体一体を討ち取るのも楽しいが、面倒になってきた。何かまとめて殺す方法はないかと考えて、昨日発動した『秘剣』の軌跡を思い出す。


 まず竜喰は『魔剣』という種に分類されている武器である。そしてこの武器が持つ最大の特徴である『秘剣 竜喰』は、単純に説明すると実体を持つ飛ぶ斬撃を放つものだった。


 竜喰が放った実体ある斬撃と、ダンジョンシーカーズにより強化された自身を結びつけて考える。


 レベルが上がるにつれて俺の身体能力は向上していったが、それは何かムキムキになって筋力が向上したとか、そういう感じではない。



 右足の太腿に、通知の振動が伝う。



 血とともに心臓から送り出される強い何かを、冷静に知覚した。加えて、先ほどからどうしても被弾してしまう些細な攻撃を防ぐ『被覆障壁』のことを考える。


 もしかして、これかな。


 自分の体に満たされた、己の活力の根源となるそのエネルギーを『竜喰』に込めてみた。


 ぼんやりと光っていた青の血脈は眩いほどに輝き始めて━━銀色の刀身に、夜の如き色を残す。


「ハァッ!」


『直感』の赴くままに、エネルギーを込めた竜喰を振るった。すると濃青の剣閃が遠距離攻撃となり竜喰から放たれて、蟻の群れを切り裂き突き進んでいく。


 突きをすれば、ビームみたいな感じになって撃てそうな気もした。『機能』には表記されていない別の能力ということで最初から載せておいてくれよと思いつつも、濃青の剣閃でまとめて蟻を吹き飛ばす。



「フフフフフ、ハハハハハハハ!!!」



 幼稚園児だった頃俺は蟻の巣を踏んで荒らし回ったりするのが好きなガキだったが、大きくなってもそれは変わらないらしい。


 目の前にある蟻塚。一軒家よりも大きい土の山を破壊して、その先に潜り込みたい。



 さらに強いエネルギーを、竜喰に込める。カタカタと震え始め燐光に染め上げられたそれは━━渇望から暴れ狂うように。



 右上から斬り下ろすように放った刀の軌跡は残光となり、土の山である蟻塚を思いっきり吹き飛ばしてそれを喰らってしまう。


 何処でもない別の場所へ、蟻塚は消えてしまった。土の山の上を駆け巡っていた他の蟻も纏めて潰したのか、通知が連続して俺の太ももに振動を伝える。


 ボロボロになり、息絶えた蟻の灰燼だけが降り積もるこの場所で。


 巣穴の形をした第二階層への道が、俺を誘っていた。



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