第1章 杜の都の臥竜

第十三話 また新たなダンジョンへ

 



 退屈な人生など、誰が歩みたい。小さな幸せを抱えたまま死ぬぐらいなら、波瀾万丈に生きてみせて、散る花のように破滅してしまいたいだなんて。


 自室。明かりを付けたまま、泥のように眠った。『秘剣 竜喰』を使った右腕はまだ痛む。強い筋肉痛のような、そんな感覚だった。しかし全く動かせないというわけではないし、大した傷でもないだろう。


 ベッドから起き上がりスマホを手に取る。高校の職員室へ、おもむろに電話をかけた。


「はい。ちょっと怪我をしてしまって……今日は病院に行くので、学校を休みます」


「倉瀬くん大丈夫? ご家族も近くにいないし……」


「いえ、慣れたものです。では」


「え、ええ……倉瀬くん? 貴方、お母さんが……その……お亡くなりになられてから、本当に大丈夫かしら。ちょっと、貴方が変わったような気がして……」


「……では、失礼します」


「え、ええ……」


 ツーツーと、電話の切れる音がする。


 さて、ダンジョン探すか。





 動きやすい服を着て、準備を整えた後。『シーキングカメラ』を起動しダンジョンを探す。しかしこの方法、かなり非効率的だ。何か別の手段でもあればいいんだろうけど。


 近所にダンジョンがないかと、探し出す。しかし、電柱にあったダンジョンは結構レアっぽかったみたいで、なかなか見つからない。


 休憩しようと家に帰ってきた後、なんとなくスマホをかざした庭先。自分の家の裏庭の土に、紫色の渦ができているのが見えた。


「電柱の次は裏庭かよ……」


 突入のボタンを押す前に、インフォメーションのボタンを押して詳細を見る。『D級ダンジョン』か。


 魔剣である竜喰を所持していることを考慮すれば、おそらく通用しそうな気がする。少なくともE級では、たぶんもう相手にならない。というか、レベル上げにならないかもしれない。


 昨夜。彼女を殺害した後のステータスを確認する。




 プレイヤー:倉瀬広龍

 性別:男 年齢:18 身長:174cm 体重:62.3kg


 Lv.26


 習得スキル『白兵戦の心得』『直感』

 称号『命知らず』『下剋上』『天賦の戦才いくさびと』『秘剣使い』

 SP 50pt




「レベルは……5上がったのか。それと……」


 新たに獲得している称号『秘剣使い』をタップする。




 称号『秘剣使い』


 剣の果ての一つに至ったものへ与えられる。武器種:剣に纏わる諸スキル群の習得コストを軽減。




「これは……今までで一番強い称号かもしれない」




 画面上。スキル欄を眺めながら、習得必要SPが軽減されたスキルたちを見る。なんというか、あの時必要に迫られて秘剣スキルを習得したが、しない理由がないレベルのメリットだ。これは。


 もしかしたら、秘剣スキルはそう簡単に手に入るものではないのかもしれない。おそらく、本来は習得にかなりの過程を必要とするスキルなのだろう。


 しかし俺はこの魔剣『打刀 竜喰』を手にしたが故に、それをスキップすることができて、かつ、称号の能力を最大限活かすことができるわけだ。


 ヴェノムが話していた、『素質』について考える。あの日は急に襲われたので考える時間がなかったが、多分俺の素質は、近接戦闘に関わるものだと思う。なおかつ、多分魔法の才能がない。大体高え。一個ぐらいならとっていいかもしれないけど、しばらく放っておいていい気がする。


 このまま剣に纏わるスキルを取ることを考えながら溜まっている50SPを利用して、あるパッシブスキルを習得した。




 パッシブスキル


『被覆障壁』

 必要SP30pt


 全身を覆う障壁を展開する。レベルに応じて耐久力が向上。障壁が破壊された際は、再展開まで三分間のCDクールダウンを必要とする。




 昨夜。俺はヴェノムに向かって、秘剣スキルを使用した。その時聞こえたガラスが割れるような音は、この『被覆障壁』が突破された音だったようだ。


 どうやらこのスキル、必須と言っていいレベルで強力なようだ。具体的に言うと、説明書で唯一取るように明言されていたスキルなのである。


 習得するのと共に、ぼんやりとした濃青の輝きが俺の体を包んだ。受けた攻撃をある程度肩代わりしてくれる防御スキルのようで、心強く思う。


 いかんせん、俺の持っている服に防御性能など期待できない。防具アイテムもあるようだが、入手できるかなんて分からないし、このスキルは取るべきだろう。


 ゲームみたいに、コンティニューできるわけじゃないんだ。


 一度死んだら終わり。


 ビビりすぎるのもダメだが、ビビらなすぎるのも良くない。


 残った20ポイントは貯めることにして、再び、ダンジョンに足を踏み入れようとする。

 画面上。裏庭の土にあるダンジョンの渦。突入ボタンを確かな覚悟と共に押して、また光に包まれた。









 真昼間。学生であるのにもかかわらず登校せず、家の庭にあった渦へ突入した彼を彼女は監視する。彼の家の付近で潜伏してずっと様子を窺っていた彼女が、電話のかかってきた携帯を手に取った。


「はい。こちら雨宮里葉です」


 電話をかけてきた相手は、どうやら当主代行である彼女の姉ではないようだ。年老いてしゃがれた声が、彼女の携帯から漏れ出ている。


「里葉。お前の報告は全てDS運営へ送付した。PK現場およびPKを二週間行い続けたプレイヤーについての報告書と、それを殺害した魔剣持ちのプレイヤーについてのものだ」


「はい。ありがとうございます。今現在指示にあった通り魔剣使いの監視を続けていますが、いかがなさいますか。現場を全て調査しましたが、彼はPKに対し反撃し葬り去っただけです。PKに関与しているとは思われません」


 正直に報告を上げた里葉に対し、電話の先にいる━━彼女の姉が忌み嫌う本家の老人が、鋭く否定する。


「それは分かっている。ただの一般人プレイヤーならば捨て置くべきであるが、奴は魔剣持ち。どうにかしてその魔剣を手にしたい。事情聴取を行うという名目で、奴を雨宮に連れてこい」


 魔剣が、それも高位のものが簡単に手に入ると考えている老人に対し里葉は眉を顰めた。普通の妖異殺しであれば不可能だと拒否するだろう。


 しかし、彼女は拒否できる立場にない。何故なら彼女は、行先の決まった意思のない人形だから。


「拒否された場合は、どうされますか?」


「制圧しろ。その為に……代行は貴様を武装させたのだ。いいな。次に報告を上げるときは、私に直接上げろ。代行の手を煩わせる訳にはいかん」


 プツ、と電話の切れる音がする。大きくため息をつく彼女に拒否権はない。事情聴取、ということで説得をまずは試みようと考えているが、彼は自由を謳うプレイヤー。十中八九抵抗するだろう。


 怪我なく彼を制圧する為には、彼の戦い方をもっと知る必要がある。


 そう考えた里葉は倉瀬家の、彼に続いて渦へと突入した。

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