幕間 雨宮の若き剣
宮城県仙台市。できるだけ目立たぬようにと学生を装い白のセーラー服を着た
剣道でもやっているのだろうか。竹刀ケースのようなものを背負った彼女が、一人街を行く。
金青のインナーカラーを入れたように見える、彼女の艶やかな黒髪。大きな瞳に白雪の肌。任務の特性上、彼女は自身をできるだけ目立たせないようにしようと考え年相応にと学生服を着ていたが、凄く可愛い女子高生がいる、と周囲の注目を浴びているようで全くの逆効果である。
駅構内から出てきた彼女の容貌に、皆が目を見開かせ見つめている。人間離れしたその姿に声をかけるものはいなかったが、手配した宿泊先に向かう彼女の背を多くの人が目で追いかけていた。
当主代行である彼女の姉から『ダンジョンシーカーズ』の調査をするよう言い渡されたため、彼女は仙台を訪れた。
到着してから数日間。彼女は実地調査を続けている。
彼女は仙台市の『ダンジョンシーカーズ』に関する資料を大量に提供されており、その一つ一つを精査していた。その資料に軽く目を通しただけでも、強い違和感を覚える。
全国平均に加え地方ごとに比較したデータでも、東北の『ダンジョンシーカーズ』には異常な数と言えるほどの死者が出ていた。
死者が出る、というのは想定済みではあるが、この数は運営としても許容できない数である。故に、その元凶を断つため彼女はやってきた。
もし
加えて『ダンジョンシーカーズ』の言葉で言えば超レアアイテムであるとされる、魔剣を入手したプレイヤーに接触しろとの指示も受けている。やることは多い。
頭の中で自身が済まさねばいけないタスクを並べ、それを一つずつ消化していく彼女は、間違いなく優秀だった。
しかし、調査を続ければ続けるほど、疑念が強くなる。
「死因は不明、ですか……アプリの記録が途絶えている。回線は通ってるはずなのに……」
彼女がタブレット端末に表示させた資料は、ゲームオーバーとなってしまったプレイヤーたちのリスト。本来であれば、モンスターの攻撃を受けて、とか、罠に引っかかって、等、その死因は記録されるはずだ。しかし、死因不明となっているプレイヤーが非常に多い。
更に初心者プレイヤーが、初陣には厳しいとも言えるE級ダンジョン、果てはD級ダンジョンに突入し死亡するという事例がかなりある。
強力な渦が多くあるのかと推測し、彼女は各地を見て回ったが、仙台の観光名所ともされるあの古き城に根付いた大渦を除いて、特別凶悪なものは見当たらない。あの渦に向かおうとも、ゲーム内ではA級とされるべきダンジョンであるため、そもそも突入を躊躇うはず。
死因不明バグはよくあるが、仙台市だけそういった不具合と身の丈に合わぬダンジョンに突入し死亡するプレイヤーが多い。
星々がその輝きを存分に見せつける夜夜中。煌々と光り輝く東北の都市を、一人彼女が駆け抜ける。
彼女の服装は、真昼間のものとは打って変わったものだ。
和装と洋装を織り交ぜ、高価であろう素材を存分に活かした戦闘服。その上を覆う、藍色を基調とし金の意匠を施した和洋折衷の装具が月明かりに照らされた。ふとももまで届く長さのコートとスカートが、夜風になびく。
彼女は退魔具となるのであろう、錫杖のような見た目をした武器を右手に持っていて、彼女が駆けるのとともに、それは冷涼な音を鳴らしている。
ビルの上を走る。屋根の上を跳躍する。
三日月を背に、彼女が夜を飛翔した。
人っ子一人いない、河川敷。橋の下。
コンクリートに何かが爆発したかのような大きな破損箇所を発見した彼女は、それに触れ魔力を放つ。古くかすかなものであるが、何者かの魔力痕がある。これはおそらく、一、二週間前のもの。
繁華街の路地裏。烈風が強く通り抜けたように荒廃し尽くしたそこには、河川敷のものとは比べ物にならない、強い魔力痕がある。これは数日前のものだろう。
ビルの壁に、怨恨を乗せたかのように濃い血痕が染み付いていた。
「……」
彼女は再び移動を開始する。現場に残っていた魔力を捉えた。見つけ出すのは、妖異殺しと呼ばれる彼女にとっては容易い。
魔力の残滓に引き寄せられて彼女が到着したのは、ある住宅街。街頭の明かりだけが目覚めたこの場所で、誰かと誰かの魔力の気配がする。
間違いない。この近くで、戦っている誰かがいる━━
まずは様子を見ようと、民家の屋根上から両者を観測した。武器を手に取り相対する彼らは、公園の中央に陣取っている。
両者ともにスマートフォンを手に持っているところを見ると、『ダンジョンシーカーズ』のプレイヤーだろう。彼女のような、妖異殺しではない。
武力介入を試みようにも、公園の周囲が致死性の毒ガスで満たされている。
適切な装備を所持していない彼女では、近づくことができない。無理やりやろうとすれば出来なくはないが、情報が欲しいと考えた彼女は静かに様子を見た。
彼女から見て右方に陣取る女が、魔力を発露させ魔法陣を夜空に展開させる。短剣を構え、型を少し崩しフェイントを入れた。迷いなき足取りで男の方へ突撃する女の姿を見て、里葉は考えた。
(おそらく……DSの中でも高位のプレイヤー。もしかして、仙台市の異常はプレイヤー同士の戦闘……?)
毒ガスを操っているのも、あの女だろう。DSプレイヤーならではの戦術。科学と剣に魔法と━━このような戦いをするものは妖異殺しでは少ない。
自身であれば簡単に打ち破れると確信していたが、他の妖異殺しでは対応できないかもしれない。そう里葉は結論づけた。
幾重もの策を弄する女に相対するは、左方の男。
薄手のTシャツを着て短パンを履いている裸足の彼は、ただ一本の刀剣を手にしている。圧倒的不利に見える彼が握るその刀を見て、彼女は驚愕した。
「嘘……! あの魔剣……伝承……いや空想級!?」
妖異殺しとして確かな実力を持つ彼女は、一目でその刀の強さを感じ取った。あれは、魔剣などといった特殊な対妖異装備の中でも最高等級に位置するものなのではないかという、威容を放っている。
空想級の武装というのは、手にしようとして手に入れられる類のものではない。
(あれが仙台市でドロップした超レアアイテム……)
瞬間。
彼女は、信じられぬものを見た。
裸足の少年は、刀を一度鞘を収めて。
「━━『秘剣』」
魔剣を魔剣たらしめる、空想の名を呟いた。
抜刀し放たれた一閃は、正しく秘剣。
毒ガスを使い、魔法を放ち、剣をも用いた三段構えの女性を、簡単に葬り去った。
彼女にはあの一撃を放たれて、防ぎきる、ないしは回避しきる自信はない。
女性の死体を看取った男の子は地に落ちていた水晶を破壊し、公園に佇んでいる。彼女の頭の中で『ダンジョンシーカーズ』の異常と目の前の光景が点と点で繋がった。
あの水晶と今殺された彼女。そして何よりも、彼のことを調べる必要がある。里葉はそう決意して、彼が立ち去るまでの間。ひとまず息を殺した。
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