第十二話 いくさびと

 

 彼女と全力で距離を取り、迎え撃つ場所を決めようと夜に駆ける。


 通りがかりここしかないと選んだのは、近くの公園。まだ俺が小さかった頃何度も遊んだ思い出の場所で、彼女を迎え撃つ。


「チッ……足速いな……お前……」


 遅れて公園を訪れた彼女がスマホを左手に握り、右手に刀身の短い両刃剣━━ショートソードを持ちながら、こちらを見ている。


 彼女は今日、仙台駅前のカフェで会ったときと、別人に見える。


 具体的に言うと知的なお姉さんから、連続殺人で警察に捕まり、連行されているところを放映され悪人顔すぎてSNSで話題になる奴と同じような顔つきをしている。


「……やっぱり潮時かぁ。こんなやつ来る時点で運も悪いし、そろそろ場所変えた方がいいってことなのかねぇ」


 左手の親指をちゅぱちゅぱ咥えながら、白目になった彼女。完全にラリってる。


「なあ。一応このゲーム、人殺しなんてすると、運営にバレてぶっ殺されるはずなんだが……なんでこんなことできてるんだ?」


「あ? まあ、それは冥土の土産に教えてやるから、なんで私がヤバいって気づいてたのか教えろ。お前……驚かなすぎだ」


 いや、十分驚いてるけども。いきなり殺しにくると思わなかったし。


 こちらに視線を向けた彼女が、俺に問う。スキル『直感』のことは言うわけにはいかない。しかし、彼女がどうやって運営の目を掻い潜ったのかも気になる。


 よし。



「あんた、理由付けが薄っぺらいんだよ。招待ボーナスはともかく、普通適当にゲーム始めたトーシロをパーティ勧誘するか? そもそも、既に経験豊富な他のプレイヤーと組めばいいだろうが」


「あーなるほど。じゃあどうすればいいと思う?」


「妹の下りが腐ってる。お前を育てるかわりに金を多めに寄越せ、とか、納得出来る交換条件を言った方が良かったんじゃないか? 後は、普通に信頼関係構築してから襲うとか」


「うっわ。襲われた側からフィードバック貰えるとは思わなかった。マジで参考になる。ありがと」



 俺に感謝の言葉を述べた彼女が、また大きく舌打ちをした。深呼吸をしているのではないかと思うぐらいに、深いため息をつく。


「いやでもさ、仕方ないところもあるんだよ? いつも通りのやり方じゃなくなったから、ガバガバになっちゃったんだって」


「招待したプレイヤーに会った時はほぼ全員、こんなもんに巻き込みやがって、どうしてくれるー! って文句言ってきてたんだよ。その後、不安で仲間が欲しかったんですと謝り倒して、最大限協力することを約束するじゃん?」


「そしたら相手も少し僕に気を許すから、その隙突いて、お楽しみの時間! って感じだったんだけどさぁあああ!?!?」


 彼女が俺の顔を指差す。


「何でお前第一声が『どうしてQRコード電柱に貼ってたんすか?^^』なんだよおかしいだろうが! 普通こんな意味わからんもんに巻き込んだ僕をまず恨むだろ! 一度ダウンロードしたら消せないんだぞ! このクソゲー!」


「あー……」


 左手で乱暴に後頭部を掻いた彼女が、最後に呟く。


「チッ……まあいい。今後のかてとすればいいだけだ」



 苛立ち錯乱している彼女に見えぬよう、左手でスマホを操作し、『打刀 竜喰』を取り出す。そして、を開いた。



「で、どうやって運営の目を掻い潜ったんです?」


「しゃあねえな。もうヤるし、教えてやるよ。知ってるか? このゲームが始まってから既に二週間が経つが、プレイヤーからの運営に対する評価は地の底に落ちてる。運営のあだ名がクソ運営、とかじゃなくて、『クソ』そのものになってるくらいには、クソなんだよ。ほれ」



 彼女のスマホから、光が飛び出てくる。彼女の右手の中で形作られたのは、占い師の人が持っていそうな謎の水晶だった。それを掲げるように見せた彼女は、舌を出している。



「これはな、私があるプレイヤーから手に入れたアイテムだよ。こいつは、スキルによる第三者の監視をくぐり抜ける空間を作ることができるブツなんだけどな、運営のクソはこいつがあると私が何をしているのか分からないらしい」


「滑稽だろ? 自分達が作ったアイテムで、僕が何をしているか確認できなくなってるんだから。クソ呼ばわりされてんのも当然だ」


「……へえ」



 ダンジョンシーカーズはすぐにアイテムの評価額を算出していたし、『竜喰』の解析も出来ていたようだから把握できていないはずがないと思うが……臭いな。あまり信用しないでいよう。


 彼女が右手に持っていた水晶を手放し、ドサリと公園の土へ落とした。妖しい光を放つ結晶が、公園の遊具を照らす。


 彼女の動きに対抗するように、『打刀 竜喰』を鞘から引き抜く。艶やかな刀身に、青色の輝きが血脈のように浮かび上がった。


 こいつはやはり、生きている。



「でも最高だろ? このゲーム。プレイヤーが死んだら、表沙汰にならないよう運営が隠蔽してくれるからな。ポリにケツ追っかけられたりすることもねえし、ここ二週間、最高だったよ」


 ガスマスク越しに恍惚とした表情を見せた彼女が、続ける。


「特にお前と同じくらいのガキのプレイヤー殺したときは最高だったなぁ!? 『くるしい、しにたくない、いやだ』なんて言ってよぉ。あと、バーコード頭のオッサン殺そうとしたときは、土下座して命乞いしてきやがった! あれは笑えたよ!」


 ケラケラと笑っている彼女が一転、冷静な顔つきになる。



「だけどなぁ……あまりに楽しかったのもあるんだケド」


「殺しすぎて、プレイヤーがいなくなっちまった。既存の奴らはどこか仙台はヤベえって勘づいて、北上するか上京しちまったし……」


「お前を仙台最後の獲物にして、その後記念に牛タン食って上京するわ」



 左手にスマホを持った彼女がショートソードを握ったままの右手で、俺を指差す。彼女は勝利を確信したのか、高笑いしながら叫んだ。



「会話なんかちんたら続けやがって、バカがよォ! 既に僕はこの公園にスキルを使い、無色透明の毒ガスを充満させた! お前はここから逃げられないし、もう、死ぬッ!」


「苦しむお前の呻き声、聞かせろぉっ!!」



 彼女がおかしくて仕方がないといったばかりに、夜空に向かって笑い続けた。しかしいつまで経っても、俺が毒ガスで倒れることはない。



「……何だ? お前、何をした」


「自分から、罪の告白をしてくれて良かった」



 刀を下段に構え、彼女を見据えた。笑みを浮かべて、連続殺人犯プレイヤーキラーである彼女と相対する。殺した数を推測すると、まあ、法治国家である日本では、死刑かな。


 俺が代わりに、いや、自力救済だからダメだけど━━━━まあいいか。気づかれないだろう。



「俺も丁度、人間を殺したら経験値が入るのか気になってたところだし……気兼ねなく試せる」


「あ? お前……か」



 ガスマスク越し。鋭い眼光を見せる彼女は、毒ガスで俺が倒れないことを不思議には思っても、焦りを見せることはなかった。



「私は毒ガスで苦しむ奴の顔を見るのが好きなんだが……直接バラすのも、嫌いってわけじゃない」




 彼女が再びパチンと指を鳴らす。


 空に浮かび上がった八つの魔法陣は、全て俺に向けられていて。


 ショートソードを構え、ゆらりと体を傾けさせながら、独特な歩法で彼女がこちらに斬りかかる━━!




 確かめるように、息を吸った。


『直感』を信じれば、彼女は間違いなく格上だ。俺にはない二週間のアドバンテージを持ち、間違いなくダンジョンを複数攻略している。


 たった一回のダンジョン攻略を通して得た俺の称号やレベル補正では、勝つことが出来ないだろう。実際にこちらへ詰め寄る彼女の速度は、俺のものを優に上回る。


 ならば。そんな格上の彼女に勝つためには、アイテムとスキルに頼ればいい。、強力なアイテムとスキルを以て、屠るだけだ。


 この会話の間。準備をしていたのは、何も彼女だけじゃない。それは、俺だって同じ。



「━━『秘剣』」


「お前ッ!?」



 アクティブスキルであるそれの使用を念じると、体が自然に動き出し、まずは一度。刀を鞘に納めた。


 左手に握った打刀。柄を手にした右手。これは、抜刀術の構え、なんだろう。



「『竜喰』」



 その奥義は、正しく幻想のものだった。



 何メートルも先にいる相手に届く、斬り上げの一閃。



 残像となる刀の軌跡に、夜よりも濃い青の輝きが乗る。



 俺の動きを目で捉えたヴェノムは、ショートソードを横に構えて、濃青の剣閃を弾こうとした。しかし。



 一線であったはずの濃青は目にも止まらぬ早さで変容し、濃青の軌跡は、まるで飛びかかる毒蛇のような点の一撃となって。彼女の防備を避けていく。


 縦に振るった刀が突きの一撃となる。


 前代未聞の秘剣が、そこにはあった。


 ガスマスク越し。瞠目する彼女。

 貫く一撃となったそれは、彼女の首の手前。続けて濃青は、豪華絢爛に花開き。





 喰らいつくさんと、両脇から噛み付いた。








 パリンと、ガラスが砕けるようなそんな音の後に、血の吹き出る音が続く。


 太刀風が公園に吹き荒れる。烈風に切り裂かれた木の葉が、夜を泳いだ。










 隙間風のような呼吸音が、公園に響き渡っていた。急所を穿ったスキルの一閃は、強力無比。この魔剣は、あまりにも強い。


 しかし、その代償だろうか。右腕の筋肉に強大な負荷がかかっていて、ビリビリ痛い。このスキルは、今の俺が本来使うべきものではないのだろう。


「……お前。その……刀が、僕の毒ガスを喰いやがったのか」


「あぁ。多分そうだ」


「チートじゃねえか……クソ。しかし、お前、呑まれるな。僕みたいに、殺して回るんだろ? 殺して回るさ」


「俺はそんなことはしない。ダンジョンがあるからいい」


「けっ……とんでも、ねえのに、手、を、出しちまった」


「……」


 首から血を流し、仰向けに転がる彼女。


 ━━━。


 ガスマスクを引っ剥がして、彼女の開きっぱなしの両目に手を伸ばし、閉じさせた場面で。


 彼女の肉体が灰塵となり、公園に霧散した。


「━━隠蔽って、そういうことか」


 初めて会ったダンジョンシーカーズのプレイヤー。ヴェノム。俺の先輩プレイヤーにあたる彼女は、DSを利用した快楽殺人犯だった。そして俺は今、彼女を殺した。



 ポケットにしまっていたスマホが、無機質に震える。


 彼女が残した言葉が、頭を過る。


 簡単に殺してしまった。だけど俺は、そうはならない。



 酷く痛む右腕を無理矢理動かして、『竜喰』を振るい、公園に落ちていた水晶を破壊した。これで、いいだろう。


 暗闇。公園の中央。彼女が言っていたことを、思い出す。


 既存プレイヤーは死亡率が異常に高い仙台を避けている。そして初心者プレイヤーはヴェノムの手によってF級ダンジョンが狩り尽くされたせいで、安全な成長の場を失った。


 今仙台には、手付かずのダンジョンが大量にある。これはチャンスだ。制限されたリソースであるダンジョンを、個人で独占することができる。



「他のプレイヤーが来る前に……まずは近場のダンジョン、全て制圧してやる」



 目指すは、地元制圧。そうすればレベルをもっと上げられるだろうし、スキルももっと手に入るだろう。


 さらに強くなれば、もっともっと激しい戦いができるようになる。今、俺が生きようと思う理由は、戦って敵を討ち滅ぼしたいと願う、シンプルな戦への欲求だった。


「同種……か」


 彼女の言葉は的を射ているのだろう。彼女の欲求と俺の欲求は全くの別物だが、本質的には、きっと同じだ。


 踵を返し裸足のまま、家に向かう。上がらない右腕。ヂクヂク痛む足の裏。参ったなぁと思いながら、夜空を見上げた。


 三日月は、こちらを見ている。

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