第五話 初めてのボス戦
階段を降り、新たな領域に足を踏み入れる。第一階層は狭い、細長い道がまっすぐ続いていたのに対して、第二階層は比較的広い道が続いていた。言うなれば、第一階層が学校の廊下だったとすれば、第二階層は美術館の廊下ぐらいあるのではないのだろうか。
変わらず等間隔に配された松明が、道を薄暗く照らしている。空間は広くなったが、松明の光度が上がった訳ではなく、影が多くできていて死角が多い。
右手の棍棒を下段に構えゆっくりと歩みを進める。先ほどのゴブリンやオークのようなモンスターが現れるかもしれないし、まったく別の敵が現れるかもしれない。
薄暗い道の先。敵の足音もしないし、何か物影が見える、というわけでもない。だが。
頭蓋に雷光のような、何かを知らせる感覚が駆け抜けた。それを通して、自身の真上にいる敵を知覚する━━!
「あぶねっ!」
前にごろりと倒れこみ、先ほどまで自分がいた位置に着地した敵の姿を目で捉えた。べちゃり、というどろっとした音がする。
透明の、粘液のような肉体。その体の中に透けて見える、核のような結晶。
スライムだ。
(やはりあのスキルを取っておいてよかった! このスキルがなかったら、間違いなくやられていた!)
じっとして動くことなくこちらを襲おうとしていた暗殺者の存在を、俺が知覚することができたのはもちろんスキルのおかげ。俺がオークとゴブリンを撃破して、手に入れたポイントを使い得たスキル。それは。
パッシブスキル
『直感』
必要SP30
戦闘中の好機及び自らに迫る危機を本能的に察知することが可能となる。
第一階層。悩みに悩んで俺が取得したのは、パッシブスキル『直感』。何の情報もなく、何が起きるかわからないこのダンジョンの中で、これは役立つだろうと思ったからだ。必要SPが10のスキルも多くある中、30も要するこのスキルを取得するのは賭けだったが、これを選んだのは間違いなかった。
『白兵戦の心得』の支援を受けて、右手の棍棒を上段に構える。スライムというモンスターは、ゴブリンと同じくお約束とも言える存在だが、ゲームによって弱点の異なる、微妙な差異が目立つモンスターだ。
しかし、『ダンジョンシーカーズ』におけるスライムも、例に漏れず雑魚として扱われているらしい。『直感』により奴の戦闘能力の低さを感じ取った俺は、棍棒を鋭く振り抜いた。
べちゃ、という音がなる。携帯の通知は鳴らない。経験値が足りないのだろう。
「よし。進むか」
誰もいないダンジョンの中。一人呟いた声が、迷宮に反響した。
真っ直ぐに続く道を、敵を打ち破りながら進み続ける。ゴブリンにオーク、たまにスライムと、見慣れた相手が続いていた。スキル『白兵戦の心得』は、どうやら非常に強力なスキルだったようだ。危なげなく、敵を次々に討ち取っていけている。
それとシンプルに、彼らが弱いというのもあるのだろう。素人目に━━正確に言うと『白兵戦の心得』のおかげで何となくわかるのでもう素人目ではないのだが━━術理のない、戦い方をしているように感じた。
この戦いの間に、レベルも三つ上がった。ここで確信したのだが、明らかに身体能力が向上しているように思える。具体的に言うと、手にするオークの棍棒が少しずつ軽くなっていくような感覚を覚えていた。
それとSPを30取得し、新たなスキルを手に入れたいと考えている。しかし、強そうだと思うものがない。なんか壮大な名前をした強そうなスキルを見つけても、灰色になっていて、取得不可と表示されていた。
取得可能なのは、アクティブスキル『スラッシュ』とか、『ガード』とか。ゲーム的に考えればこういったスキルは必須なんだろうが、『白兵戦の心得』で事足りるような気がしている。どんだけ強いんだよ。このスキル。
まあ、今はとりあえず貯めておこう。
道中。敵はいない。そろそろこの松明と石の壁だけが続く景色に飽きてきた。そういえば、今は何時なのだろう。まあ、帰りを待つ人がいるわけでもないし、特に問題はないが。
目の前。第一階層で見たような、行き止まり。
第二階層に降りた時のように、さらに下の階層へ降りることのできる階段があった。
スキル『直感』が、その先にいる存在を知らせる。階段の先には、今までに感じたことのないレベルの、禍々しいものの気配を感じた。
この先は、三階層。『ダンジョンシーカーズ』の情報によれば、このダンジョンの最下層となる。間違いなく、今までで最も強い敵がいるのだろう。
恐れなどなく、”何がいるのか”という期待に胸を高鳴らせ、降りていった。
棍棒を握り踏み締めた、第三階層の地。
先ほどまでは真っ直ぐな廊下のような空間が続いていたのに、今俺は石材で出来た開けた空間━━何処かの聖堂の中のような、そんな場所にいた。
天井は空でも飛べない限り触れられない高さにあって、LEDの照明よりも明るい青い炎の
すぐ横にある壁には燭台と、灰色一色の剣が何本か飾られている。
先ほどまでと全く違う。そして第二階層から感じていた重圧の正体が、目の前にあった。
全裸。4メートルをゆうに超えるであろう体躯。ボディビルダーのように鍛え上げられた鋼の筋肉には、ピンク色の珠汗が流れ落ちていた。
彫りの深い顔つきをしていて、口の脇には深い皺が残されている。身がすくむような、こちらを射殺すような眼光が、双眸より放たれていた。
武器は持っていない。ゴツゴツの角張った拳こそが、己の最大の武器と言わんばかりで。
ゴブリン、オーク、スライムときて、オーガか。本当にゲームっぽいなと苦笑いしてしまうが、先の三体に比べると、格が違う。
奴が右腕を上段に置き、左腕を下段に置く。両足の踵を浮かせ、いつでもこちらに殴りかかれるよう、構えていた。やはり、何も考えずに突っ込んでくる他の敵とは違う。
しかし拍子抜けだ。俺自身のレベルが上がったのもあるのだろうが、
なんの前触れもなく、手にしたオークの棍棒を投擲した。なんか、投げてばっかりだな。いろいろ。
自らの持つ最大の武器を放棄した敵の姿を見て、オーガが目を見開かせる。奴は愚かにも、自ら回避するタイミングを失った。
奴の頭蓋目がけ直進する棍棒を、オーガが右手の拳を真っ直ぐに打ち出し、迎撃する。
狙っていたのは、迎撃するこの隙。
近くの壁に飾られていた灰色の模造剣を手にした俺は、地を力強く蹴り突撃する。真っ直ぐに伸ばされた奴の右腕。屈み込む奴の脇の下に潜り込んだ俺は、灰色の剣を真っ直ぐに突き出した。
胸に突き刺さったそれは、奴の心臓を破壊する。
奴の血液が灰色の剣を紅に染めた後、オーガが灰となり霧散した。遅れて、刀身の中央にヒビが入り、剣が折れる。これは模造刀。尖った鉄の棒を、馬鹿力で突き刺したようなものだ。
白兵戦は、地に落ちた石、小枝でさえも、武器にする。この空間を見て周りの装飾品を目利きした瞬間、利用しようと考えていた。うまくいったことに安堵しながら、もう少し慎重だった方が良かったと反省する。
通知のバイブレーションが、左腿に伝う。レベル上昇の通知だろう。それに合わせて、オーガの死体の下。部屋の中央。そこから浮き出たぼんやりとした光が、地面に幾何学的模様を描いていた。
最後まで、ゲームらしいなと苦笑する。ダンジョンシーカーズを開くと、そこには”制圧完了“と記されており、やはり先ほどのオーガがこのダンジョンのボスなのだろう、と確信した。
この魔法陣のようなものの上に立てば、ここから脱出できるのかもしれない。そう考えて、光に身を任せた。
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