第四話 攻略の鼓動

 


 大気に溶け消えたオークの灰燼を、ただただ見つめる。揺れ動く松明の光はあいも変わらず辺りを薄暗く照らし、暖かさのないそれは、湿った冷たい空気を醸し出していた。


 先ほどの戦闘を振り返る。まるで漫画のキャラクターのように、鮮やかに敵を葬り去った。


 左手に握るスマートフォンに、視線を落とす。


 スキル『白兵戦の心得』はただの高校生の俺を、一人前の戦士へと仕立て上げた。戦闘の興奮で高揚した体が、強く震えている。太鼓のように響く心臓の音色が、ひどくうるさかった。


 スマートフォンを開いて、『ダンジョンシーカーズ』を開く。





 プレイヤー:倉瀬広龍

 性別:男 年齢:18 身長:174cm 体重:62.3kg


 Lv.6


 習得スキル『白兵戦の心得』


 SP 30pt




 今の戦闘でレベルが三つ上がり、SP……スキルポイントを30手に入れた。検証の余地はあるが、おそらく1レベルごとに10ポイント手に入るのだろう。


 先ほど30ポイントで『白兵戦の心得』という強力なスキルを手に入れられたことから、また特別な力を手に入れることができるはずだ。


 無意識のうちに笑みを浮かべながら、スマホを操作する。しかし、今の俺がしなきゃいけないことは、新たなスキルを吟味することじゃない。ここの情報を探ることだ。


『宮城県仙台市 第四十八迷宮 突入中!』と画面上に流れるように表示された文字列をタップして、別のページへ飛ぶ。


 なんとなく、他のソシャゲの通りに操作をすれば、必要な情報が手に入るんじゃないだろうかと感じていた。まあ、明らかに『ダンジョンシーカーズ』はただのソシャゲではないが。



 宮城県仙台市 第四十八迷宮 


 クラス:E級

 タイプ:迷宮型

 階層:1/3階層


 権限未所持により非公開



 ステータスのように表示されたダンジョンのデータ。ゲームのように考えるのであれば、”E級“と表示されたクラスはこのダンジョンの危険性、難易度のようなものを示しているのだろう。


 タイプが迷宮型ということは……他にも全く違う様相をしたダンジョンがあるということか。それとアプリの情報を信じるのならば、このダンジョンは三階層で出来ているらしい。


 後は、権限未所持により非公開と真っ黒になっており、閲覧することができない。下の方に赤いボタンのような何かが見えた気がするが、大したものではないだろう。ウィンドウを閉じる。


 つまり、このダンジョンから脱出するには、ここを攻略するしかない、ということだ。


 無意識のうちに吊り上がった口角を、遅れて認識する。




 停滞感の中を、生きていた。ワクワクするような“未知”はなく、ただただ分かりきった“既知”にのみ生きている。


 自分は、何か特別な才を持って生まれたわけじゃない。ありふれたような人間だ。


 他の人が歩んだことのあるような人生を歩んで、ただ死ぬのを、なんとなく確信していた。現代に生きる日本人なんて、そんなもんなんだろう。



 しかし、なんだこの世界は!? なんだこの未知は!? 



 住宅街の電柱から、ゲームを開いてみたらダンジョンに転移しましたなんて言って、誰が信じる? その中にゴブリンとオークがいて、戦いましただなんて━━━━


 俺は今、誰もが想像しえぬ、あるはずがないとバカにされてしまうぐらいの、未知の中にいる! 


 もっと知りたい! その極地へ辿り着きたい! これを利用して、誰も歩むことのできないような、人生を歩んでみたい! 成り上がってみせたい! 


 そのためにもここを攻略し、まずは脱出せねば!





 固く決意し、オークが落としたゴブリンのものよりも大きい棍棒を手にする。片手で持つには明らかに重いはずなのに、なぜか今では軽々と持ち上げることができた。


 スキル『白兵戦の心得』は、戦闘に関する知覚能力を向上させてくれるのか、今、松明が照らすこの道の先に敵がいないことを把握する。


 ステータス画面を素早く開き、習得スキル欄に目を通す。先ほど『白兵戦の心得』を手に入れ敵を撃破したように、強力なスキルを得て、このダンジョンを攻略し、脱出したい。



 何度もスワイプして、何度もスキルを選び考える。こんな状況に巻き込まれたのにもかかわらず、俺は恐怖を感じていない。心がただ楽しいと、叫んでいた。こんなの、いつぶりだろう。


 もっと、感じていたい。









 左手に握ったスマートフォンの電源を切り、ポケットに仕舞う。右手にはオークから奪い取った棍棒を手にして、学生鞄を背負った。


 第一階層の敵は、打ち止めらしい。このダンジョンのランクである、E級が最下位なのだろうか? まだ分からない。しかし、油断は禁物だろう。


 準備は、今ここに完了した。


 壁に一定間隔でかけられた松明の道を、一人行く。最初は不気味で仕方なかったそれは、今、俺を祝福しているようで。


「おあつらえ向きじゃないか」


 目の前には地下鉄の階段のような、石段がある。この先が、第二階層。紫苑の禍々しいオーラを、階段の先に幻視した。


 踏みしめるように、足を一歩。前へ。



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