第二話 はじめてのエンカウント

 


 ゆらゆらと揺れる松明の光が俺を取り囲む。真っ直ぐに道が続く、この場所。


 ありえない。俺はさっきまで、住宅街のど真ん中にいた。一体何が。


 訳もわからず辺りを見回す。どうやら、後ろの方は行き止まりになっているようだった。なら俺は一体どうやって、ここに来たというんだ?


「……前に進むしかないのかよ」


 薄暗いし、足元はよく見えない。スマホのライトを起動して、やっと周りがよく見えるようになった。確かめるように、ざらついた石壁を撫でる。


「はは……訳わかんねぇ」


 頬をペチペチと叩いて、痛覚があるかを確認する。五感を刺激するこの場所は、これが夢でないことを俺に訴えていた。現実のものとして、受け止めるほかない。


 俺がここに来たのは『ダンジョンシーカーズ』とかいうゲームを起動したからだ。こいつの、せいなんだろう。


 もしかしたら、ゲーム内に何か手がかりがあるかもしれない。


 ライトを付けっぱなしのスマホを操作し、『ダンジョンシーカーズ』を開く。ゲームの画面上。ポップアップウィンドウに表示されていた文を見つけ出した。



『宮城県仙台市 第四十八迷宮 突入中!』 



「……本当に、ダンジョンだって言うのかよ」


 第四十八迷宮。その項目をタップして、更なる情報を手に入れようとしていると━━━━


 ゆっくりとこちらに近づく、何かの足音が聞こえた。


「……そこに誰かいるのか!? 聞こえてたら返事をしてくれ!」


 道の先。そこから聞こえる足音が、俺と同じように迷い込んだ人間のものではないかと考える。声を上げたものの、その足音はどうにも軽く、ペチペチという音が鳴っていて、どうやら靴を履いていないようだ。


 ライトを向けた先。目を凝らして見つけたのは。



「クキキキ、ガキャキャキャキキャ」



 どす黒い血に濡れた小さな棍棒。緑色の肌。鋭くこちらを睨む、赤目の眼光。俺の腰にも届かない、小さな体躯。


 ゲームの中では雑魚キャラとして定番とも言える、ゴブリンのような生き物がそこには立っていた。


 唖然とする俺を置き去りにして、奴が棍棒を構えながら、こちらに突っ込んでくる━━!


「うわぁああああああええええぇええええええ!?!?」


 スマホを強く握りしめ全力で逃げる。俺の背目掛けて投じられた棍棒が、石壁にぶつかり鈍い音を鳴らした。当たってたら、絶対にやばかった。


 腕を全力で振って、脚を死ぬ気で回す。なんとか距離を取った。



 あんなやばそうな生き物、逃げるしかない。しかし、目の前に石壁。向こうはすぐ行き止まりじゃないか!


「キャキャかきゃかきゃ!」


 ゴブリンは戦う気のない俺を見て簡単な獲物だと判断したのか、薄笑いを浮かべながらにじり寄ってくる。


 クソッ! たかだかゴブリン程度が俺を舐めやがって……!


「おりゃぁああああああ!!!!」


 右手に持ったままだった学生鞄を、思い切りぶん投げた。奴の顔にぶつかったそれは、生き物を殺すことなんて出来るものではないけど、動きを抑えるには十分。


 続いて壁に取り付けられた松明を無理やり手にし、ゴブリンに向かって鋭く振るった。火の粉が撒き散らされて、辺りに飛び散る。なんかこの松明、妙に丈夫だ。


「オラ! オラ! 死ね!」

「ガキャガガガガキャ! ガッ!」


 地に倒れ伏したゴブリンを思い切り殴打すること、十回近く。

 奴の息の根が止まったタイミングで、奴の体が灰色の砂塵となり、爆発するように大気に溶け消えた。


「はぁはぁはぁ……」


 肩で息をして、目の前で見た現象に瞠目する。ゴブリンの、死体が消えた。これじゃまるで、本当に━━


 その時。手にした携帯が、ブーッブーッと強く震える。それに続いて、心臓が一度強く跳ねた。全身に、何かが送り出されたような感じがする。


 松明を元の場所に戻した後、奴を殺した感触が残る、震える右手を見つめた。


 先ほどの通知を思い出し、左手のスマホを見て目を見開く。ダンジョンシーカーズから通知が来ているじゃないか。


『おめでとうございます! レベルが上がりました!』


「おいおいおい……」


 本当に、幻覚でも見ているではないかと思うような状況だ。しかし右手に残る奴を殴り殺した感触は、やはり幻じゃない。


 えも言えぬ高揚感が、体を包んでいた。






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