#4

 誕生日を家族に祝ってもらった、明くる日。


 昼過ぎになって自室で書斎から漁ってきた本に夢中になっていた。ここでの娯楽は本を読むことぐらいだからね。

と、そんなところに剣術の先生がうちについたという報告が転がり込んできた。


「父様!剣術を教えてくださる方がおいでになったと聞きました!」


 我が家の応接室の扉をあけると父様がソファに座って待っていた。


「おお、やっときたね。セオ、彼女がおまえに剣術を教える教師だよ。挨拶をしなさい。」


「彼女?」


 父が手で示す方を見ると、凛とした雰囲気を纏ったネイビーの髪色をした華奢な女の子がそこには立っていた。しかしすごく若そうだ。


「お初にお目にかかります、セオドア様。イルゼと申します。」


 正直にいうと前騎士団長様とか、そこまで行かなくても怪我で引退した騎士様とかを予想していた。つまり、ムキムキでダンディなおっさんを勝手に思い描いていたわけだ。もちろん僕の勝手な想像なのだが。


 それが女性だとは思っても見なかった。もう一度しっかりと彼女を見つめる。凛とした雰囲気を持ち合わせているがまだ幼さから感じる可愛らしさが抜けていない。


 もちろん可愛いことは問題ではない。何ならうれしいくらいだ。でも男女差別するわけでもないんだけど…華奢であまり強そうには見えない。


 もしかして、うちはあまりお金がないのだろうか。地位や名誉のある人を息子の教師としてつけられるほど余裕がないのかもしれない…


「イルゼさん…えっと…とりあえず僕は教わる身なので敬語は必要ありません。これから色々不便でしょうから。」


 とりあえず機嫌を損ねないように話を聞いてみようかな。


「その顔は…もしかして私の実力を疑っていますか?」


 やべ、もしかして顔に出てたか?


「いえ、そんなことは…」


 エメラルドの瞳がこちら見透かすようにじっと見つめている。

 その圧に負けて本音をぼかして伝えてみる。


「…実力を疑っているわけじゃないのですが、まさかこんなかわいい女の人が僕の先生になるとは思っていなかったので…」


「あはは、セオは照れているのかな?まあ、冗談はさておき、彼女は王立フォルテ学園に首席で入学した優秀な生徒だ。しかも魔術、剣術どちらも評価の対象になる学園で、だ。」


 まじで?こんな美人で強いとか僕に才能を分けてほしいくらいなんだけど。

 魔術と剣術の二つの総評で主席っていうのは剣術がとびぬけ過ぎていたってこと?それとも魔術もできるってことなのかな?とりあえずめっちゃすごいってことはわかった。


 それに現時点で学園に通ってるということは12歳から16歳の間ということか。めっちゃ若いな、まあ今の僕は5歳だけど。


「すごいでしょう?」


「す、すごいです。」


 イルゼはすごいどや顔をしている、凛々しい雰囲気がでてるのに仕草や表情はとても可愛い。ふふんと効果音が出ていそうなくらいだ。


「でもどうしてそんなすごい人が僕の教師様に?」


「私の恩師である学園の先生に言われたのです。人に教えることは自らの強さにもつながる。外の世界で挑戦をしてきなさいと。それで先生に紹介されたエンフィールド家にお世話になろうと思ったのです。」


 理由を語ってくれたイルゼに続いて父様も口を開く。


「私としても歳が離れた人に教わるのではなく、優秀な学園の生徒に頼むのも悪くないと思ったのだ。それに旧知だった学園の先生の紹介だったからね。二つ返事で了承した、というわけだよ。」


 よくわからないけどその学園の教師様に感謝だ。優秀なら何も文句はない。カワイイもおまけでついてくるとかいいことしかないじゃないか。


「なるほど。先程は失礼な発言、お許しください。これからご指導の方よろしくお願いします!」


「気にしないでください。こちらこそよろしくお願いします。」


「では、私は仕事に戻るとするよ。イルゼ嬢、息子をよろしく頼みます。」


「はい。おまかせください。」


 父様が扉から出ていくのを見送ってイルゼは本題に入ろうとする。


「早速ですが現在のセオドア様の運動能力を…」


そうイルゼがなにかを言いかけたその時、急に扉が開いてなにかが中に入り込んできた。


「兄さま!」


 その何かは僕に向かってすごい勢いで突っ込んできた。


「リア!どうしたの?」


 リアが走ってきて僕の足元に抱きついてきていた。

 僕に抱きついたままぐりぐりと頭を押し付けてきたままで返事をしてくれない。


「えーっと…ほら。リア。お客様だよ?挨拶して?」


 とりあえず教育上、挨拶をさせることが大切だろうと考えて促してみる。


 するとリアは顔を上げてイルゼの方を向いた。


「はじめまして!アザリアともうします。あなたが兄さまのせんせい?」


「お初にお目にかかります、アザリア様。セオドア様の剣術指南役としてきたイルゼと申します。以後お見知りおきを。」


 どこから聞きつけたのか妹は今日僕の剣術の先生が来ることを知っていたらしい。


「兄さまがけんじゅつをならうとききました!リアもけんじゅつをならいたいです!」


「え!?いや…でもリアにはまだはやいと思うよ?…」


 僕のマネをしたがる癖がここでも出てきてしまったようだ。とはいえ僕もやっと5歳になって習わしてもらえるようになったのだ。さすがにリアにやらせるわけにはいかない。


 しかし僕の考えとは裏腹に一気にリアの瞳に涙がたまりだしたのをみて焦る。まずい…僕はリアの涙にはめっぽう弱い。


「えーっと、そうだ!リアには僕が教えてあげるよ。」


「…え?」


 とっさに口走ってしまった。リアの泣き顔が驚きの表情に変わる。とりあえずなんとか泣き止んでくれた…


「リアが大きくなるまでに僕が剣術をならってリアに教えられるようになるから。それまでは我慢してくれるかな?」


 頭を撫でながらリアに諦めてもらえるように話をつけてみる。さっきは何も考えず教えるなんて言ってしまったがいい考えではないか?


「ほんとお?」


 瞳を潤ませて聞いてくるこの妹に誰がNOといえようか!

 妹に色々教えてあげるのもお兄ちゃんの役目だろう。


「ああ、ほんとうだよ?」


「わかった!我慢する!」


 リアに笑顔が戻ってくれた。しかし聞き分けのいい娘に育ってくれて本当に良かった。昔の自分は子供が好きではなかったがリアのことは大好きだ。


「偉いね。僕はまだ話すことがあるから自分の部屋に戻ってて?」


「うん!でも今日は兄様と寝るから!」


 そう言って直ぐに扉を開けて出ていってしまった。


「え!まったく…しょうがないな。」


 返事も聞かず出ていってしまったのはいただけないが、このくらいのわがままなら可愛いものだ。


「仲がよろしいのですね。」


「お恥ずかしいところをお見せしました。」


「いえ、私は兄妹がいないので少し羨ましいです。」


 イルゼは羨望の眼差しをしている。自分も兄妹がいなかった頃は羨ましいと思ってたなぁ。


「と、とりあえず、今日からご指導よろしくお願いします。」


 トラブルなどはあったが本来の目的は剣術を教わることだ。早く始めたくてウズウズしている。


「…そうですね。じゃあまずは外に出て基本から始めましょう。」


 そんなこんなでリアに剣術を教えることになってしまったが、まずは自分がしっかりと学ばなければ。

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