231.修羅場唯一の解決策
「貴女たち本当に何考えてるの!?」
ボフンッ!!
―――と、行き場を失った怒りがクッションに叩きつけられる音と少女の声がアパートの一室に木魂する。
叩きつけられたクッションからは埃が舞い、綺麗さを保っている部屋といえど光に照らされて辺りを幻想的に輝かせる。
ここはアイドル二人が住まうアパートの一室。
小さくも防音がしっかりした部屋に現実的な声が鳴り響いた。
声を上げた少女。艶やかな黒髪と宝石のような青い瞳、目の下の泣きぼくろが特徴的な美しさを醸し出す少女は普段以上に目を吊り上げながら正面の人物を見る。
一方で黒髪の少女と相対する二人の少女………金青の髪の少女と金の髪の少女はポカンと揃って顔を合わせていた。
「……なんのこと?灯火ちゃんわかる?」
「さぁ……。もしかして日本に戻ってきた葵を社長に頼んでこの学校に編入させたこと?」
「あぁ!そのことかぁ!!」
「ち・が・う・わ・よっ!! っていうか学校の件は貴女たちの差し金だったのね!!!」
あまりの的はずれな回答に黒髪の少女……葵は一人憤慨する。
二人の少女から明かされた真実は今回の主題ではない。しかし疑問だった謎が解けて驚けばいいのか怒ればいいのか感情が迷子。
「じゃあどんな事だろう……私達二人ともあのクラスにしてもらったこと?」
「若葉さん、もしかしたら私達がこの部屋で暮らしてることかも」
「どれだけ暗躍してるのよ貴女たち……。あの社長と一緒にいすぎて毒されてるんじゃない?」
「…………」
葵の呆れ顔に二人は否定の言葉を口にしない。
事実、今回に限ってはノリノリで社長と計画を立てたからだ。
葵が驚いた編入の件。
正確には日本に戻ることを知った社長の提案を受けた二人がノリノリで了承したというのが実状だ。
当日まで黙っていようというのは灯火の提案。同じクラスになるよう頼んだのは若葉。二人とも久しぶりに会う仲間にサプライズで再会を喜びたいという、一心の思いから計画を立案したのだ。
ただ一つ、事前に葵と陽紀が田舎で会っていたというのは愉快犯である社長が独自に立てた秘密の計画である。
「……その件に関しては後々全部聞くとして、私が聞きたいのはあの…………芦刈君って人のことよ」
「ほぇ? 陽紀君がどうかしたの?」
「!! もしかして葵も陽紀さんが好きになったとか……!?いくら葵といえども陽紀さんは渡さない……!」
「違うわよ! なんでたった一日で好きになったりするのよ!!」
臨戦態勢を取るように身を乗り出した灯火を、葵は真っ当なツッコミとともに肩を掴んで座らせる。
ひとまず障害ではないと判断したのか、ホッと肩をなでおろす二人を見た葵は深くため息を吐く。
「それよそれ。なんで二人揃って同じ人を好きになってるのよ」
二人の仲睦まじさに毒気を抜かれ、もはや怒る気力すら無くした葵は頬杖を付きながら本題である疑問を口にする。
アイドルグループ内にて揃って同じ人を好きになる。それはアイドル時代では往々にして業界話で耳にしていた。
そういった場合例外なく仲は険悪になり、グループとしてのチームワークは無いに等しくなり、いずれ瓦解して解散ないし脱退に追い込まれる。
そんな話を知っていたからこそ、二人が抱えている事実に怒りを覚えると同時に困惑さえもしていた。
同じ人を好きになる。それなのに仲が悪いどころか恐ろしいくらいチームワークが良くなっている。更に一緒に暮らしているだなんて。
ありえない。そんな思いのみが頭の中を占めていた。
「馴れ初めを話すと長くなるけど……陽紀君は私の勇者様だから……かなぁ?」
「私は子供の頃、将来を誓いあった仲だから」
「あぁ!ずるいっ!灯火ちゃんったらここぞとばかりに幼なじみマウント取っちゃってぇ!!」
本来なら殴り合いに発展してもおかしくないのになぁ……。
灯火の肩を揺する程度で済んでいる若葉に葵は一人天を仰ぐ。
「ん、葵」
「……何よ」
「私達の仲違いを心配してるなら、大丈夫」
「…………どうしてそう思うのよ」
ピクリと葵の眉が揺れ動く。
どうしてそう言い切れるのか。今は平気でも後々険悪になるかも知れないのに。
「私と若葉さん、どっちが勝っても陽紀さんをシェアする予定だから」
「…………はっ?」
「そうそうっ!今は二人で争ってる場合じゃないからねぇ~!もっと強力なライバルがいるんだしっ!」
「……ライバル?」
「うん。同じクラスらしいけど、見てない?麻由加さんって人」
「クラスで一番おっぱい大きい子!!」
「……………」
若葉の言葉は無視して今日の記憶を思い返す。
そういえば……帰り際とかチラチラとあの人がどこか別の所を見ていたような気がする。もしかしたらあの時視線の先に件の人物がいたのかも知れない。
「それにセツ……妹ちゃんもライバルだしね!そういえば灯火ちゃんは同じクラスになったんだっけ?」
「うん。雪ちゃんも同じクラスで今日も3人一緒にお昼食べたよ」
聞けば聞くほどわけがわからない。葵の脳内は混乱の一途を辿る。
つまり二人とは別に恋敵がいる。しかしその仲は良好の様子と。…………なんで?
「もうわけがわからなくなってきたわ……」
「大丈夫大丈夫!葵ちゃんもすぐに陽紀くんの良さがわかるよ!」
「そういう問題じゃないわよぉ…………」
意気揚々として戻ってきた日本。
そして再会できたかつての仲間たち。
しかしその豹変ぶりに困惑し、この場で正常なのは自分だけなのかと一人嘆くのであった。
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―――――――
ところ変わってとある店内。
そこは白い煙の立ち込める怪しげな空間。
しかし非合法なものなど何一つとしてなく、店員の活気のいい声とジュウジュウと網の上で何かの焼ける音がそこかしこから聞こえる。
「あ、あの………」
「………………」
そんな店内の隅に、件の人物がいた。
少女たちから上がる話題の中心人物。陽紀は困惑しながら網と正面を交互に見る。
「えっと、なんでここに……?」
「…………」
彼は何度目かになる問いを投げかけても正面の人物は応えることはない。
ただ黙ってトングを動かし、網の上に敷かれた肉の様子を見ている。
「…………」
「あ、ありがとうございます……」
唐突に肉が一枚こちらへ放られて思わず彼はお礼をする。
正面に座っているのはこの店にいる誰もがテレビを介して知っているであろう人物。結婚報告に母が泣いた。それほどまでに有名な俳優だ。
そんな彼が自身の目の前で一言も発することなく肉をひたすら焼いている。まさにトンデモ状況すぎてひたすらに困惑していた。
「…………食え」
「あっ、はい。ありがとうございます。いただきます……」
精一杯の沈黙の後、ようやく発せられた言葉はたった二文字だけ。
学校前で会って以降ようやく聞けた彼の言葉。しかしその言葉はなんの特別な意味なんて持たない。
一体何が目的でここに来たのだろう。なんで二人だけで焼き肉を囲んでいるのだろう。
彼はそんな疑問を持ちながら、美味しいはずなのに奇妙すぎる空気のせいで味を感じ取る事もできず、ただひたすらに眼の前の人物の娘……若葉へ「助けて!!」と、届くはずもない助けを求めるのであった―――――。
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