230.サラブレッド
「おにぃお疲れ~。窓から見てたけど大活躍だったじゃん」
「…………なんでここに雪がいる」
辺りは夕焼けの紅い光に満ちた放課後の校門前。
すっかり警戒の色を解いた若葉に促されて大きな車の後部座席に乗り込むと、そこには待ち構えていたかのように十数年も見慣れた顔である妹、雪がノンビリと座席に座っていた。
お気に入りのジュースを口にしながらスマホ片手にリラックスモード。行儀悪くもストローを口に加えながら手を振って俺を迎え入れている。
「なんでって、ウチまで積んでいってくれるって言うから。ね~灯火さん!」
「……ん。初日は人目とか大変だろうって若葉さんのお父さんが」
雪が目を向けた最後方の座席には灯火またジュース片手に座っていた。
どうやら二人とも男性の正体に気づいて先乗りしていたらしい。
彼女はポンポンと自らの隣を叩いており、応えるよう俺も三人掛け席の真ん中へ腰を下ろす。
「灯火はすぐに気づいたのか?」
「うん。何度かお会いしたことがあったから。むしろなんで若葉さんがいて気づかなかったの?」
「…………ちょっと並行世界に飛び立っててな」
「並行世界……?」
多分若葉がトリップしてなかったらすぐに気づいて俺が出張ることも無かっただろう。
つまり俺は若葉の父親に啖呵切ってたわけか。……思い返すと恥ずかしいっ!!
顔に熱を感じつつ窓に目を向けると車の影……人の目につきにくいところで父娘が二人談笑しているのが見て取れた。
笑顔いっぱいの若葉と表情の変化は乏しいものの口角の上がっている父親。
若葉の父。
その正体については母親である咲良さんを知るにあたって同時に調べていた。
名は
その名はあまり界隈に詳しくない俺でも当然聞き及んでおり、咲良さんと結婚する際にはかなりのニュースになったと母さんが言っていた。ついでに相当ショックを受けたとも。
俳優二人とトップアイドルという芸能一家。そういう意味では若葉はサラブレッドといえよう。
「ねぇねぇ、陽紀さん」
「ん?」
「陽紀さんは私の様子……気づかない?」
「気づくって……なにがだ?」
窓から見える家族の団らんを見つめていると、ふとそんな言葉とともに制服が引っ張られた。
灯火の様子ってなんだ?髪を切ったとかか?
いや、こうして見る限り長さも髪型も一緒だ。1ミリ切ったと言われればお手上げだが、そんな引っ掛け問題は出てこないだろう。
ならばどこが変わったのかとマジマジと様子を見ていると、彼女はおもむろに袖を引っ張りながら大の字に手を広げて見せた。
彼女の姿は膝まで届くスカートに春らしい白いカッターシャツ。胸元には我が校の校章が記されている至って普通の制服だ。なんにもおかしいところなんて―――――
「―――もしかしてソレ……ウチの制服?」
「ん。当たり。気づいてくれた?」
「なんで灯火がウチの学校のを…………まさか!?」
「ふっふ~んっ!灯火ちゃんはねぇ……私達の学校に入学してくれたんだよっ!しかも同じクラス!!」
――――まじかぁ。
まるで自分事のように鼻高に解説する雪の言葉に俺は思わず天を仰ぐ。
若葉、葵さんに続いて灯火もか。さすがに朝ほどのインパクトは無いがそれでも衝撃度合いは相当なもの。まさかロワゾブルーの初期メンバー全員がこの学校に来るだなんて…………。
「ただでさえ仕事が忙しいのにセーブしてまで一緒の学校行きたかったんだってさ!おにぃの幸せ者~!」
「若葉さんと一緒に社長を説得したよ。これからはもっと一緒だね」
そっと腕に抱きついて頬を擦り寄せる灯火に俺は苦笑いを浮かべる。
嬉しいのは間違いないんだけど、俺……卒業できるよね?帰りがけとか誰かに殺されたりしないよね?
「もしかして……イヤ、だった?」
「えっ?」
「なんだか辛そうな顔してるから……」
そんな犯人がいるかさえもわからない身の危険を感じていると、俺の様子に不安を覚えたのか灯火は不安げな表情でこちらを見つめてきていた。
あぁ、せっかく俺が喜んでくれると思ってやったのにこんな表情見せたら不安にさせちゃうよな。身の危険は勝手な想像、むしろ妄想だ。そんな思考が生まれたことを心の内で叱咤しつつ小さな頭にポンと手を乗せる。
「いいや、俺も一緒に入れて凄く嬉しいよ。ありがとう。……でもあんまり無理しないようにな?」
「大丈夫。辛くなったら陽紀さんに甘えるだけだから。だから…………ね?」
「えっ…………?」
頭を撫でるのにあわせて気持ちよさそうに目を細めていた灯火だったが、そんな言葉とともに彼女からも手を伸ばして俺の両頬に手を添えた。
頬が潰れるか潰れないか程度の優しい包み込み。しかし距離を取ろうと後ろに下がろうとすると剥がされないよう指先に力が入って、俺を決して離さないという意思が見受けられる。
「今日一日質問攻めで疲れちゃった。……だから、ね?いいでしょ?」
「いいって……何が!?」
「勿論、キス。それだけで私はがんばれるから」
ちょ……!ちょ……!ちょ……!!まって!!!
必死に逃げようとしても体勢の悪さも相まって引き剥がすことができない。
ここは車内だから!他の人も見てるから!!
妹の前でキスだなんてどんな罰ゲームだ!!そんな思いで雪に視線を移すも輝かしい目で待ちわびるように俺達を見ている。
俺達3人しか見てないとはいえここはマズイ!でも逃げることもできない!!どうしようかと頭を回転させてみてもいい解決策は見つからず灯火との距離が縮まっていくばかり。
彼女は目を閉じて顎を上げ、キスする気万端の様子。
もうどうすることもできない。もはや挽回不可能の距離になり俺も目を閉じて近づく顔を受け入れ――――
「あら、思ったより中は快適そうになってるじゃない。待たせたわね。貴方にもジュースを買って……………」
――――もはや受け入れる他ない。
そう目を閉じた瞬間、突然車の扉が開くやいなやそんな声が鳴り響いた。
眼の前の灯火もこのタイミングで第三者の声は思いもしなかったのだろう。恐る恐る目を開けてみれば彼女もキスを忘れ驚きの表情とともに振り返っていた。
扉を開けてやってきたのは――――葵さん。
どうやら飲み物を買ってきたらしい。そんな彼女が最悪のタイミングでの登場だ。
彼女もまた呆然とした表情で座席に座る俺と覆いかぶさろうとする灯火を見つめている。
「あ……貴方たち……。何やっているの?」
「あっ……えっと……これはその……」
「ん、葵さんもおかえりなさい。紹介するね。この人は私の未来の旦那さん」
灯火さん!?それは悪手だよ!?
彼女が驚いたのは一瞬だった。すぐにいつもの調子を取り戻して俺の胸元に抱きついてくる。
その紹介の仕方は非常にマズイよ……。だって……葵さんはその……俺たちの関係性なんて全然…………。
「旦那……さん?でも貴方……昼間は若葉と……」
「えっと……葵さん、これには事情があって……」
「ううん、陽紀さんは私の旦那さん」
「………………」
両手にジュースを持ちながら固まる葵さん。
どうしよう……どうやって説明しよう……。昼に適当にごまかしたのが今仇となって返ってきた。彼女が納得する良い説明なんて…………。
「――――守ってくれた時はカッコいいと思ったのに…………。二股だなんて最っ低!!」
「ちょっ……!葵さん!まっ……!…………カハッ!!」
…………俺がアタフタせずに冷静に返答してればまた違った未来があったのだろうか。
俺が答えられない内に自ら答えを導き出した彼女は大きく振りかぶって手にしていた飲み物をこちらに投げつける。
驚きの速さで差し迫ってくるそれをなんとかキャッチしようと手を伸ばすものの見事にすり抜けて鳩尾に直撃してしまい、しばらく身悶えするのであった――――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます