228.選択的留年

「――――えっ!?じゃあつまり、二人とも揃って留年したってこと!?」


 放課後。クラスメイトからの視線から逃げるように教室を出てから数分。

 俺は昇降口までの道すがら、どうしても気になっていたことを聞いていた。

 それこそ"何故若葉が俺と同じクラスなのか"ということ。同じクラスがイヤというわけでも、先生達が決めた割り振りに意義を唱えるとかそういう意味ではない。単純に年齢的な問題であり得ないと思ったからだ。


 常々の言動から俺もついつい勘違いしてしまいそうになるが、彼女は一つ年上。つまりは3年生となりどうしても同じクラスとなり得ない。なのに同じ学年となっている。その理由を問いかけると彼女はなんてことないように教えてくれた。


 学年が同じ―――つまりは留年だったのだ。それも葵さんも含めて二人とも。


「留年だなんて人聞きが悪いこと言わないで頂戴」

「あたっ!」


 若葉が語ってくれた経緯。それは一言で言えば留年。

 若葉はアイドル活動に専念するために途中で自主退学。葵さんは海外の学校に行ったためらしい。 

 それぞれの理由を一言に集約すると、ツッコむように葵さんの持ってたバッグが太ももに当てられた。


「ちょっと進学するのに単位が足りなかっただけよ。復学……もしくは選択的留年と言ってほしいわね」

「それ、結局留年と変わりないんじゃ……」

「―――なにか?」


 もう自ら"留年"って言っちゃってるし……。

 小さく呟くように葵さんへ突っ込むと、肩に手を添えられて間近でニッコリと微笑まれる。


「……なにも」


 その副音声で「これ以上言うと、わかるわね?」と告げるような圧に屈した俺は首を振って否定する。


 そんな俺の言葉を受けて「よろしい」と掴んでいた肩を離す葵さん。

 アレは従うほか無かった。だって目が笑ってないんだもの。

 『口答えするならばこの折りたたみ傘で切る』って言外に言ってた。それはさながらロワゾブルー生放送のリアタイ中に呼び出された雪のよう。

 悲しいことに現実へ蘇生アイテムは持ち込めないんだ。さすがの俺も命は惜しい。


「あはは。私も葵ちゃんも大学進学できる資格は持ってるんだけどね……」

「そうなのか?一応聞くけど、ならどうして学校に?」

「そんなの、陽紀君と一緒に学校生活を送りたいからに決まってるよ!」


 フンッ!と鼻を鳴らす若葉に俺は肩を竦める。


 若葉の復学理由は案の定だ。

 こちらとしてはそう言ってくれて嬉しいのだが、いかんせんサプライズ過ぎて心臓が持たない。

 若葉の理由はわかった。なら、葵さんは……?


「……私はほら、社長の指示よ」

「あぁ、社長の……」

「なによ貴方。それだけで通じるってことは"わかってる"のね……」


 そりゃあ、ね。

 色々と大変さは身にしみておりますので。

 どうやら葵さんも社長に連れられて大変な思いをしてきたようだ。きっと今回も何か変な策略に巻き込まれてるとか、もしくは若葉が行くから一緒にとか、そういう系だろう。

 どちらにせよ社長の意向なわけね。二人して疲れた笑みを浮かべる。


「む~…………!」

「……若葉?」


 二人して社長の奔放さにため息が出ていると、ふと隣からそんな声が聞こえてきた。

 声の主は若葉。彼女は足早に俺の側まで駆け寄ってきてグッと力強く引っ張って見せる。


「葵ちゃんばっかりぃ……。陽紀君は私のなのにぃ……!」

「いやいや、俺は誰のものでもないからね」

「そうよ。別にこの人のことなんて別に。…………私は他に気になる人だって……」


 おや?気になる人?

 彼女は聞こえない程度に呟いたつもりだったのだろう。しかし風下のお陰かしっかりとこの耳に届いた。

 気になる人。一体誰だろう。少しばかりの好奇心がうずいて深堀りしようと声に出そうとすると、それより早く俺の隣が風を切る。


「―――えっ!?葵ちゃん他に気になる人がいるの!?」


 俺の言おうとしたことを代弁するように復唱したのは隣で腕に抱きついていた若葉だった。

 さっきまでふくれっ面だったのが一転して輝かしい笑顔。さすが目ざといというか、耳ざといというか。間髪入れずに反応した彼女はキラキラと好奇心全開の笑みを葵さんに向ける。


「げっ……聞こえてた……?」

「うんっ!それでそれで!?どんな人なの!?もしかして海外の学校で出会った人!?」


 さすがの若葉も年頃の女の子。そういう話題には興味津々みたいだ。

 そこまで目が輝いてるのは今日一だ。なんかちょっと悔しい。


「べ、別にその……好きとかそういうのじゃ……気になるだけで……」

「うんうん!それでそれで!?」

「それで……えっと……。私にもわからないのよ……」

「……わからない?」


 わからない……?何が……?

 一体好きな人、もとい気になる人の何が分からないというのだろう。それは若葉も同じ疑問を抱いたようで揃って首をかしげる。


「分からないって何のこと?」

「その……顔も、名前も」

「顔も名前もわからないのに気になるの?もしかしてファンレターくれる子だったり?」


 あぁ、アイドル的にはそういう線もあるのか。

 しかしそれとも違うようで葵さんは小さく首を横に振る。


「それもちがくて、ゲ――――あぁもう!私のことはいいでしょ!」

「え~!気になる~!」

「ダメ!この話は終わりっ!!閉廷!解散! さっさと家に帰るわよ!!」

「えぇ~!?」


 どうも深堀りできるのはここまでのようだ。

 色々と限界を迎えた葵さんは若葉を振り払うよう強く前に出て一足先に昇降口を出ていってしまう。


「ぶ~。葵ちゃんにもようやく春が来たと思ったのに~!」

「まぁいいだろ、若葉。時が来たら教えてくれるって」

「でもでも!陽紀君も気にならない!?」

「俺はそんなに……。まだ会って2、3日程度だしな」


 ウソ。ほんとはかなり気になる。

 今日初めて会ったとはいえ人のコイバナは凄く聞きたい。

 最後に聞こえた"ゲ"はよくわからないが、それはそれで想像が沸き立たせられる。

 でも素直にはいって言ったらまた若葉がふくれっ面になりそうだから適当にごまかした。


「おじいちゃんの家とはいえ、一緒に寝泊まりした仲なのに?」

「そ、それは……」


 やばっ、選択肢ミスった!やぶ蛇!

 ジトッと睨むような視線に目を逸らす。

 ここに来る道中、留年の件とあわせて"ひとつ屋根の下"の件について誤解しないよう若葉へ説明した。

 不服そうにしつつも納得してくれたが、やはり引きずるものがあるみたいだ。


「……でも、気にしてくれないほうが私としても安心できていいかも」

「若葉?」

「ううん!なんでもない!ほら行こ!葵ちゃんに置いてかれちゃうよ!!」

「あ、あぁ!」


 選択肢ミスったと思ったが、セーフか?

 唇に手を当てて一瞬だけ考える素振りを見せた若葉だったが、すぐさまいつも通りの笑顔に戻って俺を引っ張り昇降口を出る。





 ――――そんな最中先に校舎を出た葵は、俺達ではないまた別の、校門のとある一点を真剣な表情で見つめている。


「あれはもしかして……いえ、考えすぎかしら……。何にせよ、二人に伝えなきゃ……」


 不安げな言葉を放つその声色は真剣そのもの。

 警戒の色をひたすらに強めた彼女が見る先。校門を出てすぐのところにはまるで物語に出てくるような、暴れる人すら容易に詰め込めるほどの大きな車が一台停まっているのであった。

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