227.下校と視線
「陽紀君っ!一緒に帰ろっ!!」
それは放課後。担任の先生が諸連絡を手短に話してやってきた解放の時間。
教室に集まった生徒たちが口々に解き放たれた言葉を発し始めたタイミングで隣の少女が真っ先にそんな言葉を口走った。
隣とは言うまでもなく若葉。
どこへ行っても多くの人目に触れて、間違いなく本学の注目度No.1だった少女。
その一挙手一投足に注目が集まる彼女が真っ先にそんなことを言うものだから当然、教室内はと騒然となる。
『若葉ちゃん……いつの間にあんな仲良く!?』
『そういえばお昼休みも二人で一緒にご飯食べて……』
『やっぱり若葉ちゃんと芦刈君ってそういう……』
『今日一日でそんなことまでする仲に!?くそう……隣の席補正め!!』
ザワッ――――と。
さっきまで解放の喜びに溢れていた空気が一変、口々にあまり話したことのないクラスメイトたちのささやき声が聞こえてくる。
最後、"そんなこと"ってどんな事かと小一時間問い詰めたいが今は置いておいて、机に手を乗せている若葉を見上げてからハァ……と一つ息を吐く。
「……どこか友達と寄り道とかしなくていいのか?」
「ん~んっ!大丈夫! 陽紀君がどこか行きたいなら付き合うよ?」
「いや、俺も無いかな。……ちょっと待ってて。準備するから」
正直先生が話をしている最中、半分以上寝ていたせいで帰りの準備など何一つとして出来ていない。
若葉は早々に準備が出来ているようで背中から小さなボストンバッグが見え隠れしている。俺も机の脇に掛かっている同じバッグを手に取り課題分等々適当に詰めていく。
「―――貴方、随分と肝が座っているのね」
「ん?」
机からバッグへポイポイと。整理もなにもないほど適当に入れていると、そんな声が逆方向から聞こえてきた。 顔を上げれば既に荷物をまとめ終わって帰ろうとしている葵さんがほんの少しだけ感心したようにこちらを見下ろしている。
「いえ、あのみんなのアイドルである若葉に突然言い寄られて、随分と冷静にしてるわねって思っただけよ」
「そりゃあ半年も一緒に居たら、嫌でも次の行動読めるようになるでしょ」
「それもそうだったわ。この子、ウラオモテが無さ過ぎて恐ろしいほど読みやすいものね」
正直放課後一発目にこうしてくる事は若葉の行動を予測をするうえで第一候補に上がっていた。
だから突然『一緒に帰ろう』言われたとしてやっぱりと思いはすれど驚きはない。行動予測が容易すぎて、きっとババ抜きとかでも毎回最後まで残るタイプ。
「いやぁ。二人して褒められると照れちゃうよぉ~」
俺と葵さんの視線を受けてか恥ずかしがる若葉。
貶すことはないけど褒めても……無いんだよね。
でもまぁ余計なことを言って気を害すのもあれだし、そのままにしておこう。
「でも、人目があるとないとでは違うでしょ?一晩であること無いこと噂が巡るわよ?」
次に出てきた葵さんの問いに俺は深く頷いた。
ここで一緒に帰ると絶対噂になる。そうなると麻由加さんと話すこと自体、周りからの茶々でやりにくくなるかも知れない。でも―――
「―――そうだけど、若葉の行動力的に噂が回るのが今日になるか明日になるかの違いでしょ」
「…………苦労してるのね。貴方も」
ポンッと俺の肩に葵さんの手が乗せられる。
行動力の塊である若葉のことだ。たとえ今日拒否っても明日、それを拒否っても明後日に同様の事が起こるに決まってる。逃れられない運命だ。早い所受け入れたほうが気が楽になる。
それに麻由加さんの件も、後で直接話せば分かってくれるという信頼もあるからそこまで心配していない。
同じアパートって便利。
「そういう点では私は今のままで良かったわ。元ロワゾブルーとはいえ雪ちゃんみたいなコアファンじゃないとわからないもの。お陰で悠々自適に過ごせるわ」
「確かに葵さんは今日全然話しかけられなかったな。でも認知度が低い分、容姿がいいからスカウトとかナンパとか多いんじゃない?」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。でも私はそういう軽いのにはついて行かないし、若葉と同じ事務所に所属してるから心配無用よ」
「……ふぅん」
元アイドルともくれば容姿も中々のもの。その余裕そうな雰囲気も相まってどこからどう見ても美人さん。そんな当たり前の感想を述べると葵さんは少し嬉しそうに鼻を鳴らす。
元とはいえロワゾブルーの一員、それくらいの危機管理はあるということか。それにしても同じ事務所……あの社長の元って考えると色々大変そうだな。
「むぅ~…………!!」
「さぁ準備完了っと。早いとこ帰ろうか…………って、どうした?若葉?」
荷物を詰め込み終わって立ち上がる。
そうして若葉に向き直ったはいいが、彼女は頬を膨らまして何か言いたげな表情をこちらに向けていた。
まさにいつもの抗議の表情。その怒りの目はまっすぐこちらへ向けられている。
「む~~!!」
「もしかして若葉を放って私とずっとお喋りしていたことが気に入らなかったんじゃない?」
「いやいや。まさかそんな……。……そうなのか?」
「む~!む~!」
葵さんのアシストにまさかと思ったが、確かめると首をブンブン縦に振っている。尻尾が付いていたら逆立っていそうだ。
ほんのちょっと雑談しただけというのに……。しかし待たせてしまったのも事実。俺はそっと片腕を若葉へ突き出すと彼女は迷いなく抱きついてくる。
「悪かったって。ほら、帰ろうか」
「むぅ……。ごめんね陽紀君。葵ちゃんも大好きだけど、初対面でそんなに仲良くなってるのが心配になって……」
「大丈夫だって。そういう心配はないから」
「ほんとぉ?……ごめんね嫉妬深くって……」
クゥン……。
と、寄り添いながら見上げるさまはまさに子犬のよう。
まったく、俺と若葉の初対面のときはもっと距離近かっただろうに。しかしこう見るとどっちが年上か分からなくなってくるな…………あれ?なんで若葉が年上なのに同じクラスなってるんだ?
「なぁ若葉。どうして――――」
「――――若葉がそう心配になるのも仕方ないわよ。私達、ちょっと前にひとつ屋根の下で寝泊まりした仲だものね」
「ちょ――――!?」
俺が不意に出てきた疑問を問いかけようと口を開きかけたその瞬間、突如として葵さんから投げ入れられた発言に思わず目が飛び出るくらい見開いてしまう。
な……なにを……。なんてタイミングで何を言い出すのこのヒトは!?!?
「――――陽紀、クン?」
「えと……若葉さん?力入り過ぎてません?なんだかミシミシ言ってるんですが……」
「陽紀クン?いつの間にそんな事になってるのカナ?」
「えっとですね……これには海より深いワケが……。葵さん!葵さんヘルプ!!」
「――――フフッ」
葵さん!!!
俺が助けを求めて振り向くも、口元に手を添えて笑いをこらえる姿が映るばかり。
一切補足する素振りを見せない彼女に俺はなんとか言葉を探し始める。
「えっと、それは……」
「―――二人とも、そろそろ退散しなくていいの?周りの視線がとんでもないことになってるわよ?」
「えっ…………?」
俺が言い訳の言葉を探そうと頭を働かせている最中、ふと葵さんの言葉に顔を上げてみるとクラスメイトの視線がこれでもかと言うほどに突き刺さっていた。
いつの間にか廊下からの視線も加わり、最初の様子を伺う視線ではなく殺気を伴ったものがいくつか散見されはじめている。
いつのまにか普段の家の感覚に戻ってたみたいだ。
そりゃあ……公衆の面前で若葉が腕に抱きついているのだもの……そりゃあマズいわ。
「はっ……早いとこ帰るぞ!若葉!!」
「うんっ!――――葵ちゃんも!さっきの話、詳しく聞かせてもらうからねっ!!」
「仕方ないわねぇ。アイドル二人を独占しての下校、貴方も幸せものねぇ」
「……ホントだよ。この腕のミシミシが無ければなお良かったんだろうなぁ」
腕を抱く若葉の力は依然として強く。
俺は周りの目と合わせないように遠くを見つめながら、引っ張られるがままに連れ去られていくのであった。
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