210.二人の魔王
ガヤガヤと。
そこかしこから人々の話し声が聞こえてくる。
旅立ちを見送る者、別れを惜しむ者、再会を喜ぶ者。その感情は様々で、コンクリートで装飾された空間に人生という色が混ざっていく。
しばらくすれば特徴的な音楽が辺りいっぱいに鳴り響き、扉が閉まるや否や長い鉄の塊が遥か遠くを目指してゆっくりと動き出す。
そこは人が多く出入りしている新幹線の発着駅。東京から朝一に動き出した新幹線がまだ早い時間のとある駅に到着すると、二人の人物が降り立った。
1人は小学生ほどの背丈で深く帽子を被った少女。もう一人は黒いパンツに黒いジャケットと、いかにもビジネスで来たというようなスーツに身を包んだ女性だった。
二人とも階段に向かって数泊するようなキャリーバッグをコロコロ転がしながら進んでいたものの、ふとスーツの女性からピピピ……と電子音が聞こえて同時に足を止めた。
「はいもしもし………あぁ!どうもどうも!お疲れ様です!たった今新幹線が到着したところですよ~!」
どうやら鳴ったのは女性のスマホだったようだ。着信音を耳にして素早く手に取った女性の相手は知人のようで、軽い口調で相手と応対しはじめる。
「……えぇ。……はい。良かったです。彼の田舎行きは問題なさそうですね。よかった」
一体誰と話しているのだろう――――。
そんな思いを抱きながら小さな背丈の少女が見上げると、女性のホッとしたような優しい表情が目に映った。
まるで普段から『子供のように見ている』と言っている自分たちへ時々見せるような、1人の親のような表情。
どんな話題をしているのかと、表情を見て興味が湧いた少女が更に一歩近づくも、一転して女性の優しい表情が瞬く間にニヤリとあくどいものへと変貌してゾッと背中に冷たいものが走る。
「……はい。゛あの子゛も合流する手はずです」
女性の浮かべた表情は、ロクでも無いことを考えていることの証だ。
そう考えが至るのに1秒もかからなかった。
イタズラやサプライズ好きで秘密主義な女性。
数年一緒に居た少女はその性格を何度も身をもって痛感していた。一体今回のベクトルは誰に向いているのか。゛あの子゛とは一体誰なのか。少女は悪い表情をしている女性を見て一歩距離を取る。
「あなたもいい趣味をお持ちで。まさか目的地以外を正反対ルートへ誘導したメモを作るだなんて。そりゃあ海外生活の長い"あの子"はまんまと騙されるでしょうね」
"騙される"
その言葉だけでやっぱりこの身に感じた警戒心は正しいのだと、帽子に隠れながら渋い顔を浮かべた。
電話をしている女性はそんな表情など知ったことかと言うように高笑いをする。
「さぞかし彼も……母親に嵌められるとは息子さんも苦労するでしょうねぇ。大丈夫です。"あの子"は私が明日責任もって対応しますので。……それより良いのですか?そんな修羅場を招くようなこと……」
まさに魔王。
女性を心の内で魔王判定した少女だったが、聞こえてきた言葉に耳を疑った。
まさか魔王に人を案じる心が備わっていたとは。魔王の目にも涙か?と。
「3人に加えて息子さんにもインパクトある再会を……ですか。あなたも中々いい性格してますね……ククッ……」
どうやら魔王は二人いたみたいだ。
(ゲーム上で)自分は勇者。勇者として魔王は倒さなければならないもの。恩人に手をかけるのは心苦しいが、ここでやらねばいつやるんだと上着の内にある折りたたみ傘に手をかける。
手に力を込めながら間合いに入るよう摺足で近づいていくが、早くも電話が終わったようで軽い挨拶の後に顔を上げて魔王が少女を視界に収める。
「いやぁ、ごめんごめん。待たせちゃったね。………何やってるの?灯火ちゃん」
「………いえ、何も」
作戦失敗。
上着の内に掛けていた手を解いて少女……灯火は何もない風を装ってキャリーバッグを掴みなおす。
「……社長こそ何かあったのですか?随分といい顔してましたけど」
「ううん、何もないよ。もし!たとえ!あったとしても君たちにとって利があることだから大丈夫さ!!」
「はぁ……やっぱり何かあったんじゃないですか」
「ほらほら!早く行かないと愛しの陽紀君が起きちゃうよ!今日はなんてったって大事な゛手続き゛の日なんだからね!!」
「…………はぁ」
やっぱりロクでもないこと考えてるんじゃないか。
そう理解した灯火は息を吐いて肩を落とすと、社長と呼ばれた女性が肩をポンと叩いて先に階段へと向かっていく。
「陽紀さんに被害がなければいいんだけど…………」
取り残された駅のホームで点を見上げる。
少女が懸念するのは想い人である彼のこと。
電話で聞こえた゛彼゛という言葉。その対象があの人でないことを願いながら、頭を切り替えて今日の目的を達成するために遠くなった後ろ姿を追っていくのであった。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「はぁ~~~~」
一方時は進み、昼過ぎ。
その゛彼゛。陽紀は太陽を見上げながら大きく息を吐いた。
それは気が完全に抜けきった力ない言葉。身体中全ての力を抜けきるように大の字になり、一身に光を浴びながら声を出す。
「ふぅ……。これは中々……いい場所を選んでくれたわね」
「でしょう?気に入ってもらえてなによりだよ……」
気の抜けた声を発するのは陽紀だけではない。もう一人声を発した葵も張っていた力を抜いていった。
ここは川のせせらぎが心地良い、家の裏手にある沢。
散歩をするといって出ていった二人は何者かが暗躍していることなど露知らず、沢にある大きな岩に横になって日向ぼっこへと興じていた。
「春で暖かいし、何より足の冷たさが最高ね……これが日本……コタツにも並びうる春の魔物じゃない……」
「だよね……。この家に来たら日向ぼっこは欠かせないんだよ……」
春の暖かな陽気。少しだけ暑さをも感じる陽の下だが、それを解消するように川の水が足を冷やして清涼感を与えていた。
岩に寝転がって足を川につけるという、まさにこの世の天国。その心地よさは例の魔物であるコタツにも負けず劣らない。
「正直なんてところにやって来てしまったんだとも思ってしまった事もあったけど、これだけで大満足だわ。最近の疲れが全部吹き飛びそう……」
「俺も……スマホ使えないストレスなんてまるでウソのようだ……」
「「ふぅ~~~…………」」
二人して満足げに息を吐く。
誰の邪魔も入らない二人だけの時間。それは陽が傾くまで大きな岩に並び合い横になり続けたという――――。
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