209.減らされる唐揚げ

 我が祖父母の家は、多くの自然に囲まれた地域に属している。

 海こそ見えないが5分と歩けばハイキングができそうな山の入口に立つことができるし、少し奥に行けばせせらぎが心地よい川にたどり着くことだってできる。

 昔はよく山に入って遊んだものだ。蝉取りに興じたり川で少し高いところから飛び込み、付近でバーベキューをしたことだって良い思い出として残っている。


 しかしそれはもう昔の話。

 高校生ともなれば森の中でアクティビティなどといった遊びはてんで興味がなくなり、インターネットが親友と言えるようになってしまった。

 インターネットに依存している今の俺にとってこの土地は非常に難儀な場所である。スマホを持ってきてるしネットもつながるのだが、いかんせん繋がりが悪い。5Gなんてもってのほか、4Gが表示されることにはされるのだが、プツプツと回線が切れるからストレスがとんでもない。

 有線が通っているから普段のネット使いに問題ないらしいのだが、PCを持ってきていない俺にとって今この場所は退屈の象徴なのだ。


 つまり暇。やることない。

 お昼ごはんを食べ終わった後も「牛になるよ~」などと雪に言われながら畳の上に寝転んでボーっとしている。

 ネットのない生活がこんなにも退屈だとは。巷ではデジタルデトックスなぞ言われるものが流行っているが、どうやら俺にはできそうもない。

 去年ここに来た時何してたっけ。……たしかプラプラ歩いてスーパーとかコンビニ行ったっけ。最終的に村を横断したものだから筋肉痛で倒れてた記憶がある。


「……うしっ!なぁ雪~!」

「なぁに~!?」

「暇だしちょっとそこら適当に歩いて回ってくるわ!」


 考えに考え抜いた結果、今後の方針が決まった。

 筋肉痛にならない程度にそこらを歩いてみようという結論に至ったのだ。

 キッチンのほうに向かって叫ぶと雪の「は~い!」といった了承の言葉が聞こえてくる。

 財布も持った。スマホも一応持った。天気も快晴で悪くない。さて、まずは適当に裏手のほうにでも――――


「あっ!おにぃ!ちょっと待って!!」

「―――うん?」


 持ち物の確認を終え行き先の見積もりも終えいざ出かけようと玄関にて靴紐を結んでいると、後ろから雪の声が聞こえてきた。

 何事かと振り返ると夕食の下ごしらえに取り掛かっていた雪がエプロン姿のままパタパタとこちらに駆け寄ってくる。


「どうした雪?なんか買ってきてほしいもんでもあったか?」

「ううん。そういうのじゃないんだけど、せっかく外に行くんだったら葵さんを案内して貰えない?」

「…………葵さんを?」


 そんな雪の言葉と同時に影から現れた姿に思わず驚きの顔を浮かべる。

 今日初めて出会い、この家で一泊することが決まった葵さん。その姿は出会った当初と同じ帽子とサングラス姿だった。

 乗り間違えでやって来たという経緯はあるものの、今ドキの見た目からしてこんな田舎など仕方なく一泊するだけで興味ないと思っていた。まさか案内をお願いするほど興味あったというのか。


「そそっ!どうせスマホ繋がらなくって暇なんでしょ?なら同行者の1人や2人増えたところで変わんないよね?」

「まぁそりゃそうだが……葵さんはいいの?ただの暇つぶしの散歩だよ?」


 たしかにお弁当理論のように1人2人増えたところでさしたる問題も無いのだが、聞くべきは本人の意志だ。

 どこへ行くわけでもないし行ったところで面白みもない。それをもって問いかけたが彼女は首を軽く振るだけに留めて優しげな口調で返答する。


「私もこういう日本の原風景……っていうの?穏やかな場所には興味あったから。乗りかかった船っていうの?事故とはいえ来ちゃったんだから満喫しなきゃね。………あっ、もちろん貴方が嫌でなければだけど」


 意外。

 俺たちからしたら毎年来て見慣れた、何もない光景に興味を示すとは。そこに居る雪なんてここ数年疲れるとか言って一歩も外に出ようとしないんだぞ。どっちが運動不足なんだよ。雪こそ運動しろ。


「ネット繋がらなくて暇人のおにぃは葵さんをとっておきの場所に案内してあげてね!! ………あと、なにか失礼なこと考えてなかったぁ?」

「…………いえ、ナニモ」


 地獄耳!!いや俺は口に出してないからこの場合は地獄の直感か!!

 心の中で悪態をつくとすかさず睨みを効かせてきて逃げるようにスッと視線を外す。いやだって、このまま頷いたら今度は何の黒歴史を披露されるかたまったもんじゃないし・・・・。


「とりあえず変なことおにぃには夕飯の唐揚げ一個貰うとして……」

「考えただけでペナルティとか理不尽すぎないか?油物ばかり食ってると本当に太るぞ」

「それで実際に口にするおにぃの胆力にあたしは驚きだよ……。ともかく!葵さんをよろしくねっ!でも変なことしたらみんなに報告するから!!」

「するかっ!!」


 それこそ本当に心読まれて社会的な死が待っているヤツ!

 そもそも恐ろしくて気を遣い祭りだっての!葵さんてばずっと正体隠してて地味に警戒してるんだから!


 そんなこんなで二人で言い合っていると葵さんの準備が終わったようだ。

 小さなポーチを肩に掛けて土間へと降り、ポンと俺の肩を叩いてからフッと口角が上がり、薄紅色の口を開いた。


「それじゃあ案内よろしくね。マネージャーさん」

「マネージャー……? もしかして俺のことか?」

「そ。マネージャー。 見た感じ謎の美人セレブとそのお供って感じじゃない。ピッタリよ」


 突然葵さんからマネージャー呼ばわりされたから何かと思ったがそういうことか。

 しかし自分で美人セレブとか。すまないが変装セットで正体謎すぎて判定不能なんだ。後ろでウンウンと大きく頷いている雪が、訳知り顔満載でムカついたから軽くチョップを入れる。


 ……ま、たとえ美人でも麻由加さんには負けるだろうけどなっ!!!


「……そもそも何もない田舎なんだ。俺が行きたいところに行くだけだからクレームは受け付けられないぞ」

「もちろんよ。貴方の゛好き゛という感性を私の感性で見てみたいだけだもの。好きなところへ案内して頂戴。ほら、陽が落ちる前に早く行きましょ」


 謎の言い回しで先に外へ出る葵さん。

 俺は後方から文句が混じった雪のお見送りを受けつつ、葵さんとともに暖かな春の日差しへ繰り出すのであった。

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