207.葵
「へぇ……。広いお家。もしかして貴方って良いところの出身?」
「いや、普通の一般家庭だよ。ただここは田舎だからね」
バスを降りた時にはまだ登山途中だった太陽も、もう頂上へと辿り着かんとする頃。
俺たちは田舎の奥にある目的の建物にようやくたどり着いた。
バス停から歩いておよそ15分。コンビニからもスーパーからも微妙に遠い位置にそれはある。
テニスコートの半分くらいもある大きな庭。その奥には庭の何倍も広いであろう平屋の一軒家。
こここそが旅で目的としていた家だった。
チャポンと庭にある池から鯉が跳ねる音がする。
松の木や大事に育てられたであろう盆栽などに彩られた立派な庭。毎回来るたびに目を奪われ魅入るものなのだが、今回ばかりはそれすら気もそぞろになってしまい、ただただインターホンの前に立ち尽くす。
「……? どうしたの?鳴らさないの?」
サングラスで目元を隠した隣の女性が立ちつくす俺を見て疑問を投げかける。
話しながらここに来る流れで敬語が取れた女性。一つ年上だと判明したその少女の声色は少し不安気。
「もしかして……家が違うとか?」
「……ううん、そんな事ないよ。ここであってる。それじゃあ……鳴らすね……」
まさか……と問いかける彼女に俺は一つ意思を固める。
俺の心以上に彼女はもっと不安だろう。ここに来ることとなった経緯を思い出しつつ、震える指を抑えて門に設置されたインターホンにグッと力を込めた。
ピンポーン――――
シンプルかつ無機質な呼び出し音が奥の家中に鳴り響いた。
これで事態が動くのは時間の問題。ほら、案の定聞き慣れた「は~い」という声がこちらに届いてきた。誰が出てくるのか理解した俺はそっと少女を門の影に移動させる。
「おにぃおかえり~。随分遅かったけどどこか買い物でも寄ってた?」
あちらも誰がインターホンを鳴らしたのか予想ついていたのだろう。
勝手知ったる顔で玄関から姿を現したのは我が妹である雪だった。
雪はお土産を期待していたのか俺の手元に目をやって「なんだ……無いんだ」と肩を落とす。
「悪いけど本当に休憩してただけだ。それより二人は家に居るか?少し相談したいことあるんだけど」
「おじいちゃんおばあちゃんのこと?二人ともリビングにいるよ~。……って、おにぃ、何か隠してない?」
くっ……!!
さすが雪。憎たらしいほどに目ざとい。
俺の僅かな受け答えに違和感を覚えたのだろう。そのまんまるとした目が一気に怪訝な顔を浮かべ細まっていく。
「い、いや?何も隠してなんか……ないよ?」
「む~……怪しい。おにぃがそういうこと言うときって絶対何か隠してる時だって~」
「そんなこと無いからっ!むしろそんな時なかっただろ!?」
「え~?例えばママの大事にしてたコップを割っちゃった時とか、ポケットにティッシュ入れっぱなしで洗濯しちゃった時とか、クモに驚いてパパの原稿にコーヒー撒いちゃった時とか――――」
「まて、分かった。俺の負けでいいからっ……!!」
幼稚園時代の誤魔化しを今持ってくるのは反則だろっ!!
ほら、影からクスクスと笑い声が聞こえてくる。クッ……だから雪と顔を合わせるのは嫌だったんだ。争いになると昔のことを引っ張り出されて勝てないから。
俺が素直に負けを認めて降参し、影からの笑い声があちらにも届いたのだろう。
ふと何か気がついたように「あれっ」と雪は俺から目を外して声のした方へと目を向ける。
「おにぃ、そこに誰かいる?お客さん?」
「……あ~。その件なんだがな……」
やはり気づかないわけにはいかないか。
頭を掻きながら次の言葉を探す。素直に言うべきか、それとも大回りして誤魔化しにごまかすか。
雪のことだ。大騒ぎになるのは間違いない。下手すれば騒ぎに騒いで若葉や麻由加さんの耳に入るかも。
そうなったらもう大変だ。誤解が加速して事態の収拾に追われることとなるだろう。だから最も衝撃が軽くなる言い方を――――
「――――ありがと。あんまり貴方に任せるのも不義理だし、私が直接説明するわ」
「えっ!?あっ!ちょっ……!!」
俺が言葉に悩ませていることほんの10秒。その間に彼女は俺の肩をポンと叩いて前に出た。
雪にとっては突然現れた謎の人物。自身の予想がまさか的中すると思っていなかったのか「えっと……」と困惑した表情を見せつける。
「この方の妹さん?はじめまして。私は
フフッと軽く笑ってみせた少女――葵さんは軽く上目遣いになってサングラスの上部から雪を見てウインクする。
一方で当の挨拶を受けた雪は、驚いたように目を見開き口をパクパクさせるばかりだ。
「おっ……おっ……」
「お?」
お?
驚きに満ちた雪はなにか言いたげな様子で言葉を紡ぐも日本語になっていない。
なんだろうと俺が復唱してみせると、雪は突然後方へと振り返ってその足にグッと力を込める。
「おっ……おにぃがまた女の子引っ掛けてきたぁぁぁ~~~!!!」
「雪さぁん!?!?」
何を言うのかと思いきやなんてことを!!
その場から一気に駆け出した雪は「おじいちゃ~んっ!」と逃げるように家の奥まで向かっていく。
取り残されたのは俺と葵さんのみ。
ポカンとその様子にただただ呆気にとられていると、ツンツンと隣から脇腹をつつかれた。
「貴方……『また』って言ってたけどいっつもナンパ紛いのことしてるの……?」
「誤解っ!!」
今度はドン引きするような目でこちらを見つめる葵さん。
俺はナンパなんてしたこと無い!今回だって向こうから話しかけられただろうに!
しかしそんなことは俺の誤解を解くための材料には程遠く、逃げた雪が祖母を連れてくるまで待ちぼうけになるのであった。
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