204.お近づきの印
『グォォォ……。魔王様……一刻も早い対処を……。こやつらはいずれ貴方様の脅威へと…………』
全ての力を振り絞って聞こえてくる、掠れるような最期の言葉。
その言葉を吐き捨てると同時に声の主は太陽を浴びた吸血鬼のごとく光の塵となって消えていく。
灯台の下に巣食うダンジョン。その最奥に構えていたボスの最後の言葉だった。
しかしその言葉は決して望みの相手に届くことはない。辛うじて相対していた俺たちに届くのみで、警告は何の意味もなさず消え去っていく。
無念の言葉。それは同時に俺たちの目的を達成した言葉でもあった。
敵の消滅の後にフォーカスが俺たちにあたり、ファンファーレとともにグッと喜ぶような動作を見せるキャラクターたち。わっと暗い場に花が咲いたような雰囲気になった。ステージの周りに火が灯って見通しがよくなり奥の方には宝箱が出現する。
「ふぅ………なんとか倒せたね……」
「はい………なんとか……」
俺が肩の力を抜くと彼女もふぅと息を吐く。
当然だ。長時間ダンジョンに潜っていたし夜も遅い。疲れも出る頃だろう。
彼女のストーリー攻略のために突入したダンジョン。その攻略は困難に困難を極めた。
まずダッシュで敵の軍団に突っ込んでタコ殴りにされ、次にダンジョンの逆走。更には1集団との交戦が終わったら忽然と姿を消して気づいたら迷子になったりもしていた。
ワザと火力ブッパで暴走するセツナとは別ベクトルで大変な攻略。一度の戦闘不能すら阻止して制限時間内にクリアできたのは僥倖であるといえよう。
しかしこれらは初心者にありがちなミスともいえる。少なくとも一度経験したミスを二度はしなかったし、決して後ろ向きにもなることはなかった。そういう点を考慮すれば、レベルがカンストする頃には俺たちのように超高難易度を目指せる予感が、潜在能力を感じさせる攻略だった。
明るく喜ぶヒナタさんのキャラと対照的に、その声色には疲労が見て取れた。
宝箱の中身は彼女に譲って俺たちはダンジョンを後にする。
「もう朝が近いか………」
暗いダンジョンを抜けてワープしてきた入り口の灯台下。俺たちを真っ先に出迎えた水平線からは朝が近いことを知らせていた。
東の海。その果てからほんの僅かに見える光。リアルでは日付が変わるかどうかなのに没頭している世界では夜明けが近いのは妙な気分だ。リアルよりもゲーム内時間は進みが早い。もう数分待てば朝日も見えるだろうと眺めていると、後方から足音が聞こえてきた。
「おまたせしましたっ!セリアさん何を見て……って、もう朝なんですね」
「うん。突入するときは夕焼けだったから一晩潜ってたことになるかな。ちょっと日の出を見ていこうか」
もちろんゲーム上での話。リアル換算だと1時間程度である。
ダンジョン攻略にしてはかかったほう。俺も眠くなってきたし、日の出を見たら寝てしまう。
「…………あの」
「うん?」
ボーっと地面に腰掛けて岬から海を眺めていると、不意に俺を呼ぶ声に気がついた。
さっきまで後ろで立っていたのにいつの間にか隣で肩を並べて座っているヒナタさん。いかんいかん、一瞬値落ちしかけてた。
「セリアさんってもしかして……学生さんですか?」
「? どうしてそれを?」
「あっ、ごめんなさい!聞いてはいけないことでしたか!? さっき春休みがって言ってたのでもしかしたらと思って……」
ネット上において相手の個人情報を聞くのは基本的にタブーである。
よっぽど信頼し合った相手や自ら言う場合はその限りではないが、余計なトラブルを持ち込まないためにもそういった話を避けるのはネットに慣れた者において暗黙の了解となっていた。
だから少し警戒したが、すぐに自己解決する。ネットに疎い彼女が知らないのだから無理もない。俺は落ちかけていた脳を整えてヘッドホンの向こうから慌てている彼女に向かって「そうだなぁ……」と言葉をかける。
「個人情報を聞くのは避けたほうがいいけど、俺が口を滑らせたのが悪いしね。そうだよ。春休み中の高校生」
「あっ、やっぱり!私も今年18なので同世代ですね!!」
まぁ偶然。
この広大なネットの世界において同世代と一緒になるなんて。アフリマンを倒したメンバーが全員同世代というのもよっぽどな運だが、それはそれとして今回も中々の偶然だ。
しかし18……18か……。
「……年上か。なら敬語使ったほうが?」
「い、いいえっ!この世界ではセリアさんのほうがよっぽど先輩なので今まで通りでお願いしますっ!!」
今年俺は17。これまでずっと不敬だったことに冷や汗かいたが今まで通りでいいという言葉にホッとする。
でも知らなかったとはいえずっと先輩ヅラしていたのは気まずいな。彼女は気にしないだろうけどなんとなく俺の心持ち的に。せめて何かこう……賄賂的なものでも…………
「――――おっ」
自らも何が入っているのかよく覚えていないバッグの中身。
彼女に渡せるような面白いものでも無いかなと探していると、ふと面白いものが目に入った。
「セリアさん?」
「ヒナタさん、こういうのって、いる?」
「こういうの?……って、これは装備、ですか?」
俺が不意に声を発したことで不思議に思ったのだろう。
気になるような声で俺の名を呼ぶ彼女に向かってトレード画面を表示させ、今見つけたものを手渡す。
「ヒナタさんの装備見たけど、見た目変更してない弓使いの格好だからさ。こういうオシャレ装備はどうかなって。お近づきの印というか、ダンジョン突破記念的な?」
俺が渡したのは一組の装備。オシャレ装備というやつだ。
装備の性能そのままに見た目だけ変更する機能。大抵強くなっていくと装備は無骨になったり奇抜になったりするから、見た目だけでも変えられる機能が重宝されるのだ。俺の桜花装備なんて最たるもの。
「おしゃれ装備……」
「あっ、安物でゴメンね!これしか今渡せそうな手持ちがなくって……!何ならもっといい装備でも――――」
「―――いいえ」
おしゃれ装備といえどもその値段はピンキリだ。
俺の持っていた装備はたまたま素材を拾って暇つぶしに作ったもの。価格にして1000円といったところだろう。100万をゆうに超える桜花と比べたら安物にも程がある。
初心者への贈り物は相手の楽しみを削ぐことから避けたいが、このくらいの装備なら許容範囲だろう。
それとも、もしかしたら安物すぎると怒られるかもしれない。暫くの沈黙に嫌な予感が一瞬駆け巡ったものの、3文字の言葉で彼女はそれを否定した。
慌てる俺に冷静な彼女。彼女はおもむろに立ち上がって現在着用している装備を解除し、渡した装備を一つづつ着用していく。
「どうでしょうセリアさん。似合ってますか?」
「…………あぁ。凄く似合ってる」
俺が渡した装備。それはシンプルな制服だった。
一言でいえば黒のセーラー服。ワインレッドのタイに膝下までのスカート、黒いタイツに黒のローファと、昔ながらのシンプルなセーラー服だ。
シンプルだからこそ似合う。特に黒と青のインナーの髪が映えて美しさが激増している。
色々と考えた末に出たのは何のひねりもない感想。
しかし彼女はお気に召したのか「ふふっ」と柔らかく笑って再び俺の隣に腰掛けた。
「ありがとうございます。ずっと大切に着用しますね」
「ずっとって、大げさな。もっと可愛いおしゃれ装備もあるんだから、手に入れたらそっちに乗り換えなよ」
「その時はまたセリアさんに送ってもらうことにします。私が頑張ったらまたくださりますよね?」
「まぁ……そりゃあ…………」
なんの曇もない瞳に思わず顔を逸してしまう。
すると同時に、一筋の光が俺の目に入って思わず眉間にシワが寄った。
日の出だ。海の向こうから現れた太陽が俺たちを眩く照らす。
荘厳な太陽の光。ゲームでもその感覚はリアルでも変わらず、隣に座る彼女も小さく感嘆の声を上げた。
「初日の出、ですね」
「……今は3月だよ?」
「私達がお近づきになってから初めての、ですよ」
「そう言われたらそうかも知れないけど……」
それは初日の出と……言うべきか?
色々と議論の余地はあるが本人が良いのであればそれ以上追求することもないだろう。
しかしこうしていると本当の初日の出を思い出す。あのときはみんなと一緒にリアルの海に行って、本当の日の出を見たっけ。もう随分昔のことのようだ。
「……あの、セリアさん」
まだ半年も経っていない昔のこと。かつての思い出にデジャヴを感じて懐かしく思っていると、ふと俺を呼ぶ声に気がついた。
隣を見れば光に照らされたヒナタさんがまっすぐこちらを見ている。心なしかその表情は真剣なもののように思えた。
「セリアさん、私このゲーム、すごく気に入りました。これからも続けようと思います」
「それは……良かった教えたかいがあったよ」
「はい。だからこれからも……これからも一緒に私のことを導いてくれますか?」
ジッと、彼女は俺の回答を待つ。
不安げな瞳。ゲームのキャラは無表情で何の感情も読み取れないはずだがそんな心を読み取った。
俺はそんな彼女を見て優しく首を縦に振る。当たり前だと。当然のように。
「もちろん。春休み中も、終わってからも一緒に遊ぼう?」
「っ……!はいっ!!」
大事な初心者を逃すなんてもったいない。
こういった子が後々大成して後続へと続いていくんだ。
俺の返事に笑顔を取り戻した彼女は再び視線を海へとやる。
俺たちはその後もしばらく、太陽が完全に登るまで隣り合いながら海を眺めているのであった。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「社長!社長!!」
「………んぁ?寝ちゃってた……なぁにぃ?」
東京某所。
少女は隣で机に突っ伏していた女性を叩き起こす。
女性は不本意な睡眠だったのか、辺りを見渡して現状を把握しつつ、意識を呼びかけた少女に向ける。
「王子様が!王子様がこれからも一緒に遊んでくれるって!!」
「王子様……?あぁ、陽――――じゃなかった。白馬の王子様ね。よかったじゃない」
「ええ!今日もたくさん助けてくれたし、やっぱり本当の王子様よ!」
まだ寝ぼけている女性は興奮している少女を見て暖かな目を向ける。
頬杖をつき、我が子を見るような気持ちで。
「もう王子様にメロメロだねぇ」
「最初は私もゲームの中だしそういうのは……って思ってたけど、通話で話したら優しいし今日だって服をくれたのよ!しかも同年代!これはもう脈アリってことよね!?キャー!!」
女性はひとり盛り上がっている少女を見てヤレヤレと肩をすくめる。そして部屋の中にある一点に目が入り、優しくポンポンと肩を叩いた。
「ねぇねぇ、ちょっといいかい?」
「なに社長?私はこれから送ってくれた服を来て1人撮影タイムに入るんだから――――」
「それもいいけどね、見てご覧。アレを」
「アレ…………?」
そう言って女性が示したのは部屋の一部分。
そこにあるのはただの壁だ。しかし時計が掛けられている。女性は促されたことで冷静になり、時計に表示された時刻を見て「あっ……」と言葉を漏らす
そして社長は告げた。内に燃える怒りを抑えつつ、我が子にも等しい少女に当たり前のことを。
「とっくに日付変わっているんだから、学生さんは早く帰りなさい?ねっ?」
「…………はい」
それは当然の言葉。
肩には力強い女性の手が握られている。少女は目の前に現れた有無を言わせぬ迫力に、ただただ素直に頷いたという。
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