203.守るから

 潮風香る古びた灯台。波しぶきが聞こえる岬の手前に俺は1人降り立った。

 そこはまるでサスペンスでよく見る最後の舞台のよう。あちらでは大抵誰かが落ちたり追い込まれたりするものだが、ゲームでは落ちたところで大した影響などありはしない。多少体力が減少する程度で下にいる敵は雑魚。もう一度乗り物に騎乗さえすればふわりと元の位置に舞い降りることだって簡単だ。


 しかしそれは俺から見た時の話。

 初心者が気を抜いて足を滑らせれば崖下に真っ逆さま。それでHPが全損することはないが、ウヨウヨいる雑魚敵からタコ殴りに遭って結局はやられてしまうだろう。


「―――あんまり前に出すぎて落ちると大変なことになるよ」


 降り立った視線の先。

 岬の先に立っていたのは1人の女性キャラだった。

 俺の声に彼女が振り返れば、長い黒髪が風に揺られて青のインナーカラーがハッキリと表れる。

 目の下の泣きぼくろがトレードマークの少し鋭い目つきが俺を収め、誰かを認識すればフッと目尻が下がって柔らかな表情へと変わっていく。


「―――大丈夫ですよ。落ちたらセリアさんが助けてくれますよね?」

「いやまぁ助けるけど。でも危ないということには変わりないような……」


 凛とした女性の声が聞こえた。

 理知的でしっかりとした意思を持っており、なおかつ安心感と優しさを感じられる声。

 根拠の乏しい"大丈夫"に戸惑いながら突っ込むもクスリと笑うだけに留め、もう一度振り返って遥か彼方の水平線に目を向ける。


「いいですよねこの世界。ゲームだというのに人もたくさんいて……。本当に世界がもう一つあるって感じがします」

「一番人気のMMOだしね。この海の先にも世界は広がってるんだよ」

「本当ですか!?楽しみです……!」


 そう言って嬉しそうに目を輝かせるのはヒナタさん。春休みに入って新たに知り合った友人だ。

 春休みに入ったばかりの2日前。手配書で敵を探しに森へ入った際、助けることとなったプレイヤーである。

 あの後とっとと立ち去ろうと思ったのだが、彼女に捕まりゲームについて指南することに。結果文字変換すらおぼつかなかった彼女のパソコンスキルも、2日で会話できるくらいには成長した。


 そしてもう一つの成長というか判明というか、俺が"彼女"と呼ぶ理由が――――


「セリアさん?セリアさ~ん」

「えっ!?あぁごめん、何?」

「いえ、ずっと返事が聞こえないものでしたから……。ごめんなさい、やっぱりこんな時間に呼び出して眠かったですよね……?」

「そんなことないよ。今は春休みだし朝まで余裕だからね!」


 ヘッドホンから聞こえる寂しげな声に俺は努めて明るく返す。


 彼女と呼ぶ理由は、今現在においてボイスチャットでやり取りしているのだ。それもボイスチェンジャー無しで。


 その理由も、昨日ゲームについて話している最中「ボイスチャットでやり取りする手もある」と伝えたところ、思いの外彼女が食らいついてあれよこれよと導入することが決まった。

 しかし彼女はパソコン操作について文字変換さえ知らなかったほどの初心者。ボイスチェンジャーの設定において手も足も出ず、諦めて生声でやり取りすることになってしまったのだ。

 もちろん生声の危険性を伝えたのだが『セリアさん以外と通話することもありませんから、大丈夫ですよ』とのこと。こちらに全幅の信頼を置いて大丈夫か?と俺が驚くほどだった。


 そんな一抹の不安を抱えながらの今日。

 今夜も彼女の育成のために俺は武器を担ぐ。今回挑むのは灯台の地下に広がるダンジョンだ。


 レベル20で挑むことになるダンジョン。

 まだまだレベルの低い初心者向けということもあって基礎的な操作さえできれば難なく突破できる難易度だ。

 俺にとっては2轍明けであっても余裕のレベルだが、初心者にとって未知のダンジョンは壁となる。ゴクリという音につられて彼女を見れば、心なしか弓を握る手にギュッと力が入っているように見えた気がした。


「平気だよ。ヒナタさん」

「えっ?」

「昨日教えたことを実践すればクリアも簡単だから。それにもし何かあっても………」

「何かあっても……?」


 言葉を紡ぐ前に自らの杖を見る。


 そうだよ。何のために俺はこの杖を担いでいるんだ。

 ともに激闘を潜り抜けた愛用の杖。抜刀と同時にサクラの花びらが舞い、垂直に地面へ叩きつける。


「………俺がヒナタさんを守るから」

「っ―――――!!」


 それは自分を鼓舞する一言でもあった。

 油断大敵。俺も初心者と二人でダンジョンに潜ることなんてなかったから少なからず緊張していた。

 全滅するのが怖いのではない。どれだけ干渉するべきかわからず怖いのだ。ダンジョンでああしろこうしろと指示をするようになってしまい、彼女が嫌になってゲームから距離を置かれたら寂しい。でも頼まれた以上全くアドバイスしないということもありえない。未だ測りかねる距離感。そんな不安を払拭するように自分自身にも言い聞かせる。


「そ、そうですよね! セリッ……セリアさんがいればだいじょうっ!ぶ!ですよねっ!!」

「ヒナタさん……?」


 自らを鼓舞し、彼女を元気づけるためにも放ったセリフ。しかしその様子は俺の予想とは全く異なるものだった。

 突然フラフラとまるで酔っ払ったかのように安定しない歩行。もう5メートルほど歩けば突入地点なのに千鳥足で、ひいては後方に後ずさりしていく。


 こんなデバフ存在したか……?慌てて彼女にカーソルを合わせて確認するが至って健康体だ。しかし操作が、それどころか口調がおかしい。


「わっ!私も! 私の全てをお預けしますのでっ!よろしくお願いしまっ――――ひゃぁぁぁぁぁ!!!!」

「ヒナタさん!?」


 フラフラと揺れ動くその千鳥足は最終的に空を踏んだ。

 ここは岬。その崖に透明な壁は存在せず、踏み外したものは落ちゆくのみ。後方へと後ずさりしていった彼女はそのままなにもないところへ足を踏み込み、ボイスチャットに流れる絶叫とともに下へと落下していった。


「ヒナタさん!大丈夫!?」

「ごめんなさ~い!大丈夫です~!」


 慌てて崖まで駆け寄るとなんとか無事を知らせる声が聞こえてくる。

 その言葉にホッとするのも束の間、すぐにゲームから流れる音楽が戦闘用BGMに切り替わった。自分またはパーティーメンバーの誰かが交戦状態になったことの合図だ。


 俺はレベルが高いから当然、雑魚敵に絡まれることはない。そして今パーティーを組んでるのはヒナタさんの二人。つまりこの交戦は……


「セリアさ~んっ!助けてください~!!」

「………しょうがないなぁ」


 まもないうちに崖下から聞こえるのは涙声。

 やっぱり、敵に絡まれたのは彼女のようだ。俺はひとつ息を吐いて呼び出した白い馬にまたがる。

 降りたところに待ち受けていたのは、今か今かと待ちわびていたモンスターたちが一斉にヒナタさんへ襲いかかる姿。

 俺はそんなモンスターたちをホーリーパニシュで一斉に仕留め、涙声になった彼女をなだめてゆくのであった。

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