第2部
第1章
201.はじまり
『頼むっ!見るもおぞましいあのバケモノを倒してくれっ!!家族の仇なんだっ……!』
「あぁはいはい。今回はあいつね。わかりましたっと」
涙ながらに告げられる悲痛な叫びに、俺は頬杖を付きながら適当な返事とともに『はい』と選択する。
失礼にもほどがある対応。しかしそんなことも気にもしない男性は、途端涙を流す様子から安堵の表情を浮かべて羊皮紙を手渡した。
手渡されたそれは一枚の手配書。
"WANTED"との文言とともにおぞましく描かれたモンスターが乗せられていて、所々に付着した血がその不気味さを何倍にも引き上げている。
きっとこの村の住民には手に負えないものなのだろう。手渡された紙を見た他の人々は一斉に苦い表情を浮かべている。しかし俺は"この程度のこと"など気にすることは無い。さっさとモンスターが出現するというフィールドにワープを行う。
気にすることすらしない理由は簡単。もう何度も行ったやり取りだからだ。
ここはゲームの世界。
何十何百何千と数多くの人がリアルタイムで世界を共有し、時間を分かち合う大型MMORPG『Adrift on Earth』
数あるMMORPGの中でもトップに位置するこのゲームは、長年運営されてきた中で幾つものコンテンツが実装されてきた。そして今回挑むコンテンツは"手配書"と呼ばれるもの。
手配書とは過去に猛威を振るって人々を絶望へと突き落とした……という設定のモンスターを狩るシンプルなコンテンツ。
ゲームを始めた1年以上前から習慣的に行っているコンテンツ。これがなかなか美味しい。広大なフィールドが幾つもあるこの世界、ワープするのにもお金がかかるのだが、手配書の報酬で貰える報酬で余裕でペイできるほどなかなか素晴らしいコンテンツ。敵一体を見つけ出して狩るという簡単なお仕事だ。
それほどまでに美味しいのだからとっくに習慣化してしまった。だからこそさっきの男の悲痛な叫びも飽きるほど見てきた。
男の仇が毎週毎週復活するのもどうなのかと思うがゲームだから仕方ない。ゲームのコンテンツである以上、そこらへんの許容は大事なのだ。
今回討伐するのは"サウザントアイ"というモンスター。その名の通り幾つもの目を持つモンスターだ。
スライム状のモンスターだがその体内に多くの目が収められており、体内からギョロギョロとした目が透けてるから、傍から見れば文字通りバケモノとなるだろう。
けれどこいつはレベル50のモンスター。現状カンストであるレベル100の俺から見たら1~2発の攻撃で倒せる雑魚である。
実装された当初は中々に強敵だったろう。しかし悲しいかなバトルのインフレはあっという間にかつての強敵を雑魚へと変貌してしまう。
そんなこんなで森の中へと降り立った俺は早々に白い馬へまたがって上空へと飛び出していく。
「さて、敵はどこだ~?」
飛び上がったのは移動が便利なのはもちろんのことだが、肝心のモンスターがどこに居るのかわからないからだ。
このフィールドの何処かにいるのは間違いないが、どの地点かは出現位置がランダムのため実際に飛び回ってで確認する必要がある。近づいたらシステムが教えてくれるとはいえ基本的にしらみつぶしに探していくほかない。
白いローブと空飛ぶ馬。まさしく魔法学校の映画に出てきそうな姿でフィールドを飛び回る。
こうして風の切る音を感じながら飛んでいると、現実でも飛べてしまうんじゃないかという錯覚に襲われる。実際に空を飛べたら……そうだな……まず移動時間が減るから学校はギリギリまで寝られる。それに海や山へ散歩感覚で行くこともできるだろう。まさに夢のような魔法。実際には飛べないのだから夢でしか無いのだが。
――――手配書に記された敵を発見しました――――
「おっ」
ボーっと妄想に頭を働かせながらマップの隅々を雑巾がけのように回っていくと、ピコンとしたシステム音とともにそんなアナウンスが表示された。
これこそが目的の敵に近づいたという合図。今回は随分と見つけるのが早かったな。俺は真っ直ぐ滑空していた状態から手綱を動かして地面に向かって急降下していく。
「いたいた。待ってろよ〜。すぐに仇を取ってやるからな~」
枝草を抜けて見えてきた地面。
それこそ俺の目的である"サウザントアイ"。空からでも視認できる目玉が中々気持ち悪い。しかし俺にとっては雑魚、降り立って10秒もせずに仕留められるだろう。魔法を放つために急降下を続ける。
「おや…………?」
しかし、降りていくその足は地面を踏むことがなかった。
蠢く目玉。そいつが普通とは思えないくらいに歩き回っていたからだ。少し遠巻きに観察してみれば四方八方に向けているはずの敵の視線は一方向だけに向かっている。これは……
「――先客がいたか」
どうやら既に交戦中のようだ。
敵の表示は赤。戦闘中の合図。そしてサウザントアイに向かい合う1人のプレイヤー。
指名手配のコンテンツは対象が誰かと被る時もままある。別に横殴りしてもいいのだが1~2発で倒せる以上それは中々叶わない。こういう時は倒されるのを待つのだ。また数秒待てば
「…………?」
――――そう思って上空で倒されるのを待っていたのだが、待てども待てども倒される気配がない。
俺だったら5秒で倒せる敵だ。しかし10秒、20秒と待てどもHPが0にならない。それどころかまだ1割も削れていなかった。
まさかと思ってサウザントアイに敵対するプレイヤーにカーソルを合わせ、詳細を確認する。
「………初心者さんか」
サウザントアイと交戦しているプレイヤー。それはどこから見ても初心者だった。
そこに表示されているレベルは15。同時にウインドウへ出現した装備画面にはどれもこれも初期装備のものばかり。
慣れた者が1から始めたのならば10レベルになる頃にはすべての部位の換装が終わるはず。なのに15レベルの今になっても初期装備のままということは、間違いなく初心者の証である。
初心者の存在は何も珍しい話じゃない。しかしレベル15でサウザントアイに挑むのはシンプルに無謀だ。
レベル15がレベル50に挑む。それだけで無茶なのは誰がどう見ても理解できるはずだ。
一応この敵が通常攻撃をしないタイプ、地面に表示される予兆を避けていけばダメージを負うことはない敵であることが幸いだ。攻撃中も移動し放題な弓のおかげで未だプレイヤーのHPはマックスである。しかしこのまま倒すのを待っていても10分は眺めることになるだろう。
さてどうするべきか…………
「あっ!?」
このまま空で応援するか、横殴りするか悩んでいると、不意にプレイヤーのHPが一気に削られているのが目に入った。
おそらく長い戦闘で集中力が切れたのだろう。一発喰らっただけで全快状態から残り1割へ。あと一発喰らえば間違いなく倒れてしまう。
初心者にとってここは魑魅魍魎のエリア。森の奥深くで襲ってくる敵も多い。その上飛ぶことはおろか移動速度アップの乗り物にすら乗れない。HPが削られるのを見るやいなや俺は迷いなく地上へ急降下した。
「悪いな……貰ってくぞ!!」
駆け下りた先はプレイヤーと敵のちょうど真ん中。
マウントを飛び降りて狙いを定めるはサウザントアイ。
敵に向けて杖を取り出し、切っ先に取り付けられた宝玉をまばゆく発光させる。
「ウインドカッター!!からのぉ………」
俺が愛用するジョブは主に回復を中心に構成されている。しかし当然攻撃魔法も備わっている。
バ火力のセツナが火・雷・闇で構成されている一方、こちらは風・土・光がこのジョブに与えられた属性だ。
地面に降り立って真っ先に叩きつけたのは詠唱のいらない風魔法。威力は低いが取り回しの良い魔法だ。そして間髪入れずに詠唱を重ねていく。
『キシャァァァァ!!』
サウザントアイの雄叫びが俺に向かって放たれる。
目しかないスライムのどこにそんな咆哮が出せる口があるのか。冷静な俺はそんな敵を一笑に伏し、詠唱の終わった杖を天高く掲げる。
「――――光よっ!!」
――――パァン!!
辺り一面を覆い尽くすほどの白い光に覆われた。
これこそ光魔法の最大攻撃魔法、『ホーリーパニシュ』。辺りにいる敵全員に大ダメージを食らわせ、暗闇・
しかしこの場においては過剰そのもの。一瞬の光が消える頃には目標であるサウザントアイはもちろん、辺りに蠢いていた雑魚敵も根こそぎ光に飲まれて消え去ってしまった。
チラリとログを見れば数多くの敵が倒された表示と、サウザントアイ討伐に伴う報酬の受け取りが確認された。
これで目標は達成された。あとは…………
次に向かった先は初期装備の初心者さん。まばゆく光を放っていた杖を納刀し、そちらへ顔を合わせる。
「大丈……おっと」
『大丈夫でしたか?』
つい普段からボイスチャットをしていた癖でマイクに向かって喋りかけてしまったところをゲーム内チャットに切り替える。
同時に得意の回復魔法で1割だったHPを回復させるのも忘れない。するとしばらくジャンプで意思表示していた初心者さんは棒立ちになるやいなや『あ』とだけチャット欄に表示させ再び棒立ちに戻った。
『ありがとございます。たすかりました』
『横殴りして平気でした?』
『よこなぐり?』
『途中で加勢することです』
『ああ、たすかりました。てきいて、ほうこくできなかったので』
キーボード操作も初心者さんか?随分とたどたどしいチャットだ。
しかし報告……そうかクエスト報告か。俺も覚えがある。1年前始めたての頃、敵に絡まれながらなんとかここまで報告に来たっけ。二度と来るか!って悪態ついたけどそうかここだったな。
そして報告したNPCが立ってた場所はちょうどサウザントアイが居た付近…………あぁ、そういうことか。
どうやら初心者さんは俺が悪態付いたクエストをちょうどやっていたのだろう。そして報告するNPCの近くにサウザントアイが居て絡まれるせいで報告できない。それで自分で倒そうとしたわけだ。
なんという不運だろう。だからといってレベル15で50の敵に挑むのは無謀にもほどがある。
『これで報告できそうですね』
『はい。あなたのおかげです』
『私はなにもしてませんよ。それじゃあ、良い冒険ライフを』
初心者さんは大事にしなければならない。新規の居ないコンテンツはすべからく衰退の一途をたどるからだ。
ぞんざいにしてもいけないし、だからといって過剰に構うと相手の楽しみを奪うことになってしまう。
だからベテランがやることは遠くから応援することのみ。今回の加勢も正直綱渡りだったのだ。
そんな心配も杞憂で済みホッとした俺は早々にこの場から立ち去ろうと白い馬を呼び出す。
『まって!!』
「………うん?」
そう思って飛び去ろうとした寸前、呼び止めるような言葉がチャット欄に飛び出した。
慌てているのか何度もジャンプしてアピールしているよう。まだなにかあったかと俺は降りて再び向かい合う。
『どうしましたか?』
『あの……これからもいろいろおし』
おし?推し?押し?教?
途中で送信したような文言に俺は首をかしげる。
すると間髪入れずにチャット欄へ更に言葉が出てきた。
『これからももっと、ともだちになってくれませんか?』
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「たっだいま~!! いや~、ごめんね遅くなって~。手続きに思ったより時間かかってさ~!」
深夜。東京某所。
まだ冬の寒さが残る春の某日。学生の世間的には春休みに入ったばかりだろう。しかしそんなことも関係ないのは社会人。
そんな1人であるスーツをピシッと着こなした女性は軽い口調で大量の書類を片手に扉を開け放つ。
目に飛び込んだのは明るい事務所の一室。
暖房が効いていて暖かい、無機質な机と椅子が並べられた部屋を眺めると、奥の方でジッとノートパソコンを食い入るように見つめている少女を発見して近づいていく。
「どうどう?楽しんでる?私が勧めたゲームは」
「…………」
「おぉ!レベル15! 2時間にしては随分進んだ方だね~!」
覗き込んだノートPCに表示されていた画面を見て女性は笑う。
相手が黙っていても構いやしない。気にせず話すのが女性の持ち味なのだ。
「さてさて、2時間やってもらったけどゲームは気に入ってくれたかな?」
「…………社長」
荷物を適当に置き少女の両肩に手を添えると、凛とした声がその名を呼んだ。
普段どおりの自信と凛々しさを感じる少女の声。しかしその内に震えが含まれていることに女性は気づく。
「社長、どうしよう……」
「………なにかあったの?」
次に出てきた少女の言葉は震えを隠さないものだった。
何事か起きた証。ただ事でない少女の様子に女性のトーンは真面目なものに切り替わっていき、次の言葉を待つ。
「どうしよう……私……白馬の王子様に会っちゃったかもしれない………」
「………はっ?白馬の……王子様……?」
しかし、次に出てきた言葉は女性にとって拍子抜けする言葉だった。
どういう意味かと事務所内を見ても白馬なんてもちろん見当たらない。次に少女の目の前にあるのーとPCを見れば、そこには二人のプレイヤーが森の中に立っており、1人は白馬に乗っているようだった。
「これは…………」
白馬の王子様とはこのことか。
女性は一瞬のうちに気がついた。なぜそのような感想に至ったかは不明だが、片方は少女のキャラだからおそらく間違いない。
そしてさらに、プレイヤーの上に表示されているキャラ名を見て女性はすぐにピンと来た。
「この名前は…………」
この名前は見覚えがある。どこぞの元アイドルがご執心で、自らこの者の身辺調査をしたのだから忘れるはずもない。
だからこそ女性にとっては一瞬のうちに理解した。何があったのかと。そして白馬の王子様の
「あぁ〜。あの子はほんっと……ロワゾブルーキラーというかなんというか…………」
「社長?」
「あぁいや、なんでもないよ。気にしないで」
「そうですか……。それで、もう手続きは終わったんですか?」
パソコンから目を離した少女の言葉に女性は「もちろん!」と高らかに声を上げる。
先ほど置いた紙袋から取り出したのは一つの封筒。それを少女に手渡す。
「中身はちゃんと確認しておいてね。今は春休みだから……それが終わったらあの子達のところへ行けるよ」
「ありがとうございます。すみません、無茶なこと言って」
「いいのいいの!タイミングよく同じような計画立ててたから渡りに船、ついでってやつさ!」
渡りに船?少女はなんのことかと頭を疑問を抱いたが、社長のイタズラ好きと腹黒さはいつものことだからと直ぐに思考を放棄する。
改めて見た封筒の表面に書かれたのはとある学校の校章。そして中身を取り出して見えたのは"転入届"の文字。
「今まで"向こう"でお疲れ様。これでロワゾブルーの3
「―――もうちょっとで会えるよ。待っててね。若葉、灯火…………」
少女はギュッと書類を抱きしめる。久々に会うことのできる仲間と、新たに憧れに加わる王子様に思いを馳せる。
そしてそんな様子を見ていた全てを知る
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