199.上か下か

 ドォォン………!!


 ゴロゴロ………!!


 バコォン………!!


 爆発や雷、暴風が辺りを壮大に巻き込み四方八方へと降り注ぐ。

 それは一つ一つが地面を軽くえぐるほどの衝撃。轟音とともに光り輝くエフェクトが画面いっぱいに光り輝くが実際に地面がえぐれることは決して無い。更に言えば他の人が巻き込まれてもびくともしない。それはこの世界の都合。万人にとって当たり前に等しくなった都合のいい常識。

 そんな衝撃波を伴う技を、一人の少女は轟音とともに嬉々として撃ち放つ。そこらに湧いた異形の生物に向けて。


「あはははは!!燃えろぉ!!ぜぇんぶ燃え尽きなさい!!」

「…………うっわぁ」


 おれはそんな少女の横に立ち、撃ち放たれる技を眺めながらドン引きの表情を浮かべていた。

 異形の生物は果敢に、真っ直ぐこちらに向かってくる。しかし一匹たりともたどり着くこと無くエフェクトに巻き込まれて消えていく。

 まさにどちらが脅威なのかわからない。傍から見ればこちらが悪側かと思う光景だが、たしかに俺たちは勇者としての使命を全うしていた。



 ―――QUEST COMPLETE!!―――


 隣の高笑いを聞きながら次々と発動する爆発を眺めていると、そんな表示が突如として画面に現れた。

 終了の合図。隣の少女もそれに気がついたのかフッとその身体から溢れ出す魔力を止め、連続で発動していた爆発も鳴り止ませる。


「……ふぅ、スッキリした! どう?セリア、言った通り余裕だったでしょ?」

「あぁ……そうだな……」


 その満面の笑みに同意をしながら爆発が起こっていた地点を見れば、そこにはさっきの騒動が嘘かのような草原が広がっていた。ついさっきまで魔物がひしめき合っていた草原。それがもう跡形もなく平和な状況だ。



 春休みのとある日中。

 俺はセツナ――那由多とともにゲームの世界を旅していた。

 今日攻略するのはいつもながらの地図コンテンツ。数少ない情報から指定の場所を探し当てて敵を倒し、報酬を得るものだ。

 このゲームは盾職以外は敵の攻撃に弱い仕様上、誰か盾役を連れて行けばと進言したが共に旅するセツナは「そんなもの必要ない」の一点張りだった。

 そうして一抹の不安を抱えて挑んだ戦闘。彼女は草原フィールドの中でも細まったところに敵を誘い込み、自らの持つ範囲特大魔法をもって攻撃を一発も喰らうことなく殲滅を成し遂げたのだ。

 まさにスパルタが成し遂げたテルモピュライの戦いのよう。苛烈な魔法を次々と放つ姿がまるで日頃の鬱憤を晴らしているように見えたのは心の奥底にそっとしまっておく。



 しかし俺の曖昧な返事に不満を持ったのか彼女はムッとした顔で俺を覗き込んできた。


「なによ~その返事は~。無事無傷で殲滅出来たんだからいいじゃない」

「ちょっ……!おい那由っ……!脇腹を突くなっ!!」


 ツンツンツン!

 横からの物理攻撃にPCへ向かう俺の身体は変な方向へ曲がってしまう。

 今日は殆どの学校が休日。ノートPCを手に俺の部屋へやって来た那由多はベッドの上で横になりながらゲームを起動していた。 

通話を介さないからやり取りはラグなくスムーズに行われはするが、たまにこうやって物理攻撃も飛んでくる。そのどれもが可愛らしい攻撃なのだが、ひっつかれるのがその……やり辛い。


 今だって脇腹を突くだけなのに背中に身体をくっつけて肩に顎をのせている。くすぐったさとともに鼻孔をくすぐる香りが漂ってくるのだから俺の集中力はボロボロだ。


「え~、こんな可愛い子に言い寄られて嬉しいくせに~」

「それは……。そ、そんなことよりも報酬!報酬が待ってるだろ!」


 可愛いと自分で言うかとツッコミもしたいところだったが、実際に可愛いのだから言葉が出ない。

 代わりに誤魔化すようにモニターを指さしながら宝箱を示すと「ブー」とつまらなさそうな文句が聞こえてくるも、やり過ごしている内にスッと乗せられていた頭が離れていく。


「それもそうね。あんまり遊んでて制限時間過ぎても仕方ないし。それで肝心のお宝はっと……」

「ラッシュ系の地図なんて珍しいし、"サクラの枝花"あたり来てくれるといいけどな」

「まさか。もうアンタは幾つも揃えてるんだしそう何度もポンポンと――――」


 サクラの枝花。

 現状地図で出うるアイテムの中で最高レアリティを誇るアイテム。

 そのアイテムは装備の素材に使われ、売値は装備ひとつで家が買えるほど。それ故に俺が持つ装備はアスルたちの協力を得た奇跡の産物で、運を使い切った以上新たな枝花を見る機会は無いと思っていたのだが――――


「…………でちゃった」


 どちらからともなくそんな言葉が漏れ出てしまう。


 ポンッ。

 そんな軽い感覚でチャットログに表示されたのは"サクラの枝花"であった。

 奇跡に次ぐ奇跡。またも地図をやっていてこのアイテムを目にする機会を得られるなんて。


 そして、今回はこれだけに留まらない。


「……ねぇセリア、サクラも凄いけどこれ、これ見て…………」

「なんだよ。サクラ以外になにか凄いものでも………ってこれは……!?」


 地図で出うるアイテムの最高峰。それはサクラが頂点だ。

 それが目の前に出た以上もう驚くことはなにもない……そう思われたが、事態はこれだけに留まらない。俺たちが開けた宝箱。そこからは大きな大きなトランプが一枚浮かんでいたのだ。


「HiGH & LOW……」


 少し前のバージョンアップで実装された"HiGH & LOW"システム。

 内容的には一般的に知られるトランプのHiGH & LOWと同じものだ。まず1枚目を捲って次に捲るカードが1枚目より高いか低いかを当てる単純なもの。そしてこの地図コンテンツにおいては当たるたびに報酬が増えていくシステム。1回当てれば報酬が2倍に、2回当てれば3倍に。理論上100倍1000倍も夢ではないシステムである。

 しかしもちろんデメリットも無くはない。当たればいいのだが、外れてしまえば報酬は0。つまり全没収である。


 まさかサクラが出た上に倍になるチャンスが生まれるだなんて……。うまく行けば相当量のお金がこの手の内に……!!


「セツナ……どうする……?」

「……報酬だけ受け取ったらまたイチャイチャしようと思ったけど、サクラが増えるチャンスが来たとなれば後回しにするしか無いわね……!!」


 恐る恐るベッドの那由多に問いかけるもその瞳は炎に燃えていた。

 なんだかんだ共にアフリマンを倒すほどのゲーム好き。こういった時に燃えるのは俺も彼女も変わらないらしい。しかしイチャイチャは勘弁して欲しい。雪に見られたらまた面倒なことになるんだから。


 だが燃えるのは同じこと。俺も居住まいを正してモニターの前に座りなおす。すると目の端に映った那由多がなにかポケットを弄ってあるものを取りだしている姿が気になった。


「なぁ、それは?」

「これ?そう言えばアンタに見せるのは初めてだったわね。あたしの眼鏡よ。模試の時とか集中する時にはよく付けるの」

「…………へぇ」


 彼女が取り出したのはメガネケース。そして紺色のメガネを身につける。

 そのままモニターに向かって少しだけ考える仕草を見せる。


「…………上ね」


 ピロン!

 その呟きと迷いないマウスクリックと同時に正解するような音が聞こえてきた。

 彼女の読み通り、その回答は見事正解を果たしてアイテムの報酬が2倍に増える。


「おぉ……!」

「ふふんっ、こんなの楽勝よ。さ、次行くわよ」

「次も行くの!?」

「当たり前じゃない!サクラなのよ!増やしまくるに決まってるわ!」


 確かにサクラは貴重品。増えれば増えるほどいいのだが……。

 俺がそう手をこまねいている間にも彼女はピロン!ピロン!と次々に上に下に選択肢正解の音を鳴らしていく。

 運が殆どだというのに迷いない動き。それとも天才少女らしく計算の上での正答なのだろうか。


「上!……次は下!」

「…………」


 真剣な表情で頭を回転させている那由多の横顔をボーッと眺める。

 メガネを付けた真剣な姿……それはどことなく姉である麻由加さんを彷彿とさせた。

 大人しくて丁寧な麻由加さんと火力魔法バカのセツナで性格は全然違うものの、真剣な横顔は姉妹らしく似ていた。もしかしたら那由多も大人しさを手に入れて1、2年成長すれば麻由加さんみたいになるのだろうか。そう考えていると俺の視線に気がついたのか彼女の視線がふとこちらに向けられる。


「……どうしたの?」

「あっ、いや。なんでも……」

「なによ、気になるわね。もしかしてあたしのメガネ姿に見惚れちゃった?」


 当たらずとも遠からずと言うべきか。

 その姿に麻由加さんを重ねてボーっとしていたのは事実である。メガネに手をかけニヤッと笑って見せる彼女から目をそらしながら頬をかく。


「まぁ、なんていうかその、さすが姉妹だなって」

「姉妹?」

「眼鏡をかけた横顔が麻由加さんそっくりで……あ、似合ってるぞもちろん!」

「…………ふぅん」


 取ってつけたような補足になってしまったが間違いない本心だ。似合っていると思う。

 しかし彼女は俺の言葉につまらなさそうに声を上げ、そのまま掛けていたメガネをおもむろに外してしまう。


「……外すのか?」

「えぇ。似合ってるって言ってくれたことは凄く嬉しいわ。でも、アンタに似合ってるって言われたくもなかったわ」

「それってどういう事…………うわっ!?」


 彼女がメガネを外しながらベッドから降りたと思いきや、突如としてその身体がこちらに迫ってきて思わず声を上げる。

 ポスン、という音の後目を開ければ彼女の姿が。脚にはほんのりと重みを感じ、数センチ正面にはその整った顔つきが見える。


「那由多……?」

「私はお姉ちゃんと似てるから似合ってるって言われたくないの。好きな人には『私だから好き』でいてほしい。いい?女の子には自分だけを見て欲しいって時が必ずあるのよ。わかった?」

「あ、あぁ……」

「ん、よろしい」


 膝上に乗った彼女は肩に手を乗せながら真剣な顔で告げ、俺が頷くと同時に倒れ込むように頬へと唇を落とす。

 対面で抱き合う形。背中に手を回されてギュッと抱きつかれているとポツリとしたつぶやきが聞こえてくる。


「……ホントはお姉ちゃんにすらセリアを渡したくないんだから。それどころかアスルもファルケもいるし、モテすぎよアンタ」

「す、すまん?」

「えぇ、アンタが全部悪いわ。だから最後くらいアンタがやりなさい」

「最後って…………14倍!?」


 最後とはなにか。そう思うのも束の間、彼女は後手に指した先でそれが何なのか理解できた。

 指の先にはPCモニター。そこに表示されていた14倍の文字。彼女は10以上ものHiGH & LOWを突破していたのだ。

 でもそんな、俺が予想するのだなんて……。


「次のカードを見てみなさい。これならいけるでしょ?」


 一体どちらを選べばいいのか。そんな不安を払拭したのは彼女の言葉と表示されているカードだった。

 浮かんでいる大きなトランプ。その中身はジャックJの文字。これは確かに明白だ。俺でも選択することができそうである。


「最後の選択はお願いね。愛する人のカッコいいところを見せて頂戴?」

「あ、あぁ……」


 対面で座っていた彼女は回転するように横に足を放りなげ、俺の首に腕を巻き付けてキャラの操作を見守る。

 俺が手を伸ばすのは愛用のマウス。カーソルを下の位置へとそっと合わせ、ゆっくりと指に力を込めた――――



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――




「それじゃ、今日は楽しかったわ。ありがとね」

「…………そうだな」


 陽も沈んでいく一日の終りが近くなった頃。

 俺は自らの部屋に帰ろうとする那由多を見送るため玄関へと足を運んでいた。

 明るい声を発する彼女とは対称的に俺の声は低いもの。それもそのはず。さっき完全にやらかしたからだ。


 報酬がどんどん増えていくHiGH & LOW。サクラを賭けたそれは那由多の頭脳と運によって14倍へと突き進んでいた。そして訪れた最後の選択。ジャックJの表示に選んだのはもちろん下、Lowの表示。しかし運命は酷いもので選択後に引いたカードはK。キングであった。

 つまりあの場合上が正解。選択を見事外した俺たちの報酬は見事0になってしまった。


 あれで終わっていれば14倍もの報酬がサクラ付きで手に入れられたというのに。人はチャンスを見逃すのが最も心に効くと言われる。現に俺はさっきの後悔で頭がいっぱいだった。


「全く、ちょっと外したくらいで落ち込みすぎよ」

「でも、あれで終わっていればサクラが14個だったんだぞ……!せっかく那由多が頑張ってくれたのに」


 14個もあったら2人分のフルセットを作ってもまだ余りが出る。そんなチャンスをみすみす見逃してしまったのだ後悔もするものだろう。

 しかし目の前の那由多は一切気にする事無くそんな俺に向かってピンッ!と一発のデコピンを食らわせた。


「アイタッ!」

「そんなの、全然大したことじゃないわよ。アンタは今日一日楽しくなかったの?」

「そんなことは……」

「私は楽しかったわ。何も手に入れられなかったけど、好きな人と同じ時間を過ごせた。それだけで大収穫の一日だったわ」

「那由多……」


 嬉しそうに告げる彼女は柔らかな笑みを浮かべていた。

 本心からの言葉。物ではなく思い出なのだと、そう告げているのだ。


「まぁ、欲を言えば手を出してくれなかったのが減点対象かしら。あんなに誘ってたのに一向に来ないんだもの」

「台無しだよ……」


 彼女の言葉に感動しかけたが、次に出てきた言葉によって俺の心はスッと冷たくなる。

 手を出せるわけないでしょう色々と考えたら。


 しかし彼女は俺のツッコミを気にすること無く踵を返し、扉を開けて一歩外に出る。


「ま、それこそあたしの頑張りどころよ。見てなさい、今度は"お姉ちゃんの妹"じゃなく一人の"那由多"として目を離せなくしてあげるんだから!!」


 その言葉を最後に手を振って俺の部屋を後にする那由多。 

 彼女の前向きな意志の強さ。それは間違いなく魅了されるものであった。

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