194.烙印を押される男
夢オチは俺にとって納得いかない終わり方の1つだ。
なにがあろうと最初からやり直すという古典的パターンの1つ。そこで起こった悲劇は最初から存在しないこととなる、便利な手法だ。
しかし同時に、これまで積み上げてきた全てを水泡に帰することが問題点として挙がる。経験も、繋がりも、楽しい思い出だって全てがなくなってしまうのだ。
だから便利と同時に悲しくもある。ボタン一つで全てが終わってしまうリセットボタンなんて寂しいじゃないか。
俺としては今やっているゲームやアニメなどでそんなオチは勘弁してほしい。……ものの、一方でまた救いの一面もある。
「ねぇねぇ!なんだかすっごく明るくなってきてない!?これもうちょっとじゃない!?」
時は年を越した2日目、その明朝。一人圧倒してテンションの高い若葉が海の遥か遠くを指さして俺たちに話しかける。
もはや影だけでなくすっかり辺りを認識できるようになった砂浜。スマホのライトさえ不要になり皆はただ水平線のその先をジッと見つめている。
丸い地球。そのさきから上がってきている太陽によって赤く輝く水平線。煌々と照らす光が海の向こうにある雲を照らし海と空の境界線がはっきり見えている。
もう間もなく。あと数分で今年2回目の朝日がお目見え出来るという頃。俺たちはジッと固唾を飲んで昇りつつある光を見つめていた。
「あっ!出た!!」
隣から聞こえるその声と同時に、俺もその姿を目に収める。
日の出を阻むように連なった雲のスクラム。それを上から乗り越えるように徐々に頭から姿を現したのは一筋の光だった。
強い光が乱反射して見える光芒。あまりの眩さに顔をしかめながらその光をしかと捉えられた。今年2回目となる初日の出。最初の光から数十秒経てばすっかり太陽はその姿を完全なものとして俺たちを、街を、世界を照らしてくれる。
「きれい………」
誰かがそういった気がした。
全員が光に見惚れるように海の向こうに吸い込まれていた。世界を照らし、暖かくする情熱の太陽。なにも暖かくするのは物体だけではない。その光には見る者の心を沸きたて元気や勇気を与えることだってある。
俺たちも新年の光を直に浴び、心になにか沸き立つものを感じた。眠気も吹き飛ぶようなまばゆい光。それを一身に受けることによって今日も頑張ろうという気持ちになる。
そんな暖かな気持ちにさせる炎。しかし初日の出というのは見て終わりである。綺麗な太陽の夢から覚めれば後は帰るだけ。ここらで何かをすると言っても当然店なんてやっていないし出店だってない。
つまりこれで今日のミッションは終了だ。昨日見ることができなかった初日の出。これを見るために今日は……いや昨日は随分と無茶なスケジュールだった。正直ほとんど徹夜である。だからそう、正直なとこ早いとこ帰って寝たい。
「さ、日の出も見たしそろそろ帰るか」
「えっ……?」
「えって、他に何かすることあるのか?」
目的は果たしたことだしさっさと帰ろう。そうでないと水で遊んでたみんなが風邪引いてしまう。
そう思って踵を返したが、動こうとしない少女たちが気になってふと振り返った。
そこに見た彼女たちの目は…………困惑。そして恐怖。
彼女たちは間違いなく俺をジッと見て、これまでにありえないような表情をしていた。
さっきまで普通に話していたのに。まるで日の出を見て何かの夢から覚めたかのような、そんな感覚。
どういうことか。何故そんな目をするのか。目は口ほどに物を言う。彼女たちのいつもと違う様子を受けて俺も言葉を失っていると、そのうちの一人、若葉が恐る恐る口を開いた。
全員から向けられる恐怖と嫌悪の目。それらを一身に受けながら。
「あなた、誰ですか――――」
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「………夢、か」
眩い太陽の光が差し込む自室。
締め切られてはいるが夜朝の冷気によって寒くなった部屋の中で一人、寝転がりながら呟く。
どうやら俺は夢を見ていたようだ。それも中々の悪夢。
日付と時刻を見れば2日の午前11時。随分と遅くまで寝ていたようだ。
いや、こうなった理由は寝ぼけていてもすぐわかる。床につくのが遅かったから。
眠りというのは不思議なものだ。夢を見ていてもいざ目が覚めると遅くとも数分程度で寝る前の記憶と合致することができる。
その記憶を思い出すと初日の出を見た俺たちは何事もなく帰宅。社長さんの車によってアパートに降ろされると全員眠さでフラフラになりながらもそれぞれの部屋に入っていった。
それがおおよそ8時前。まだ3時間程度しか眠っていないらしい。しかし眠気もない。これもさっき見た夢のせいか。
ゲームなどのシナリオにおいて夢オチは邪道だと思っていたが、今日こそ夢オチで良かったと思わなかった日はない。
今でも鮮明に思い出せる。日の出を見た途端人が変わったかのようにこちらに向けられる嫌悪の目。あんなのをもう一度見ろと言われたら意地でも眠りにつくもんかって思うだろう。
短時間睡眠にも関わらずすっかり覚めてしまった目も今日に限れば都合がいい。もう11時。昼前だ。これ以上寝ていたら今度は今夜支障が出てしまう。だったら早いとこ起きてコーヒーの一杯でもチャージしたほうが良いだろう。
そう思ってベッドから足を放り出した時、リビングからこの部屋に続く扉が勢いよく開かれる。
「おはよ~!陽紀君!もう朝だよ!!………って起きてる~!?」
それはいつものワンコ、若葉だった。
彼女もロクに寝ていないだろうにそれを感じさせないほど元気いっぱい。むしろ寝ていないんじゃないかとさえ疑ってしまいそうにもなる。
そんな若葉がいつものように俺を起こしに来てくれたがベッドの縁に座っている姿を見て驚きの声を上げる。
「なんで起きちゃうかな~!絶対寝てると思って添い寝しようと思ったのに~!も~!!」
勝手に憤慨しているが俺には知ったこっちゃない。
むしろ目が覚めたら真横にアイドルが寝てるってそんなの驚きで心臓が止ま………らないな。なんだかんだ慣れてきた感さえある。
「悪いな若葉。おはよう」
「でもいいやっ!朝一番に大好きな陽紀君に一番乗りできたもんね!おはよっ!」
そう言って俺の隣へ腰を下ろす若葉。
そのコロコロ変わる表情と屈託のない満面な笑顔を見て俺も安堵する。
さっきの嫌悪なんかじゃない。安心した表情。裏表もなく、表情豊かでまっすぐに『好き』という気持ちを伝えてくれる彼女。そんな色彩豊かでみんなを笑顔にしてくれる若葉だからこそ、俺は――――
「そうか。ありがとな。俺も若葉のこと好きだぞ」
「だからってまた寝ちゃだめだよ~!そうしたら本当に横に潜り込んで…………えっ――――」
そんな返しをするとは思っていなかったのか、言葉の途中で失ってしまう若葉。
驚きに満ちる彼女の頭をそっと撫で、きっと誰かしら居るであろうリビングに向かって歩き出す………も、後方から若葉が俺を掴んでその歩みを止められた。
「……なぁ、歩けないんだが?」
「待って待って!陽紀君っ!いまなんて!?」
「だからっ……その…。俺も若葉のことが…………いやっ!二度は言わないからな!」
再び言葉を紡ごうとするもやはり自分で言ったことが恥ずかしくなり中断させる。
こんなものをホイホイ若葉は言っていたのか!どんな胆力してるんだ!?
「本当に……言ってくれたんだよね……?『好き』って……」
「………あぁ」
「本当だよね……。嘘じゃぁ、ないんだよね……?」
「若葉……」
振り返って見た彼女の瞳には大粒の涙が溢れ出していた。
いつものような楽しい雰囲気での涙ではない。自分では制御できないほどの大量の涙。
「私っ……!ずっとずっと独りよがりだと思ってて……!迷惑かもって……!でも、でもその気持ちが伝わってて私……!!」
「ごめんな、随分と待たせて」
「本当だよっ!本当によかった……。私の頑張りは意味あったんだね……」
涙がこぼれ続ける彼女にそっと手を添える。
随分と待たせてしまった。随分と不安にさせた。だからこそ俺はもう一度彼女と向き合う。
「たぶん、不誠実だって言われるかも知れないけど、俺は若葉
「うん……!うんっ……!」
ようやく持ち上げた彼女の表情に映っていたのは笑顔。
涙で目を赤くしながらもその表情は笑っていた。俺も彼女の言葉にもう一度安堵し、そっと肩を引き寄せる。
――――そしてこの部屋に住まうは一人じゃない。
その人物は、空気を読まず堂々と我が部屋へと足を踏み入れる。
「おにぃ~!いい加減起きないとブランチできちゃうよ~!若葉さんもっ!添い寝もいいですがそろそろ起こさないと……って…………」
「あっ」
そこに現れたのは我が妹、雪。
彼女の眼の前に立つのは肩に手を添える俺と、ガチ泣きしてる若葉。これは……これはまずい!!
「…………。麻由加さん那由多ちゃん灯火さん~!おにぃが若葉ちゃんを本気で泣かせた~!DVだ~!!」
「ちょっ!!」
案の定というかまさかというか。
雪によって唐突に押されるDV男の烙印。
俺は慌てて部屋を脱出し、ありもしない話を流布せんとしている後ろ姿に駆け寄るのであった。
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