192.引っ付き虫


 宴もたけなわ高揚の極み。正月早々始まった宴はピークに達しようとしていた。

 特急で作ったつまみ一同はみんなの手によって楽しくつままれていて幾つか空になっている皿も見受けられる。普段なら宴を楽しみつつも少しづつ片付けにも手を入れ始める頃だ。

 片付けよう……けれど片付けられない。お皿を持っていくだけの簡単な作業のはずなのだからそれさえも叶わない俺は光り輝く天井を見上げた後正面に座る少女と目を合わせる。


「……なぁ、セツナ。今の俺って傍から見たらどんな感じ?」

「そうね……。手元に手頃な杖があったら薬に"エンチャント"にマジックブースト"に"ライフシフト"を重ねがけして極大魔法で葬ってやりたいってみんな思うでしょうね」


 わお。全部魔法使いの火力アップスキルじゃないですか。

 更に放つのは詠唱時間が長い分火力の高い極大魔法。限りなく威力を高めた魔法はモブはもちろんそこらのボスでも粉砕だ。つまり一撃で仕留めると。

 傍目から見たらそこまで恨みつらみを抱かせるというのか……


「ま、聞いたのがあたしで良かったわね。心の広いあたしはアンタのそんなところも許してあげるわ。もちろん、"2人と"同じことをしてくれるなら……ね」

「……善処します」


 続けて言葉を重ねる彼女に俺はハイともイイエとも取らない言葉でなんとか濁す。

 正面の彼女がチラリと視線に収めたのは両隣。俺の隣に引っ付いて・・・・・いる2人だ。


 例えば右を見れば…………


「むぅ~!陽紀君っ!那由多ちゃんとばぁっかり話して……そんなに年下がいいの~!?」

「…………」

「私だって年下だけど陽紀君専用ワンコとして年下だっていけるもん~!」


 いやどういう理屈だ。

 右側にはもはや論理もへったくれもない謎なゴリ押しで引っ付く和装少女。

 そして左側は…………


「陽紀くん……私はあの子のお姉さんですので那由多の代わりだってこなせますよ。……こほんっ!「セ、セリア!アスルよりもアタシ好き……なんですよ!!」」


 右側には堂に入った喋り方でセツナの真似をしたものの、後半にはいつものように敬語混じりとなってグダグダな和装少女。

 引っ付き虫の2人は完全にいつもと違う様子。……右側は若干いつも通り感がしなくもないが、論理破綻からいつもと違うということにしておこう。

 ともかく、普段と違う2人の少女に俺は囲まれ動けずにいた。


「いいわねぇハーレムで。ここにアタシも入ってSNS上げて良い?」

「そうしたら真っ先にそのアカウント炎上するけどいいのか?」

「………やめておくわ」


 まさにこの身を切った脅し文句。

 那由多からの提案に内心どうしようと心臓が高鳴ったが、その言葉は効いたようで取り出そうとしていたスマホを渋々片付ける。


「冗談は置いておくにしてもどうするの?この2人。目覚めるまで放っておくつもり?」

「どうするって言われても……。片方は姉だろ。何かいい方法ないのか?」

「あったらとっくに言ってるわよ。何なら頭から水掛けちゃう?」

「……その後が心配になるからそれはナシで」


 彼女も本気で言ったわけではないのはわかりきってるが、水の提案を否定すると2人揃って息を吐き両隣の少女を見る。

 右の少女は顔真っ赤。左も顔真っ赤。その口元からは揃って中々の酒気を漂わせていた。


 先程突然現れた社長さん。そして持ち込まれた甘酒とおつまみによって急遽始まった謎の宴会。

 麻由加さんと共同作業で作ったおつまみを元手に最初は楽しく飲み食いしていたものの、社長さんが仕事の電話とともに部屋を出て行ってからコトは起こった。

 クラッカー片手にチビチビと飲んでいた高級甘酒。高級と言うだけあって香りからしてアルコール臭は漂っては来ていたもののこれくらいなら問題ないと飲んでいたところに、ヤツが……若葉が現れたのだ。

 「うぇっへへ~」などとだらしない笑顔で抱きついてくる若葉。口から漂うアルコール臭。おぼつかない足に紅潮した頬。一目で理解した。これは酔っていると。まさか甘酒で酔う人がいるなんて思いもしなかったが実際に居るのだから仕方がない。俺の横でベタベタと粘着テープのようにへばりつく彼女をなんとかいなしていると、続いてやってきたのは麻由加さん。


 彼女もまた、強烈に酒に酔っていた。

 その特徴は対抗心。こうして那由多と話しているときでさえ隣から文句の声が聞こえてきているのだ。

 更に若葉に対抗して張り付いてくるものだから結果、2人にホールドされた今の状況の出来上がり。


 しかし決して悪いものばかりではない。

 引っ付いてくる2人を邪魔だと思ったことはないし何よりストレートな好意が純粋に嬉しいのだ。

 更にワンコのように甘えてくる若葉に対抗して麻由加さんも膝枕で甘えてくれるところがすごく新鮮だし、そして甘えたせいか彼女の浴衣が絶妙に崩れているのだ。

 気づいているかどうかはわからない。けれどその胸元が大きく緩み、麻由加さんの持つ大きな胸の谷間が大胆に露出して見下ろす形になっている俺の目に収められている。

 浴衣では下着を付けない、という都市伝説は事実なのかも知れない。上から見える彼女のそれに下着の影は見えないし、そして時折触れるその感触も以前より感じる硬めの感触とは若干違うような気がしたものだ。

 つまりは大変ではあるが嫌ではない。いいぞもっとやれ。


「――――変態」

「はっ!!」


 ここに居るのは酔っ払った2人と俺の3人だけではない。

 俺の緩みきった表情は第三者に見られていたようで、正面の那由多から頬杖つきながら冷徹な言葉が降り注いだ。


「違うぞ那由多。これはそういうのじゃなくてだな、あくまで心配から来るものであって……」

「いいのよ誤魔化さなくても。お姉ちゃんのおっきいもんねぇ。たしかちょっと前に聞いた時は90だっけ?」

「きゅっ………!?」


 サラッと出てくる思わぬ数字に言葉を失ったが1つ咳き込んでなんとか調子を取り戻す。


「ま、まぁ……そういうので人を判断するのもアレだしね。人は中身だよ中身」

「目、泳いでるわよ」


 クッ………!

 目は口ほどに物を言う。これほどまでに自身の誤魔化しの下手さを恨んだのは初めてだ。

 ジト目で睨む彼女を振り払って俺はなんとか攻勢に転じようと言葉を探す。


「そもそも、那由多は酔ってないのかよ。姉のそんなこと言っちゃって不味いんじゃないのか?」

「そうね。確かに普段だったら言うなんてありえないし酔ってるかも思しれないわ。でもそんなのどっちでも良いじゃない。あたしがアンタのことを好きな気持ちはこれっぽっちも変わらないんだし。この数字だってアンタが喜ぶと思って言ったものなのよ」

「…………」


 まるで口にしたクラッカーを2つに割るように、なんてことのない様子で言い放つ彼女に俺は言葉が出なかった。

 本当は酔っていないのかも知れない、でももしかしたらやっぱり……。飄々とした彼女に何を返せばいいかわからなくなった俺は続いて那由多の隣に座る灯火へ目を移す。


「灯火……灯火は大丈夫か?酔ってないか?」

「ん……?」


 今まで無言で、ただひたすらに目の前の食べ物を口にしていた灯火。

 まさかとは思うが彼女も酔っていたりはしていないだろう。きっと食べ物に集中しているのだってお腹が空いていただけだ。きっとそうに違いない!


「……私のおっぱいのサイズ?88だよ?」

「…………なんでもない」


 やっぱナシ。前言撤回で。

 もしかしたら灯火が一番ダメかもしれない。実行に移されていないのが幸いというべきか。

 じゃあ最後の望みである雪はどうか。そう思ってキッチンに立っている後ろ姿に目を移そうとしたところで――――俺の視界は真っ暗闇に覆われた。


「えっ!?」

「もうっ!陽紀くんっ!あんまり他の子ばっかり見ないでください!!」


 そう文句を漏らしたのは麻由加さん。そして俺の顔が彼女のはだけた胸元に押し込められたということに気付くのは、そう時間がかからなかった。

 勢いよく顔が押し込められたにもかかわらず柔らかなもので包まれ痛みなど1つもない。

 そしてはだけたその胸元からは彼女の持つ特有の香りと和服という慣れない厚着で熱が籠もっていたのか谷間から感じる汗の香りが混ざってクラクラと俺の脳は混乱に陥る。

 いい香りには間違いない。けれど色々な意味で様々な衝撃で混乱状態に陥った俺はそのまま対極に立つ若葉に身体を引っ張られ彼女に抱きしめられる。


「陽紀君は渡さないよっ!ねっ、このままナデナデして~」


 プラプラと浮いていた俺の腕は若葉に掴まれ頭の上へ。言われるがままに撫でているとまたも次は麻由加さんへ。


「私だって渡しませんっ!ね、陽紀くんもこちらがいいですよね?」

「ううんっ!陽紀君は私と一緒だよ!ね、そうだよね!?」


 右へ左へ大股さばきのように揺れ動く俺の身体。

 それをずっと頬杖付きながら眺めていた那由多がここで一言。


「2人が嫌だったら、逃げてあたしと駆け落ちしちゃう?」

「「それはダメッ!!」」


 勘弁してくれ……

 那由多の衝撃的な一言で俺は2人で同時に抱きしめられる。

 なんだかんだ酔っ払っても平和に不時着した俺たちなのであった。

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