191.人々を飲み込む魔の道具


 日本には古来よりその悪名高さから罠だのトラップだのブラックホールだの呼ばれた悪しき道具が存在する。

 その生まれはおおよそ500年近く前、室町時代から。もはや俺たちが生まれるよりも遥か遠く昔の出来事だ。

 その頃の異名は定かではないがおそらく同じようにその道具に引き込まれ、引きずり込まれ、脱出することができずに争いにまで発展したこともあっただろう。


 そんな悪しき歴史を持ち、それでもなお人が営みを行う上での500年間切っても切ることのできなかった憎き道具の名は、炬燵。

 そう、現代において"コタツムリ"との名を得るに至った悪名高い道具の名。

 外見は何の変哲もないテーブル。そこに布団が被せられただけのシンプルなもの。しかし一度中に入ると何故か何人たりとも外に出るなんて思いさえも刈り取られてしまい抜け出せなくなってしまう、まさに魔の道具だ。

 獲物を引きずり込み、蟻地獄のように抜け出せなくなるさまはまるでブラックホール。俺たちは新年早々、誰もがその沼に引きずり込まれ脱出することができない状況に至っていた。


 この部屋に引っ越してきて新調された家具家電一式。

 そのうちの1つの大型家具であるテーブル。ぱっと見は何の変哲もない4~5人掛けテーブルなのだがその実、これは炬燵だったのだ。

 いわゆるダイニングこたつ。夏は通常のテーブルとして利用でき、冬は布団を掛ければ炬燵に早変わりする優れもの。


 しかし今日までこれを炬燵として利用することは叶わなかった。

 その理由は単純、沼だから。荷ほどきやら片付けやら新年の準備やら忙しい師走にかけて炬燵なんて出してしまえば作業にならなくなると危機感を覚えた雪が推進派の俺に徹底抗戦して出すことを否定したのだ。

 そうして2人で協議した結果が新年を堺に解禁すること。つまりこのテーブルは本日より炬燵として活動をすることが決まった。



 そんなこんなで初詣も終えて帰ってきた愛しの新居。

 冬の寒さに震えながら帰ってきた俺たちが真っ先に飲み込まれたのがこの炬燵だった。

 さすがはブラックホールと言うべきか部屋に帰ってきてど真ん中に鎮座する炬燵というものは中々誘惑が凄いもので、誰も彼もが飲まれていき全員揃って犠牲者だ。

 若葉からミカン、麻由加さんら姉妹からはおはぎを提供してもらい、ウチからはそれらに合う緑茶を準備。まさに完璧に限りなく近い炬燵環境。それぞれが暖かさと美味しさを享受していると、珍しい人物が姿を現した。


「やぁやぁやぁ!みんな明けましておめでとう!元気にしてるかな~?」

「あ、黒幕その1だ~。あけおめ~」

「あけおめ~」


 新年の朝から元気いっぱいの彼女こそ、若葉と灯火が所属しているアイドルを統括する社長、神鳥さん。

 元気な掛け声とともに登場した社長さんだったが沼に飲み込まれてモグモグダラダラしている俺たちの反応は薄い。若葉なんて黒幕って言っちゃってるよ。

 しかし否定はしない。この部屋に越すのだって灯火がここに来ることにだって、何かしらの計画には社長さんが大なり小なり関わっているのだし。ちなみに2人目は咲良さんだと思う。あの人が最もの黒幕でもあるし。


「黒幕だなんてひどいなぁ。私はみんなのためを思ってやってるっていうのに……。あ、炬燵入らせてもらうね~」

「ちょっと~!社長狭いよ~!」

「いいじゃんいいじゃん。社長と従業員とのスキンシップだよ~!」


 社長と従業員とのスキンシップって、言葉だけを切り取るとやけにパワハラ味を感じるな。

 実際の所1つの椅子を分け合ってじゃれ合っているだけなのだが。


「ふぃ~。やっぱり寒い冬には炬燵とミカンだよねぇ。あ、灯火ちゃん、熱燗おねがい~」

「そんなものありませんよ。そこの緑茶で我慢してください」

「ええ~。灯火ちゃんのケチ~」


 さすがに学生の家に熱燗なんて常備しているわけがなく。

 渋々といった様子で緑茶とおはぎに手を伸ばす社長さんだが案外美味しかったようでまた2個目のおはぎに手を伸ばす。

 

「まぁ、お酒も欲しかったけどこうやって和菓子でノンビリってのも悪くないかなぁ」

「そうだよ社長。私達だってまだ未成年だからね。それより今日はどうしたの?私達のイチャイチャを邪魔しに?」

「いやいやそんな無粋なことはしないよ。単純に新年の挨拶をと思って。もちろん、お年玉も持ってきたよ」

「わ~いっ!社長大好き~!」

「現金だなぁ」


 全然イチャイチャなんてしてなかったでしょうに。

 社長さんをジト目で睨みつけている若葉に心のなかでツッコミを入れていたが、社長さんの懐から出てくる2組の白いぽち袋を見るやいなや抱きついている変わりように肩をすくめる。


 そっかお年玉か。

 俺も午後になったら向こうの家に戻らなきゃな。会わないことにはお年玉だって貰えない。

 でもなぁ……この暖かい炬燵から出なきゃならないのか……つらいなぁ。


「はい、陽紀君も」

「えっ……?」


 これから待っているであろう炬燵からの脱出、そして外の寒さを想像して身をすくめていると、突然目の前に差し出された白い袋に目を丸くしてしまう。

 それはさっき社長さんが取り出してみせたぽち袋。まさか俺にも……?


「いいんですか?」

「いいのいいの。陽紀君なんて特にウチの娘2人の面倒見てもらってるんだから貰ってもらわないと。雪ちゃんなんて二つ返事で貰ってたよ」


 顔を上げて周りを見れば麻由加さんに那由多、そして雪の全員に同じものが渡されていた。

 さすが雪だ。遠慮というものが一切ない。


「じゃ、じゃあ。ありがとうございます……」

「うんうん。子供が遠慮することはないよ。それと君にはもう一つ、とっておきのお年玉を用意してきたんだしね!」

「とっておき………?」


 恐る恐ると受け取ったお年玉を懐に納めると、社長さんはニヤリと口を大きく歪めてそんなことを宣言しだす。

 とっておき……!?しかも受け取ったタイミングで!?

 まさに抵抗できるはずなんてないこの瞬間。持ってきていたキャリーバッグを漁った社長さんが次に取り出したのは大きな箱が2つだった。

 直方体。サイズにしておおよそ膝丈より少し低いくらいの木箱。高さはあるが幅は小さい。コースターほどの面積だろうか。


「これは……?」

「ふっふっふ……。お年玉を受け取った陽紀君には嫌だとは言わせないよ!この中身はぁ………コイツだっ!!」


 バッと!引き出すように天辺から持ち上げた箱の中身は――――瓶だった。

 どこからどう見ても一升瓶。ウチに酒飲みはいないが存在は知っている。記憶では茶色や緑色をしていたはずだがこれは白。正確にはクリーム色。それが2つ。

 これのどこがお年玉……?お酒だとして飲めるわけないのに……。そう思ってクルッと回したラベルをみたところ、そこには大きく『甘酒』と描かれていた。


「甘酒……?」

「いやぁ、意外と甘酒って奥が深いんだねぇ。今日になったらみんなで飲もうと今か今かと待ちわびてきた最高級甘酒だよ!手に入れるにも苦労したんだから!」

「これを……頂けるんですか?」

「もっちろん!1本は開けるとして余った方は差し上げるよ!でもその前に、陽紀君にはこれらを使っておつまみを作って欲しくてね。やってくれるよね?」


 そう言って引き続きキャリーバッグから取り出したのはチーズにハムに枝豆にナッツに魚の缶詰にチョコにクラッカーに………。

 まさにおつまみの大合唱。ありとあらゆるおつまみを買い漁ってきたようで統一感もなにもない。

 これらだけでも楽しめそうだが頼まれたからには仕方ない。得意の卵を駆使してもっといい感じにしてやろうじゃないか。


「わかりました。ちょっと作ってきますね」

「ありがたいっ!悪いけどよろしくねぇ」


 お年玉を貰った手前断るなんて選択肢の無かった俺はなんとか炬燵という呪いのブラックホールから抜け出してキッチンへと向かう。

 さて何を作ろう……そう持ってきた食材を前に頭を働かせていると、ふと隣に立つもう一人の人影に気が付いた。


「これならハムとチーズを合わせてサラダに……あとナッツはロースト。それから卵はサラダや玉子焼き、それにゆで卵作ったら良いかもしれませんね」

「麻由加さん……」


 隣に立つは麻由加さん。彼女も並べられた食材を前にして即興で幾つか考えてくれた。

 確かに。それならパッとできるしみんなを待たせなくて済みそうだ。


「手伝ってくれるの?」

「もちろんです。いくら家主といえど陽紀君ばっかりに働かせるわけにはいきませんから」

「あ、それじゃあ私も!私も手伝うっ!!」

「「若葉(さん)は座ってて(ください)!!」」

「…………はぁい」


 俺たちは互いに分担して調理へと取り掛かる。


 後方から聞こえるは勢いの良い若葉の起立音と静かな着席音。

 そしてオーダーした社長さんの爆笑する音が部屋に響き渡るのであった。

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