190.ねがいごと


「陽紀君とずっと一緒にいられますよ~にっ!!」


 軽快な手を叩く音と同時に朗らかな彼女が心のままを言い放つ。


「なんて願い事してるんだ若葉」

「え~?だってこれが1番のお願いなんだも~んっ!」


 べー!と舌を出して呆れる俺の言葉を否定するもその表情は曇りっ気のない笑顔だ。


 初詣。そしてお願い事。

 早朝誰も居ない時間帯に神社にやってきた俺たちは早々に拝殿へとたどり着き全員揃って参拝していた。

 5円玉を放り込み、二礼二拍手一礼。しっかりと今年最初の礼を尽くしてから見ているであろう神様に去年の挨拶と願いを伝える。

 俺が伝えたい思いは非常に単純なものだ。単純が故に願い終わるのも早い。一足先に済ませても他の面々は熱心にお願い事をしているようで若葉なんて声を大にする始末。


 なんてことを大っぴらに言っちゃってるんだ。参拝客は見えないとはいえ神主さんとか普通にいるんだぞ。

 まさに人目を憚らない宣言に肩をすくめていると、お願い終えたであろう雪が「あはは……」と笑いながら若葉に近づいていく。


「若葉さん若葉さん、願い事って声に出したら逆に叶わないって聞いたことありますよ?」

「え~っ!?うそ~!?」


 耳打ちするはよく聞く俗説。


 あぁ、それ俺も聞いたことある。

 念が神様に伝わらず霧散するとか願いに取り憑かれて失敗するとか。

 逆に声に出したほうが言霊的に良いって話も聞くから実際のところはさっぱりではある。しかしだな若葉、叶う叶わない以前にそう臆面もなく言われると当事者である俺も恥ずかしくなるというかなんというか。


「どうしよう雪ちゃん!私のお願い叶わなくなっちゃうかな!?」

「いえいえ、ご心配には及びません。確かに叶わないという話も聞きますが、今回のお願いについてはその限りじゃないでしょう……だってお願いを叶える人は今目の前に居るんですから!!」

「!! そっか!陽紀君!」


 そっかじゃない。雪のおかげでロックオンされちゃったじゃないか。

 まっすぐ砂利の音を鳴らしながら近づいた彼女は俺の腕に抱きつき、何を言うわけでもなくニッコニコの笑顔でこちらを見上げてくる。

 無言の圧力。「次言う事はわかってるな?」(意訳)的な視線を至近距離からヒシヒシと感じる………が、俺の視線は若葉ではなく雪を捉える。


「雪は何をお願いしたんだ?やっぱり受験か?」

「む~!」


 完全なるスルー。

 真横から唸り声が聞こえてくるが、やっぱりスルー。

 こういうのはね、TPOが大事なんだよ。そもそも朝っぱらから厳かな境内でそんな話出来るか!!


「そりゃあ受験生だしね。毎日勉強してるとはいえお願いもしておかなくちゃ」


 雪のその言葉は一理ある。けれど俺は深く心配はしていなかった。

 新しい部屋に越してから雪の勉強具合を間近で見るようになってその集中度具合は舌を巻くほど。

 大掃除の昨日や元旦の今日こそ休みだがそれ以外の日については時間があればずっと勉強しているほど。その長く続く集中力は夕飯終えてから0時超えてまでも維持しているのだから驚きだ。この家になってから0時超えると俺が寝るよう言ってはいるが、もしかしたら実家では普段からそんな時間まで勉強していたのかもしれない。

 流石に睡眠くらいはきちんと取ってほしい。ゲームで夜更かししている俺が言う資格ないのだが。


「……まぁ、雪なら大丈夫だろ」

「そうだといいけどね。おにぃは?若葉さんのお願いをスルーし続けてるおにぃは何をお願いしたの?」

「私と一緒に居ることだよねっ!!ねっ!?」


 この圧よ。

 雪はまぁどうだっていいのだが問題は真横から見上げてくるこの視線。きらびやかな衣装のせいで更にキラキラ輝いて見える曇りなき眼が余計に圧を感じる。


 もちろん、それでも口を閉ざせてもらうのだが。


「おにぃはアレっぽいな~。戦国の世みたいにお金とお酒と女の子!的な?」

「そんなわけわからない願いにするわけないだろ。そもそも未成年だし、もっと普通にピュアな願いだっての」

「えっ、おにぃがピュア……?ナイナイ」

「流石に私も、陽紀君がピュアなお願いはないかなぁって……」


 おいこら2人とも。問答無用すぎるだろ

 若葉なんてキラキラ笑顔から一転して本気のトーンで返されて、結構効くんだぞそれ。

 完全にドン引きされている2人によりで俺の心は50のダメージ。

 しかしそこまで否定されるのは日頃の行いが祟っているのかもしれない。ちょっとは自制しよ……。


「それで実際のところはどうなの陽紀君!もちろん私だよね!」

「いや、俺は…………」

「私も陽紀君がお願いした内容、気になります」

「麻由加さん!?」


 迫りくる若葉に背中を逸しながら必死に避けていると、反対側の腕に触れるは麻由加さん。

 まるでいつかと同じような両手に花。2人の少女に迫られて俺も怯んでしまう。


「私は陽紀くんと同じ大学に進学したいってお願いしました。陽紀くんは何をお願いしたか、お聞かせ頂けないでしょうか?」

「ぐっ……」


 自ら願いを伝えることによって俺の逃げ場が封じられる。

 ウルウルと潤ませた瞳で見上げてくる若葉。更に麻由加さんもジッとこちらを見つめている。

 気づけば灯火も那由多も俺を見てその答えを待っているようだった。逃げ場なんてない。言い訳のしようもない。

 これは万事休すか……言いたく……言いたくないのだが………!!


「俺の……お願いしたことは……」

「お願いしたことは?」

「その………みんなと、ずっと一緒にいたいって…………」


 言ってしまった。

 俺の単純なお願い。単純すぎてつまらなすぎて、みんなの前で話すことさえ憚れていたこと。

 全く引っ張ることもない程度のものだから言いたくなかったのだが、結局みんなに負けて口を開いてしまった。

 ほら、みんな呆気にとられてる。これだから言いたくなかったんだ。恥ずかしくなるから。


 1人いたたまれなくなって砂利に目を落とす。

 きっとみんなまだ決断できていないと悲しんでいることだろう。もしくは嘲笑しているだろう。

 そんな嫌な予想が駆け巡っていた折、フッと正面の雪が笑ってみせる声が聞こえた。


「なにそれ。あんなに若葉さんの答えを渋ってた癖して結局同じお願いなんじゃん」

「ぐっ……」


 まさに核心を突く一言に返す言葉もなくなってしまう。


 確かに一緒だ。

 けれど正確には違う。若葉は1人に対して俺は多だ。だからこそ優柔不断だってなるから言いたくなかったのに。


「でもま、いいんじゃない? ほら見てよおにぃ。みんな嬉しそうじゃん」


 しかしそんな雪の言葉につられて顔を上げれば隣で腕を抱く若葉も麻由加も、どちらも嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

 灯火はウンウンと強く頷いており那由多は「わかってるじゃない」と声をかける。


「嗤わ、ないのか?」

「なにそれ?どんな変なお願いでもおにぃがお願いしたことでしょ。嗤う要素なくない?」

「それは……そうだが……」

「それに、もしおにぃが『酒池肉林』ってお願いしても若葉さんらみんななら叶えちゃいそうで。あたしゃそっちのほうが怖かったよ」


 …………たしかに。

 主に若葉を主導して……いや麻由加さんか?那由多か?

 だれからともなく実行されてしまいそうでそれはそれで怖い。


 彼女たちの顔を見渡してみればみんな笑顔。俺もそんなみんなを見て雪とともに笑ってみせるのであった。

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