189.恐怖の脅し文句


「あ、雪ちゃ~んっ!こっちこっち~!」

「若葉さんっ!おはようございますっ!!」


 それは年が明けた寒い朝焼けの下。

 静寂の中発せられ、なおかつ放射冷却によって普段より通るようになった若葉の声が的確に目当ての人物を捉えてゆく。

 彼女の声で駆け寄るはこの日らしく母のお下がりらしい着物に身を包んだ妹、雪。朝だというのにも関わらずハイテンションを維持しているヤツはまっすぐこちらに駆け寄ってきて若葉と両手をつなぎ合わせる。


「あけおめ雪ちゃん~!ことよろっ!」

「あけおめことよろですっ!昨日はよく眠れましたか?」

「それが残念なことにグッスリ眠れたんだよね~!陽紀君が据え膳食べなかったからさ~」


 おっと飛び火。

 新年一発目にもかかわらず際どいセリフでこちらを攻めてくる若葉に俺はフイッと目を逸らす。

 逸した先に見えるは自分の何倍も大きな背丈を持つ随神が怖い顔でこちらを睨みつけていた。

 まるでフラフラとしている俺を責めるような険しい顔。なんとなくいたたまれなくなって空を見上げれば曇天の下の木々が寒風とともに音を立ててゆらめいていた。



 今日は1月1日。めでたい新年。

 新しい我が家でみんなと年を越した翌日の朝。

 俺は仲間たちみんなとともに最寄りの神社へと足を運んでいた。言うまでもない。初詣だ。

 もう何年、十数年とこの神社には通っているからよく知っている。午前0時を回る頃、この神社へ一足先にお参りしようと幾人もの参拝客が列をなしてこの神社に集まってくる。しかしそれは日付が変わって暫く経つまで。日が変わってからはどんどん人が居なくなり日が出てくる頃にはもうすっかり静寂がこの神社を占めてしまうのだ。

 参道には出店の骨組みが今も残されていて、数時間前まで活気を高めていたであろうことを示している。

 しかし今は参道から本殿まで直線の道を眺めても人は1人として見当たらない。地元民だからこそ知っている、この時間こそゆっくり参拝できる穴場の時間帯なのだ。


 木々を揺らす風のみが聞こえる参道。そして冬だからこそ感じる冷たさと透き通るような透明感。更に新年という日も相まってなんとなく神社自体に非日常感をも感じていた。

 まるで誘われるように背中からビュウと楼門の間を抜ける風が俺の背中を押していく。釣られるように地面の砂利を蹴り飛ばすと同様に風に押されたのか那由多が隣に立ってみせた。


「何?もう行くの?」

「あぁ。あんまりジッとしてたら人の目に触れるだろ」

「………それもそうね」


 俺がこの時間に初詣を選んだ理由。それは人が居ないからだ。

 若葉に灯火。2人が変装もせずここにいる以上あまり外で長居することは望ましくない。だから参拝も人が居ないと分かっているこの時間にパッと済ませてしまおうという方向で話が決まった。もちろん、俺が人混み苦手という理由もある。むしろそっちの理由のほうが8割位なのだが口に出すことはない。


 そして誰かが動き出せば自然とそれにつられるというのは人の常。

 さっきまで雪たち女性陣は楼門の隅で話していたが俺が向かうと知るやいなや那由多が楼門の隅で話し込んでいる女性陣に伝えると一斉に動き出す。


「さっ、行きましょ」

「お、おぉ………」


 まるで当たり前かのように隣に立つ那由多。

 その袖から伸びる細腕はしっかりと俺の手を握っており腕さえも絡ませていた。

 まさにこうして当然かのように背筋を伸ばし胸を張った堂々とした立ち居振る舞い。若葉が来るならわかるがまさか那由多が……と思っていると、反対側の手にも誰かが握る感触があり振り向くと灯火が那由多同様我が物顔でとなりに立つ。


「灯火?」

「2番乗り。一緒にいこ?」


 そう言って腕どころか身体さえもこちらに預けてくるのは灯火。

 2番乗り、という言葉から察するに早いもの勝ちなのだろうか。そう思って振り返ると、こちらを見ながら若干不満げな顔をする間に合わなかったであろう若葉とそれをなだめる雪、そして苦笑いで手を振る麻由加さん。……どうやら正解の様子だ。

 せめてものということで彼女らに手を振り返そうとするもグッと手に何かの抵抗を感じて持ち上げることができない。


 そうだった。両手は2人の少女によってロックされてるんだった。

 麻由加さんには同じく苦笑いで返事をして視線を元に戻そうとすると、不意にグイッと右手が強く引っ張られて身体が大きく傾いてしまう。


「な、那由多!?」

「なぁに?どうしたのお兄さん。そんないきなり大声出して」

「いきなりって、那由多が突然引っ張ったんじゃないのか?」

「さぁ?別に全然。和装超美人の2人が隣にいるにも関わらず、お姉ちゃんにかまけて鼻の下伸ばしてるのにちょっと苛ついたとかそんなのじゃないわ。全然」


 全部喋ってるじゃないか。しかも自分で超美人って言うのね。


 那由多も灯火も、2人とも花があしらわれた着物だ。麻由加さんと同じく年越し前に着替えた彼女らの様相。それは若葉も同様だ。つまり俺意外全員着物ということになっている。

 着物が5人私服が俺1人……なんだか随分とアウェーな格好で囲まれている。

 なんだか普段と違う格好かつ場所ということも相まって、まるでお迎えの天使に囲まれているような気がして少しだけ笑みが溢れる。


「……何笑ってるのよ。そんなにあたしよりお姉ちゃんが隣の方がよかった?キスするわよ?」

「それ脅し文句!?」


 どういう脅し文句だそれ!?

 驚くと同時に思い出されるは先日無理やり唇を奪われた件。

 舌が入り込み混乱のさなかに蹂躙される俺の口内。ニヤッと笑って見せる彼女の唇は今日もグリス効果か光沢のあるプルンと柔らかそうに見えたものだ。それが更に当時のことを感触さえも伴って思い出し思わず顔が赤くなる。


「べ、別に……。2人の着物姿が綺麗だなって思っただけだよ」

「そっ、そう? なら別に良いわ……」


 なんとか助かったか?

 フンと鼻を鳴らして目を逸らす彼女に俺は息を吐く。

 少し誤魔化しも含んだがその言葉も本心からの言葉だ。

 小さな身体と映える着物。那由多は普段結んでいる茶髪を今回はストレートに垂らしていて普段より大人びて見えているし、灯火は金髪という特異性が和服と絶妙にマッチして不思議と幻想的な感覚さえ覚えてしまう。

 つまりは2人とも似合っている。雰囲気さえも変えてしまうのだから和服の力って凄い


「……でも、それはそれとしてムラってきたからキスしていい?」

「なんで!?ダメだよ!?」


 しかし那由多の口から出るは結局変わらない結論。

 なんでそうなる!?許すわけないじゃん!いくら人が居ない参道とはいえどこに人の目がわからなくて万が一もある。しかも参道のど真ん中でキスしたら天罰下るよ!多分!


「うるさいわね。さっさとかがみなさいっ!」

「かがむわけ……って手引っ張らないで!灯火!助けて!!」

「セツナばっかりキスしてズルい。私も陽紀さんとディープキスしたい……!」

「灯火さん!?」


 どこでスイッチ押したのか鼻息荒くし興奮状態の娘2人。

 二人して体重をかけながらかがませようとするのに対し全力で応戦する俺。


 なんとか最後の力を振り絞って振り払うことに成功した俺はそのまま雪の影に隠れて、やっぱり蹴飛ばされるのであった。

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