185.歓迎会と立役者


 色とりどりに並べられるごちそうの数々。

 グリルにパエリア、エビチリに牡蠣にカニ、果てはマカロンまで。和洋折衷様々な料理がテーブルの上に並べられていた。

 引っ越し作業後で適当に済ませようと思っていた俺からしたら考えられない料理たち。そしてこれらを用意した立役者である少女はフンスと鼻を鳴らす。


「見てみて~!すっごく頑張ったよ!えっへん!」


 そう言って鼻高々なのはこのごちそうを用意してくれた若葉。

 彼女を見て俺は心底驚愕する。

 まさか……まさかここまでの料理を作れるようになったというのか……!?



 クリスマスも終了しどんどん年末に近づいている12月のある日。

 俺は少し早めの引っ越しということで新たな住まいに足を踏み入れた。

 実家からほど近いアパートの2LDK。セキュリティもしっかりしていて内装も綺麗で築数年程度しか経っていないようなまさに親元離れて住まうには理想と言える部屋。

 咲良さんの策略で俺と……ついでに雪も一緒に引っ越したが、なんと階下には麻由加さん那由多姉妹まで一緒だというではないか。

 想像すらしていなかった参入。この建物全員顔見知りが住むという、どこぞの大女優の策略にまんまと嵌められた俺たちは「ご飯作ったから歓迎会をしよう!」と若葉から出た鶴の一声で彼女の部屋に集まった。


 辺りを見渡せば、辛うじて崖から落下直前で踏みとどまっているもののそこらにゴミ袋や着替えが散見される彼女の部屋。

 また片付けが必要だなと思いつつも本題へ。目を落とした先にあるのは美味しそうな料理の数々。

 これらは全て若葉が用意した引っ越し祝いのごちそうらしい。和洋折衷バランスはぐちゃぐちゃだがどれも美味しそうに見える。これを……これを作っただと!?若葉が!?

 彼女は確かにご飯を"作った"と言っていた。俺の耳は節穴ではない。とすると、これは手料理。まさか数ヶ月前まで包丁を天高く振りかざして切っていた若葉が!?

 まさかと思い身体を震わせながら彼女を見る。


「ホントに……ホントにこれを若葉が作ったのか?」

「…………うんっ!」


 なんだか長い間が気になったものの満面の笑みで返す若葉。

 本当に作ったのか……。ちょっと見ない間にここまで上達して……。料理を教えたのは数えるくらいしか無かったけど、それでも支障としては嬉しさが今日一日の疲れよりも勝ってしまう。嗚呼、涙がホロリホロリだ。


 ―――けれど、そんな涙も一筋のみ。すぐに那由多から大きなため息が聞こえてきた。


「バカ言わないでよセリア。すぐに『できない~!』って泣きついてきたのをお忘れかしら?その上途中でファルケも呼んでたじゃない」

「あ~!それ言わない約束だったのに~!!」


 ………涙が一気に引っ込んだ。

 いやまぁそうだよね。そんなすぐにここまで上達するなんてありえないよね。

 あ~よかった。なんだかいつもの若葉で逆に安心した。


「でも間違いじゃないもんっ!今陽紀君が指してるサラダは私が作ったんだし……間違いじゃないもんっ!」

「サラダ千切るのはね。ドレッシングは私が作ったのを忘れたのかしら?」

「うぅ~………。陽紀く~んっ!セツナがいじめる~!」

「はいはい……」


 2つ下の中学生に負けて型なしのアイドル。

 さっきまで自信満々に胸張って高々だったのに今となっちゃ胸に飛び込んで半泣きだ。俺も頭を撫でて受け入れる。

 しかしドレッシングから自作とは。この料理、思ったよりもレベル高いぞ……。


「サラダのドレッシングにグリル、それとミニパスタはあたしが担当したわ。どう、凄いでしょ?」

「確かに凄い……。ってことは若葉はありえないとして、他の料理を作ったのは………」

「うん。私が作ったよ陽紀さん。家では料理担当してたから」


 誇示することもなく、なんてこと無いように言い放ったのは雪の隣に座る灯火だった。

 そっか、灯火は家庭で色々あって自分で作るしか……いや、いまそのことについて考えるのはよそう。


「それとセリア、当日は参加しなかったけどお姉ちゃんにも手伝って貰ってたのよ。メニューと材料とか、号令掛けたアスルは到底計画立てて考えられないでしょうからね」

「いえ、私は大したことは全然……。当日は荷ほどきで大変でしたので……」


 そっか麻由加さんも……。

 つまりこれは4人の合作料理というものだ。眼下で『ム~!』と唸る声は無視するとして、まさかこんな歓迎の用意をしておいてくれていたとは。


 なんだろ……素直に嬉しい。

 若葉など実力に差はあれど、力いっぱい頑張ってくれたものだ。それを喜ばないわけないだろう。


「その……ありがとなみんな。それとこれからご近所さんとして……よろしく」

「………!!」


 恥ずかしくなって頬をかきつつも素直にお礼を伝えると彼女たちも笑顔をもって返してくれる。

 だがしかし、視界の下では唯一笑顔でない人物が、ここに一人――――


「陽紀く~ん……?」

「なっ、なんだ若葉!?」

「そこは"ご近所さん"としてじゃなく"大好きな人"だよねっ!もしくは"お嫁さん"でも可!!……ムギュッ!」


 笑顔どころかふくれっ面の若葉。

 その膨らむ頬を両側から指で挟んで空気を抜く。


 なんでそうなる………どうしてそうなる!?

 彼女が告げるのはまさかのダメだし。いやまぁ言わんとすることは分からないではないけど、今日のここはお引越しパーティーだよね!?好き嫌い云々じゃないよね!?


 周りのみんなからも否の言葉が出るかと思いきや、顔を上げれば皆神妙な顔。そして那由多を皮切りにそれぞれ思いを吐露しだす。


「確かに言われてみればそうね……引っ越しに夢中になってすっかり文句も抜けてたわ」

「そうですね。引っ越せる喜びで私も抜けておりました」

「いいなぁみんな……私なんてまだご近所さんですら無いのに……。早く陽紀さんが迎えに来てくれれば……」


 みんな!?

 まさか全員若葉に同調して四面楚歌。

 脱出しようにも若葉に抱きしめられてるし、これ俺に逃げ場ないやつ?


「何なら今言ってもいいよ! 『これから毎日若葉の作るサラダを食べたい』って!」

「サラダ以外は!?」

「作れない!!」


 作って!?

 俺サラダだけで生きる草食動物になっちゃう!!そんなんじゃ周り(別の意味で)肉食ばかりなのに格好の餌じゃん!!


「陽紀くん!私達なら料理もたくさんできますのでお買い得ですよ!」

「そうよ。今なら2人セットでご奉仕しちゃうわよ?」

「いや……俺はそういうので選ぶというわけでは……」

「陽紀さん……幼なじみを捨てちゃうの?」

「そういうことでもないんだけど……」


 全員前のめり。

 料理をよそに迫ってくる3人に俺はどうすることもできやしない。


 右を見てもダメ。左を見てもダメ。下は当然ダメ。

 もはや上しか逃げ場がないのである。正面の雪はそんな俺達の様子を見てこう言った。


「あたしが居ても居なくても、おにぃに自堕落な日はやってきそうになさそうだね~」


 それは引っ越し祝いのごちそうを前にした思いもよらぬ攻勢たち。

 俺たちの歓迎会は夜遅くまで続いたという――――

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