183.裏で進んでいた計画
「お~に~ぃ~!部屋にスマホ忘れてる~~!」
「すまん完全に忘れてた!持ってきて貰えるか!?」
「なんで現代人の命を忘れちゃうかな~!もう~!!」
ドタバタと。
朝っぱらから賑やかな声が部屋中を駆け巡る。
上階から聞こえる妹の声と足音。それが一端止んだかと思いきや再び駆けるような音が聞こえ始め階段からその姿が現れる。
「はいっ!スマホもだけど財布も置きっぱなしだったよ!一体何しに行くつもりだったわけ!?」
「サンキュ。財布もだったか。荷物の方にかかりきりだったからなぁ……」
信じられないといった様子で押し付けてくる2つの貴重品。その一方で俺が目を向けるのは側に転がる大きなキャリーケース。
おおよそ1週間くらいの旅行に耐えうる大きさだろう。まさに旅立つと言っていいほどの大荷物を転がしながら玄関へとたどり着くと、そんな俺を見送るように母さんもリビングから姿を表した。
「高校卒業辺りで家出るかと思ってたけど、まさか高1で出るなんてねぇ……これも時代かしら」
「何言ってんだよ。すぐ近くだから出るも何も無いでしょ」
ホロリとハンカチを目に当てて涙を流す素振りを見せるがその目は完全ドライアイ。
俺も軽い口調で言い返すが、ほんの少しの寂しさを心の内で感じていた。
24日のクリスマスパーティーを終えて暫く。
世間は慌ただしくクリスマスの撤収をはじめ、一週間後にやってくる元旦への準備に追われる12月の金曜日。
師走とはよく言ったものだ。終業式を越えて念願の冬休みになったにも関わらずクリスマスの片付けに元旦の準備、ちょっと早めの大掃除に出立の準備と忙しいことこの上ない。
しかし一方で区切りの季節でもある。後にしてきた自室は埃の1つも無いほどピカピカで引き出しをあけてみても空っぽになるほど綺麗に片付けてきた。
それも、全てはこれからのため。
俺の手にするキャリケースには服や身の回りのものなど、これからの生活に必要な大部分が収められている。
それもこれも全てはこの家を出るため。俺は今日より別の家で暮らすこととなった。
何もいきなり決まった寝耳に水の話というわけじゃない。
以前若葉がこの家を出る時に話に上がった、年明けに家を移る話がちょっとばかし前倒しになっただけだ。
前倒しといっても1週間ちょっと程度。むしろ俺としてはダラダラ出来る冬休みが一人きりになって更にダラダラできると二つ返事をしたに過ぎない。
だから師走を体現するような忙しさも今日までだ。食事当番にも追われない、これからはナマケモノも驚く超自堕落生活が待ってくれていることだろう。
毎日夜遅くまでゲームしてご飯はピザとコーラでも怒られない日々!
ハッハッハ!なんて最高な生活だ!!
「それじゃ、俺はもう行くよ」
「ちょっと待ちなさい。アンタ大切な忘れ物してるわよ?」
「うん?必要なものは全部持っただろ?」
靴を履いてケースを持つ。後は扉を開けて足を数歩進めるだけ。
それだけの工程で終わるにも関わらず母さんに呼び止められて思わず頭をひねる。
はて、何か忘れ物しただろうか。
スマホと財布はさっき雪に持ってきてもらった。服もちゃんとケースに入ってることは確かめた。学校の道具もケース内だ。PCは事前に運んで貰ったから問題ない。
あとは……何が残っているだろうか。今日の夕飯作っていけとか?流石にそれだと勘弁して欲しい。今この家の冷蔵庫何もないのは把握してるし買い物からスタートじゃないか。
「……今日の料理当番は俺じゃないぞ」
「何馬鹿言ってるの。今日のウチは出前寿司頼むって決まってるもの。特上よ」
何馬鹿なこと言ってるの!?
なんで俺の居ない時に限って!?
腕を組みながらフフンと鼻を鳴らす仕草はさすが母娘というべきか、雪を彷彿とさせる。
……そういえば雪、スマホ渡しに来てから姿消したな。最後くらい見送ってくれたっていいのに。
なんだかさっきから2階がうるさいような……?
「――――おにぃお待たせっ!あたしのほうも準備いいよ!!」
「………はっ?」
母さんの言う忘れ物とは一体何なのか。そのことについて思案していると、階段から再び我が妹雪が現れた。
しかしさっきのような忘れ物を渡しに来たわけでも、はたまた見送りに来たわけでもない。その手には俺より小ぶりだが立派なキャリーケースが握られていて一段一段慎重にしながらも確実にこちらへと近づいてくる。
「……なんだよその荷物。那由多の家にでも泊まりに行くのか?」
「バカだなぁおにぃは。那由多ちゃんち泊まりに行くんだったらおにぃを拉致しないわけ無いじゃん。……それに、これからはいつでも会えるし」
いやなんだよその理屈。
何故妹が友人の家に泊まりに行くのに俺を拉致するんだ……ってやっぱり言わないで。なんとなく察してるから!
しかし見るからに浮かべているドヤ顔は腹が立つ。信じたくはないが……まさかなのか?
「雪もアンタと一緒にあの部屋で暮らすのよ。見て分かるでしょう?」
「まじか……」
クッ……!
やはり……やはりか!信じたく無かったのに。
雪が「あたしもあの家行く!」とか言うのなら「ハハッ」って一笑に伏していたのだが、まさかの母さんが言ったことによりその言葉は紛れもない真実だと保証される。
つまりアレか?俺が一人であの部屋占領して暮らせると思ったが雪もなのか?
「なんで雪まで……」
「アンタは放おっておいたら丸一日ダラダラ過ごすに決まってるからでしょう。それと自分の出不精さも直しなさい」
「でも雪は受験だってあるだろ。勉強どころじゃなくなるって」
「向こうには若葉ちゃんがいるからよ。いいじゃない。勉強すっごく得意らしいし付きっきりで教えてくれるって約束してくれたわ」
どうやら若葉にまで根回し済みだったらしい。
俺の知らないところでそこまで話が進んでいたとは……。
確かに若葉は勉強が出来る。以前教えていたということから実績もバッチリだ。しかしそれがひとり暮らしを阻止する伏線になっていただなんて!
これはつまり俺がいくら言おうがひとり暮らしの予定がふたり暮らしになるという決定は覆せないということである。
グッバイ……自堕落な日々……。
「よろしくねっ!お・に・い・ちゃ・んっ!」
「…………。家事は2人で当番制な」
「ラジャッ! それじゃあお母さん、行ってきます!」
「……行ってきます」
「はい行ってらっしゃい。喧嘩したら戻っておいで」
急転直下天国から地獄。
せっかく一人悠々自適生活と思ったら雪もか。むしろ家より二人きりのほうが雪の口数も多くなるだろう。
これからやってくるかも知れない生活を考えると肩が落ちる。すっかりローテンションになった俺は諦めて現状を受け入れつつ、今度こそ玄関の扉を開いた。
見慣れた家から外の景色。
なんてこと無い住宅街の一角で、向かい側にはただの壁と電柱しか存在しない。
何の代わり映えのない景色。その道を突き進もうと一歩踏み出したところ、視線の先に金青の少女が立っていることに気がついた。
「おはよ。もういいの?」
「若葉……。来てたのか?」
こちらに背を向けて空を見上げていた少女。しかし俺たちの気配に気づいた彼女は振り返って優しげな微笑みをこちらに向けていた。
インターホンが鳴った記憶はない。だからといってスマホを取り出してみても来たという通知は来ていない。しかしさっき見た様子は明らかに俺たちを待っていたようだった。何故鳴らさず待ち構えていたのだろうかという疑問を持って彼女を見る。
「旅立ちの瞬間くらい私だって空気読むよ。でも始まりから一緒にいたいから待ち伏せさせて貰っちゃった」
「旅立ちって大げさだな。すぐ近くだって言うのに」
「そお?だったらいつも通りでいいかなっ?」
とほ10分手前の距離で旅立ちもなにもないだろうに。そう思って肩を竦めると彼女はいつも通りピョンと飛び、こちらに駆け寄ってみせる。
それはいつも通りの彼女。いや、いつも通りが近すぎるのだが。ともかく腕に抱きついてきた彼女は見上げながら俺と視線を交わし、フニャリと破顔してみせる。
「……やっぱり旅立ちって大事だよな。俺も若葉も自立しなきゃ。 ほら、離れて離れて」
「や~だもんっ!私は返品不可なのです!」
なにそれクーリングオフ制度ないの?
腕に引っ付いている若葉は離れるどころか頬ずりまでしてくる始末。随分な甘えようだ。
まったく、しょうがないなぁ若葉は。仕方ないから人の目に触れないよう俺の上着で彼女の身体を隠して―――――ハッ!!
引っ付き虫のようにくっつく彼女を引き剥がすことなく、いそいそと正体がバレないようしていると、気づけば隣の雪から冷たい視線が。
それはクリスマスの夜よりも冷たい視線。もはや雪どころじゃなく絶対零度だ。
「おにぃ、向こう着いたら真っ先にコーヒー淹れてね。あたしにもブラックで。それから那由多ちゃんにおにぃが鼻の下伸ばしてたって言っておくから」
「そんな事して……してない!」
「どーだか。 ほらおにぃ、ご近所さんの目が出てくる前にさっさと行くよ~」
全くの濡れ衣。言われようのない冤罪。
那由多に知られたら麻由加さんに言われてまた襲われかけたり色々と大変なことになってしまう。
俺は冷たい視線の雪に言い訳するため右にケース、左に若葉を携えて駆け寄っていくのであった。
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