179.ワンコ芸


「お姉ちゃんそこのテープ取って~」

「はい、那由多。人様のお家なのですからあんまりベタベタ貼ったらいけませんよ」

「解ってるわよ子供じゃないんだし。それよりこのくらいの高さはどう思う?」


 24日の夕暮れ時。

 もう間もなく日も本格的に落ちてクリスマスの開始といったところ。


 諸説ある話だが、とある宗教では一日の始まりは0時や日が登ってからではなく日が沈んでからという考え方があるらしい。

 それは俺たちが再三準備に明け暮れているクリスマスにも深く関わっており、24日の夜、つまり日が沈んでからが25日の始まりになると昔言われていた。

 クリスマスの本番は25日から。つまり当時の時風と照らし合わせると正式には24日の日没からクリスマスの本番になると、ゲームのクリスマスイベントで聞いたことがある。

 それを知ってか知らずか、クリスマスパーティーを24日の夜にやる人が多いのには一応の理由があったらしい。俺たちも類に漏れず日没までを目標に全員揃って手を口を動かしていた。


 そう考えると冬というのは難儀なものだ。

 夏よりも日が短く、夜が長い。つまりクリスマスの始まりが必然的に早くなってしまう。

 窓より差し込む光も天辺を通り越し段々と山へと沈もうかとしている。おそらく後1時間もすれば夕焼けになり更に30分もすれば辺りは真っ暗の町へ早変わりすることだろう。

 俺たちもせめて日没には間に合わせようと急ピッチで準備を進めていく。しかしそんな中俺は調理をしているコンロの向こう側に見える女性陣……正確には那由多をボーっと眺めていた。


 スーパーで一緒に買い物した那由多。しかしその最中、突然豹変したように話さなくなったのはついさっきのこと。

 アレから明るさは取り戻したものの車での会話を最後に一切言葉を交わしていない。俺が話しかけようとしても準備の忙しさにかこつけて別の方向に行ってしまうのだ。これは俺でも分かる。避けられてると。しかしそこまで怒らせることをあの買い物中にしてしまったのだろうか。


「おにぃってば何ボーっとしてるの?」

「いや、やっぱり熊なのかなぁって思って」


 同じく隣で準備を手伝ってくれていると雪に答えるも言ったあとでハッとする。

 そんな唐突に熊なんて言われてもわからないよね!?ほら、すっごい変な目でこっち見られてるし!!


「くまぁ?おにぃってばもしかして、まだゲームの世界にいるの?今は現実での準備中だから早く戻ってきてよ!」

「わかってるよ。ちょっとボーっとしてただけ」

「ホントかなぁ?ちゃんと線引きしないといつか黒歴史製造マシーンになっちゃうよ」


 そんなこんな会話をしていても鍋をかき混ぜる手と包丁を扱う手は止まることがない。

 嘆息する雪に2割くらい申し訳ないなと思っていると、彼女の向こう側にもう一人、何者かが立っていることに気づく。


「そうだよ陽紀君!ゲームと現実の線引きくらいきちんとしなきゃ!!」

「…………」


 あぁ、そうだな。

 黒歴史製造については若干どころか中二の頃をピークに手遅れ感があるけどちゃんと肝に銘じておくよ。


 …………しかしだな。

 しかし雪の向こうにいる若葉よ。よりにもよってそれを言うか。

 真っ先に結婚だなんとか言って押しかけてきて線なんて邂逅一番ぶち壊したアスルが。それを。


「…………え、2人とも。なんだかすっごく冷めた目で見られてる気がするよ!?」

「だって若葉さん……若葉さんが初めてウチに来た経緯を考えると、ねぇ」

「あぁ、そうだな」


 さすがは雪。言わずとも俺と考えがシンクロしてくれる。

 まさしくそのこと。俺と雪とで呆れた瞳を向けていると若葉は慌てたり反省するどころか胸を張って自信満々に仁王立ちをして見せる。


「そんなの当然だよっ!私と陽紀君は(ゲームで)結婚してるんだから恥じることなんてひとっつも無いんだよ!!」

「………おにぃの嫁でしょ。なんとかしなよ」

「無理だよゲームの嫁だし。雪こそ推しでしょ。なんとかしなよ」


 互いに押し付け合う若葉の対応お世話。しかし両者とも料理してるしこの話題に突っ込んだらドツボとわかっているから決して触れようとしない。

 アンタッチャブルだ。不可侵だ。今麻由加さんらもいるこの場で嫁とか云々掘り下げたら地雷源に突っ込むようなものでしょ。


「元はと言えばおにぃが優柔不断なのが全部悪いんでしょ! ほら行った行った!」


 ――――うわっ!ズルいっ!

 コヤツめ俺を押しのけて鍋の世話を奪い取りやがった!!なら包丁のお世話をと思っても切るもの無くなったし、俺が行けということか!


「はぁ……。若葉、ちょっとこっち」

「うんっ!陽紀君っ!」


 俺の呼びかけに素直についてくる若葉。

 テコテコと歩く姿はワンコのようで、はたまたペンギンのようで。

 普段食事に使う椅子に俺が座ると彼女は隣に。とりあえず体を90度傾けて彼女と向かい合う。


「…………」

「…………」


 互いに何も喋らず向かい合う。

 何も考えず出てきたけど、どう切り出そうか悩む俺。そして俺の言葉を待っている若葉。

 椅子に座って礼儀正しく膝の上に手を乗せて言葉を待っている様子はまさしく指示を待つ小型犬のようにも思えた。

 これだけ堂に入ってるなら、もしかしたら手を差し出せば―――――


「わんっ!」

「…………」


 ……続いて左手。


「わんわんっ!」

「…………」


 ……右手。


「わんっ!」


 …………やっぱりだ。

 物は試しと手を差し出してみれば気持ちいい掛け声?を上げながら手を乗せてくれた。

 楽しげに声を上げてお手をする若葉。その目は楽しそうで、同時にジッと俺の目を見て何かを待っていようにも思える。

 決して俺から逸らすことのない視線。なんだ?何を待ってるんだ?


「わふっ!」


 不思議な『待ち』に戸惑っていると、彼女は答えを示すように自らの手で頭を指し示した。

 次は俺の手を指して、自らの頭に。これは……


「こう、か?」

「むふ~」


 恐る恐るもしかしたらの答えを行動で示すと彼女は気持ちよさそうに目を細めて体を委ねる。

 どうやらナデナデで正解だったようだ。俺の手は引き寄せられるままに彼女の頭へ。ナデナデ、ナデナデと絹のような感触の金青の髪を撫でているとなんだか俺も楽しくなってくる。

 頭の天辺から後頭部へ、そして背中へ。スルスルと一切引っかかることのない感触を楽しんでいると、ふと頬へ差し掛かったところで彼女の手が伸び滑らせていた俺の手をガッと掴んだ。


「ん~!」


 頬に触れた手。そこから逃さないというように掴む手。若葉は委ねるように、はたまた擦り付けるように掌へ頬を押し付けては歓喜の声を上げる。


 クリスマスを前にして完全に甘えモードの若葉。

 手を添えて擦りつけてるのなんか一種のマーキングだ。

 ここまでまっすぐ好意を示されて嬉しいのは確かだけれどクリスマスの準備もあるし、だからといって俺が興味本位で仕掛けたことだし、さてどうするか…………


「お~に~い~さんっ!」

「うん?」


 ついつい好奇心を優先して打ってしまった悪手。次の手をどうするか頭を悩ませていると、頭上からそんな明るい声が振ってきた。

 見上げてみれば後ろ手でにこやかな笑みを浮かべる那由多の顔が。若葉もその声に反応して顔を上げる。


「那由多?」

「はいっ! イチャイチャしてるところすみません~。さっき準備してたら雪綿を忘れてることに気がついて。それで雪ちゃんに聞いたら物置にあるようですから手を貸してもらえませんか?」


 イチャイチャなんかして……ううん、傍から見たら完全にアウトだから言わないでおく。


 なにかと思ったら雪綿か。

 妹のほうの雪に目を向ければ中々の笑顔でサムズアップしている。それはどういう意味だ。

 でもそうだな。俺もすっかり出すの忘れてた。


「分かった。すぐ行くよ」

「じゃあ私も行くっ!」

「いえいえ、アスル……じゃなかった。若葉さんはそのままで。雪綿程度で3人も要りませんし、今までお兄さん専有して休んでたじゃないですか~」

「むぅぅぅ……!」


 それに対する若葉は対抗する言葉を持ち合わせていなかったようだ。

 ぐぬぬと唸る若葉ににこやかな那由多。一応助けてくれたってことで、いいのかな?


「さ、行きましょおに~さんっ! 早くしないと日がくれちゃいますよ!」

「ちょっ……!那由多!近いって!」

「え~?散々いろんな女の子に抱きつかれてるお兄さんですもの。あたしみたいな貧相な体じゃ何も思いませんよね?……ねっ?」

「くっ…………」

「ねっ、いいですよね! ほらほらお兄さん!時間も無いことですし行きますよ!」


 クッ……!確信犯め!

 口調といい見上げてくる時のしたり顔といい、完全にからかってやがるっ!


 しかし言ってくることは完全に事実。俺も若葉と同じく反論する言葉を持ち合わせおらず、腕に抱きつかれ引っ張られるままリビングを出ていくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る