178.計画外の気持ち


 無機質な車の音、そして揺れが俺の世界を構築する。

 窓の外には普段歩いている見慣れた景色があっという間にとめどなく切り替わる。

 徒歩より数倍早い車の速度。ゴンドラのように揺れる箱は今や俺と彼女の2人を乗せて家へと向かう。


 クリスマスパーティーを目前に控えた放課後の帰り道。パーティー用に食材を買い込んでいた俺と那由多は互いに後部座席の両側に位置して外を眺めていた。

 俺たちの間を挟むは買い込んだ食材が入ったスーパーの袋。歩いて帰るには多少骨が折れそうな重さを持つそれは、今や俺たちの間を挟む一種の壁の役割を果たしている。

 物理的には手を伸ばせば触れられる程度の距離。しかし何故か精神的にはそれ以上に遠く離れているような気がしていた。


 チラリと隣を見れば頬杖をついて外を眺めている少女が目に映る。

 俺からの視線に気がついたのか彼女の視線がふと動き、パチっと目が合ったかと思えば慌てたように目を逸らされる。

 なにか怒らせちゃったかな…………?


 さっきまで和気藹々と話していたのに今は静寂に包まれている。

 俺たちの耳を揺らすのは一定リズムで流れる車の駆動音のみだった。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



 ――――おかしい。


 おかしいわ。


 さっきまであんなに普通に楽しくお話できていたのに。

 打てば響くの体現者、セリア。あたしが適当に言葉を紡げば彼は何だかんだ言いつつしっかり構ってくれる彼。

 決して見捨てることはしない。ゲームでは避けろ避けろと散々言っていても、なんだかんだしっかりヒールしてくれるしイザという時は身を挺して守ってくれる。

 そういうツンな中での優しさを持っているところは最初から知っていた。だからあたしも好きになった。お姉ちゃんと一緒に彼を落とそうと思った。


 でもおかしい。

 あたしは彼のことが好き。これからも一緒に馬鹿やって遊んで行きたい。確かにそう思っていたけれど同時にお姉ちゃんには敵わないとも思っていた。

 あたしが知り合うずっと前から彼のことが好きだったお姉ちゃん。更に彼もずっと前からお姉ちゃんのことが好きだった。まさしく両思い。早くくっついちゃえとは何度も何度も思っていた。

 けれどそんな2人の間に立ちふさがるは一人の少女、若葉。


 あの子は優しくって可愛くって愛嬌もあって、何よりアイドル。みんなが好きになって当然の対象。

 それだけならまだいい。でもあの子はなによりあたしと同じく彼と同じパーティーメンバーだった。

 しかも知らぬ間に結婚して押しかけ女房になっていたという。そんなのズルい!許せない!お姉ちゃんが可哀想!!何度もそう思いもした。


 押しかけもするんだからどれだけ性悪女かと思ったけど、関わってみればすごく真っ直ぐで純粋な子だった。

 だからあたしも負けるかと思ったけど、やっぱりあきらめられない。でもお姉ちゃんという強力なライバルかつ大好きな人と同じ人を争う……そうして悩んだ末立てた計画が2人協力して彼を落とそうというものだった。


 1人がダメでも2人ならきっと水瀬 若葉に渡り合える。そう思っていた。一部古鷹 灯火という更に強力なライバルが出てきて計画に狂いが生じたけど、行くところまで行くしか無い。なんていったって2人は思いを伝えあった両思いなのだから。だから心配することはない。そう思っていた。

 あたしはお姉ちゃんのサポート役。彼のことが好きだけどお姉ちゃんの愛情には負ける。それにお姉ちゃんが勝ち取ってしまえばあたしにもお溢れが分け与えられる。そんな算段だった。


 だから内々で色々駆け回ったし、今日だってその計画の一端でお姉ちゃんには一瞬帰ってもらった。

 でもそのさなか。あたしがクリスマスという浮かれた時期にはしゃいでいると、突然彼に抱きしめられた。



 本当にびっくりした。

 あのまま行けば棚にぶつかって商品が崩れ落ちるからという理由もあって完全にあたしに非があることだけど、それでも不意打ちで抱きしめられた時は優しくて心地よくて―――なにより暖かかった。

 出会って間もない時に彼を押し倒したこともある。未遂だったけどキスを試みたことだってある。でもこうして彼から引き寄せられてギュッとされると、その男らしさや優しさ、安心感にあたしの頭は一瞬の内に真っ白になった。


 その後の行動はあたしも自分らしくないなと思う。普段セリアとバカみたいなお話してるみたいに煽り煽られて笑い合えば良かったものを、何故かその場から逃げ出してしまった。

 それからあたしたちの間に会話は無い。正確には話しかけられはするけどあたしが返事をしていないだけ。


 フワフワと、ポワポワと。まるで雲に包まれているような感覚がする。思考は浮いて上手くまとまらないし、白いモヤにかかったかのようにボーッとする。

 なんとか頬杖をついて外を見ている風に装っているけどその実何も視界には入っていない。そのうちふと気になって反対側に座る彼の様子を伺おうとすると、まさに彼もこちらを見ていて慌てて顔を引っ込める。


 あぁもうっ!なんなのよ!

 なんなのよこの気持ち!!


 彼のことが気になるけど近づけない。話そうと思ったら口を動くことができなくなる。

 一体どうやって話してたっけ。どんな心持ちで彼と相対してたっけ。まだ30分も経っていないのに全く思い出せない。

 じれったいにも程があるわ!モヤモヤする!!


「なぁ、那由多」

「………なによ」


 もうそろそろ家に着こうかというくらい。静かになった空間で彼の声が聞こえてきた。

 車外ではさんざん話しかけられたのに乗った途端静かになって、乗り込んでから初めて聞く声。嬉しい。私に話しかけてくれてる。あたしだけを見てくれている。


 でも、話しかけられてようやく出た言葉がその3文字だけだった。

 これじゃあ昔お姉ちゃんと喧嘩して拗ねた時のあたしみたい。怒ってるわけじゃないのに……。


「悪かったよ。その……買ってやれなくて」

「…………何のことよ」


 買う?何の話?

 突如として謝られる内容にさすがのあたしも頭をひねる。

 いくら頭の良いあたしでもヒントの1つでもないと答えにはたどり着けないわ。


「だって、食べたかったんだろ?熊の肉。買ってやれなかったから怒ったんだろ?」

「―――――」


 熊の…………肉?


 彼の言葉に思わず言葉を失ってしまった。

 私から見たら見当違いにも甚だしい答え。でも彼は必死に原因を探してなんとか行き着いた答えにアタリをつけてくれたんだ。

 顔は見えずとも申し訳無さそうな声が聞こえる。きっとその表情は落ち込んでいるものだろう。あたしが……あたしがその顔を引き出している。それだけで心の内の何らかが埋まっていくような気さえした。


「プッ………。ははっ……!」

「那由多?」


 あまりにも違いすぎる素っ頓狂な答え。

 けれど思って、考えてくれた嬉しさと喜びで思わず吹き出してしまった。

 いけないいけない。誤解される前にちゃんと話さなくっちゃ。


「いえ、悪いわね。別に熊の件で怒ってる訳じゃないのよ」

「じゃあどうして……?」

「別に何も。怒ってすら無いわ。 ただ……そうね。あたしがこう・・なったのは、アンタのココが理由かしら」

「ここ?」


 あたしはそう言って彼の胸を軽く突く。

 男の子らしい硬い胸板。ここにさっき飛び込んだのね。思い出すだけで顔が熱くなってくる。


「えぇ、アンタの中に理由があるってこと。しっかり考えて答えを探しなさい」

「………? あぁ」


 ふふっ。わかってない顔ね。

 当然だもの。わかってもらおうとして言ってないもの。

 これよこれ。あたしが彼と話す上での関わり方。思わせぶりな事を言って、彼を混乱させて。その表情の変化が見たいのよ。あたしを意識してくれるからこそ変わる、その変化を。


「でも……あたしも頑張らなきゃね。これからは本格的にパーティへ参戦、頑張ろうかしら」

「は?何言ってるんだ?これからパーティーなんだからそんなの当然……あたっ!」


 こちらを見ながら呆けている彼の額に思い切りデコピンをしてみせる。


「バーカ。そういう意味じゃないわよ。 でもそれには賛成。今日のクリスマスパーティー楽しみましょう?」


 ようやくいつもの調子で話せるようになる頃には、外の景色は見慣れた家の前で静止していた。

 運転手さんは気を利かせてくれたのだろう。あたしの言葉を皮切りに開いた扉からあたしは外へ出る。


 冷たい風。今にも降り出しそうな曇天。

 でも今のあたしにとっては丁度いい。この心で燃え上がる恋心は雨にだって冬の冷たい風にだって負けるものですか!!

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