177.ヒーラーの役割
終業式終わりの放課後。その時間は俺にとっても待ちわびていた心躍る時間でもある。
今日は今年最後の学校であると同時にクリスマスイブ。つまりちょっとしたイベントの日だ。
クリスマスとかいう誰だったか偉い人の誕生日。その人物に敬意も悪意も何一つないのだがイベント自体はありがたく享受する日。日本人というのは本当に不思議だ。クリスマスやバレンタインがあると思えばハロウィンやお盆に初詣など、キリストなのかドルイドなのか仏教なのか訳わからないくらいゴチャゴチャのミックスジュースとなっている。
しかしどれもイベントはイベント。現代人にとってはどれも等しく祭りの一種という認識だ。起源的には何らかの宗教が絡んでいるとはいえ、それを上手く取り入れられるところは日本の強かさだと思う。
これも無宗教の為せる技なのか。無宗教といっても神を信じていないわけではなく八百万に宿っているとみなしている神道が根底にあるとか無いとか言われており詳しいことはサッパリだが、楽しければいいだろう。
ともかく、ようやく待ちに待ったクリスマスである。
今日という日。この日は前々より企画していたクリスマスパーティーが行われる予定だ。
最初に話題に上がったのが……そう、11月に入ってすぐのこと。若葉と那由多が初めて顔を合わせた日付近だったか。
あの日から計画を立てて早1ヶ月強。もしくはようやく、と言うべきだろうか。
随分と長い一ヶ月という道のりもいざ振り返ってみるとあっという間だ。東京行ったり若葉が泊まりに来たり麻由加さんに告白されたり……色々と濃密な日々だった。
様々な日々を越えてようやくやってきたクリスマス。
つまり今日のパーティーは若葉に麻由加さんに那由多が参加予定である。灯火は誘ったけど忙しいと断られた。本当に残念だ。
主要なものは大抵先月に買って物置に保管してある。今日は食料品や足りない者の補充を日中にして夕方くらいから本番というスケジュール。
だからパーティー前に昨日中断してしまったデートでも兼ねようと、学校帰りにかこつけて麻由加さんとともにスーパーへ買い物に来たのだが――――
「なにこれぇ!?ねぇねぇ熊肉だって!すっご~いっ! すごくないお兄さん!?買ってみようよ!」
「…………なんで人が変わったのかねぇ」
――――人が変わった。
『人が変わったかのような性格』などという比喩表現ではなく、あくまで直接的な意味合いでのこと。
俺の手を引いて冷凍コーナーを楽しげに指差すのは茶色の髪を後ろで1つに纏めてポニーテールにし、活発そうな印象を与える子。そう、那由多だ。
麻由加さんの妹である那由多。彼女と俺はともにスーパーでの買い物に興じていた。
それもこれもきっかけは店に入る直前のこと。
最初は俺と麻由加さんの2人で放課後買い物して帰る予定だったが、いざスーパーにたどり着いて出迎えたのは彼女の妹である那由多であった。
雪も話していたから知っている。俺と同じく制服姿なのは彼女は彼女で終業式があったのだろう。
待ち構えていた彼女は姉である麻由加さんと2人で2~3耳打ちしあった後、突如として麻由加さんが「帰る」と言い出したのだ。
一瞬家族の予定か何かかと思ったが那由多が残ると言い出した以上その線は確定でナシ。朝方誘われたクラスメイトとの会合の可能性も那由多さんと話して行くというのはどうにも考えられないだろう。
結局のところ理由のわからない中離脱。そうして彼女の代わりに買い物すると言い出した那由多とともに入店したのだった。
服を引っ張られながら指差す先を見れば確かに表示されている『熊肉』の文字。そして宝箱を見つけたように屈託ない笑みを浮かべる那由多がいた。
彼女に引っ張られる先を見つつヤレヤレといった様子でカートの押す先を転換させると笑顔だったその表情がムッとしたものに変わっていく。
「なぁに~?面倒そうな顔して、そんなにお姉ちゃんと一緒にデートしたかったのぉ?」
「そういうんじゃないんだが……それでなんで麻由加さんは帰ったんだ?」
「ひ・み・つ~!あ、でも浮気とかじゃないからね!むしろお姉ちゃんってばヤンデレの
いや、そういうのは特に心配してないのだけれども。
しかし徹底して話す気はないようだ。ヤンデレ?麻由加さんが?いくらか関わってる感じそういう感じは見られなんだが。ただし筋肉痛時の暴走は除く。あれは暴走していたのだ。決して素になったわけではない。決して。
「それでどう!?これ! 熊肉よ熊肉!初めて見たわ!!是非今日のパーティーに出してみない!?」
「熊肉ねぇ……臭みがとんでもないとは聞いたことあるけど……」
店内のPOPにデカデカと表示されている『熊肉』の二文字。
確かに間違いなく熊だ。コラーゲンが豊富で美容にとも書かれているがその効果はいかほどかもわからない。
そもそも調理したことない肉。今買ったところで下ごしらえとか何にするかの調べ物とかでかなり時間が取られそうだ。
そして肝心の値段は……………
「たかっ!1500円!?」
POPの下に書かれている値段の表記。思わずその高さに二度見してしまった。
100グラム1500円。普段安物の肉に慣れ親しんでいる俺にとってそれは法外な値段だった。
いや、熊という希少性、調達から加工までを考えるとこれが適切なのかもしれない。しかしセールになってる鶏肉と比べるとその差は歴然。むしろ鶏肉だとこの10倍は買えるぞ。
「………誠に残念ながら今回は採用を見送らせて頂きます。今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます」
「お祈りメール!?受験生にその文言は禁句だよお兄さん!」
ナイスツッコミ。
確かに落ちるとかそれに類する言葉は受験生に禁句っていうしな。でもお祈りメールとか就活生ネタは果たして禁句になるのか議論の余地がありそうだ。
ちなみに雪に言ったら拳が降って来る上1週間会話がなくなることは間違いない。最近雪って若葉や麻由加さんら女性陣の肩ばかり持つんだよね。お兄ちゃん寂しい。
「そんな事言って、麻由加さんから聞いてるぞ。那由多はなんであの高校に行くのかわからないほど余裕だって」
「まぁそうね」
否定しないのか。
それは自信の現れ。俺より数歩先に出た彼女はそのまま振り返ってニヤリと笑う。
「ねぇお兄さん、なんであたしがあの学校にしたか知ってる?」
「いや?友達の雪と一緒の学校へ行くためじゃないか?」
「そうね。でもそれだけじゃなくってもう一つ理由があるの。それは……」
「それは………」
それは……。
俺と向き合っていた彼女は引き返すようにこちらに数歩近づき、カートを少し脇へ寄せる。俺と彼女の間に何も無くなった空間。1歩程度の空間を難なく埋めた彼女は俺の胸元へとトントン、と数度突く。
「アンタが……セリアがいるからよ」
「は……? いやいや。それはおかしいだろ」
思いもよらぬ言葉に目を丸くしたが、すぐにそれはおかしいと首を振る。
俺が彼女と出会ったのは受けると決めた後だ。お互い正体を知らない初対面同士の時、彼女はウチへ受けると言っていた。なのに俺が理由となると明らかに時系列が合わない。
しかし俺がその考えに至っていることくらいお見通しだったのだろう。指を数度振る彼女は「甘いわね」と言葉を紡いで俺の考えを否定する。
「確かにアンタと会う前からあの学校を受けるのは決めてたわ。でもその理由、雪ちゃんの兄の正体がずっとゲームで仲間だったセリアで後に先輩後輩になる………。それってすごくロマンティックなことじゃない!これはもう偶然なんかじゃ済ませられないわ!もはや運命よっ!!」
そう語る彼女は一切曇りなき眼だった。
店のど真ん中で語る"運命"の二文字。それは理屈をも超越した論拠。
確かに彼女の言う通りそれは事実だ。数千万といわれるユーザー。その中でたまたま同じパーティーを組んだ者が妹の友人でかつ未来の後輩だなんて、運命と言う気持ちもまぁ、わからなくもない。
しかし、しかしだな。それを大手を振って言うには場所が……!!
「那由多。ちょっと落ち着いて」
「なによ。人が気持ちよく喋ってる時に。むしろここからが重要じゃない。それに驚いたのはお姉ちゃんとの関係もよ!雪ちゃんとの繋がりだけじゃない。まさかお姉ちゃんと同じ委員会でお互い意識し合ってたなんて――――」
「あぁもうっ!那由多!ちょっとこっち来いっ!!」
「――――えっ……ひゃっ!!」
悦に入った彼女がそのまま後ずさるように心の叫びを再開させる。
まるでミュージカルのように語り続ける演説が佳境に入る時のことだった。静止する俺をも意に介さない彼女の向かう先には高く積み上がったカップ麺のタワーが直前まで迫ってきていた。
その先に何が待っているかなんて後ろ向きに歩く彼女には知るよしも無いだろう。しかし俺は未来が見える。このまま演説を続ける彼女は数秒後にタワーへ盛大にぶつかり、埋もれてしまうと。
だからこそ俺は駆け出した。大きく一歩を踏み出して彼女の手を取りその身の中へ。
手を掴まれた事により一瞬呆けた彼女は引き寄せられると同時に小さな悲鳴を上げるが構っていられない。そのままこの身で抱きしめるようにギュッと暴走する彼女を取り押さえる。
「えっ……えっ……!?なに……!?どうして……!?」
「……ったく。那由多。そのまま行ってたらアレにぶつかってたぞ」
「アレ……?」
「そう。ほら、アレ」
「あっ…………」
俺に促されて見たことで、ようやくその先にあったものに気が付いたのだろう。
困惑の中にいた彼女もようやく行動の意味を理解してくれて冷静さを取り戻す。
よかった。無意識に引き寄せたはいいけどその後『変態!』とか言われて平手打ちされたらどうしようかと思った。
「もしかしてセリア……助けてくれたの?」
「まぁ、な。傷ついたパーティーを癒やすのはヒーラーの役目だが、そもそもバリア張ってダメージ負わないようにするのも役目だし」
恥ずかしさを誤魔化すように告げるが大事なくて心底安心した。
俺の腕の中には未だ飲み込めていないのかパチクリする那由多が。
混乱はおいおい理解してもらえばいいだろう。
あとは平日昼で客が少ないとはいえ周り目があるし、離れてくれれば……。……あれ?
「……なぁ、那由多。ちょっと離れてくれないか?今のままだと人の目が……」
「いやです……」
「えっ?」
「もうちょっと、このまま…………」
俺の中へすっぽり収まる小さな体。その肩に手を添えて離れようとしたものの、彼女がそれを許そうとはしなかった。
いつの間にか顔は伏せられその瞳に何を映しているかは全く読み取れない。けれどその声から明らかに離れることを拒絶していることは理解できた。
5秒。10秒。
2人の密着した時間が続く。けれどあくまでここは公共の場。あまりにも長くこうしていられると追い出される可能性だってあるだろう。
那由多らしくない不可解な行動に困惑していると、突然目を見開いた彼女はなにかから目覚めるようにバッと俺を押しのける。
「那由多……?」
「わっ…………」
「わ?」
「…………。悪いわねっ!ちょっとボーっとしてたわ!それより買い物よ!もう十分買うもの揃ったことだし悪いけどあたしはタクシー呼びに先に外出てるわっ!会計よろしく!!」
「えっ!?ちょっと!!」
まさに、マシンガントーク。
俺が口を挟む余裕も無いほど早口に言葉を並び立てた彼女はその場から逃げるように俺を置いて店を後にしてしまう。取り残される俺と、脇に佇むカート。彼女の風圧でコロコロとキャスターが転がったカートが俺の目の前までたどり着いたのを見て、小さく言葉をこぼした。
「この距離でタクシーなんていらないんだけどな…………」
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